もっとも、それは主に正社員の給料のことであって、最低賃金が問題となるのは非正規労働者の時給でしょうから、比較的柔軟に変動するはずです。したがって、本稿では名目賃金の下方硬直性については考えないことにしましょう。

ちなみに筆者は新型コロナ不況の前には最低賃金の引き上げを主張していました。様々な理由で均衡賃金より低いところに賃金が決まっていて、それが労働力不足の原因となっていたからです。

しかし、事情が大きく変わったわけですから、主張を転換するべきなのは当然のことです。

弱者保護策が弱者を困らせることも多い

最低賃金は弱者である労働者を保護するためのものであるのに、それを引き下げるとはケシカラン、と考える読者も多いでしょうが、じつは弱者保護策が弱者を困らせることも世の中には多いのです。

たとえば、最低賃金を一気に10倍に引き上げたら、「それなら雇わない」という経営者が激増して労働者の多くが失業してしまうでしょう。そこまで極端ではなくても、均衡賃金が下がったのに最低賃金を下げないことによって、質的には同じようなことが起きるわけです。

余談ですが、弱者保護策が弱者を困らせかねない事例を挙げておきます。たとえば女性保護のために女性の深夜労働を禁止するとしたら、「それなら男性を雇う」という企業が増えて、女性の失業者が増えてしまうかもしれません。

貧しい人を保護するために「狭いアパートの家賃は安くしろ」という法律を作ったら、大家たちが「そんなことなら、金持ち用の広いアパートを建てよう」と考えるので、貧しい人たちは住む家が見つからずに大変困った事態に陥るかもしれないわけです。