しかし悩みを抱えている時点で十分傷付いているので、「間違っている」と指摘されれば、さらに傷付くことに。素直に間違いを認め、行いを正すには心身の余裕が必要ですが、その状態にはない人が多いものです。

正論を言う側は、「相手を変えてやろう」という空気も醸し出しています。相手を変えるという期待がなければ、正論という言い方にはなりません。そういった支配の空気は相手も感じ取るもの。そうして余計に正論は受け入れにくくなるのです。

そもそも正論は「誰かの主観」

悩みを誰かに相談すると、さまざまなアドバイスをされるでしょう。Aさんは「〇」と言い、Bさんは「△」と言い、Cさんは「×」と言う。意見はそれぞれ違いますが、誰からも「これしかない」「これが当たり前」と堂々と話されると、どうしたらいいのか分からなくなります。

しかし何が正論かは、人によって異なります。たとえば、子どもが小さいけれど仕事をしている人の中には、さまざまな事情や価値観があります。

専業主婦はリスクが高いと考える人、働いた方が子どもと良い距離を保てる人、家計が厳しくて仕事をせざるを得ない人、仕事をやめると再就職が厳しい人などがいて、それぞれの正論があるのです。

このように正論は一つではなく、「誰かの主観」。何が正論かは「人、環境、時代、地域、国、文化、事情」など、さまざまな要因によって変わります。堂々と言われたから、偉い人が言ったから、と全てを鵜呑みにすることはありません。

正論は「誰かの主観にすぎない」ということを知っておくだけでも、正論を言われたときの傷は減るでしょう。