前回の記事( 『ノーベル賞受賞者らに懐疑的な目を向けられるマイクロファイナンスに未来はあるか』 )で、昨年、2019年10月24日、ノーベル経済学賞に選出されたMIT教授のアビジッド・バナジー氏およびエステール・デュフロ氏、ハーバード大教授のマイケル・クレマー氏の受賞理由となった「世界の貧困を緩和するための実験的なアプローチ」について簡単に触れました。

今回はこれを少し深堀して見ていくことで、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」で定められる、持続可能な世界を実現するための17の分野の1つ目に掲げられている「貧困をなくそう」、つまり貧困削減に向けた方向性について考えていきます。

「因果関係の特定」について

まず、そもそも「世界の貧困を緩和するための実験的なアプローチ」とはどういったものでしょうか。それはRCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較実験)と呼ばれる因果関係を明らかにする手法のことを指します。この因果関係、実はかなり厄介なものです。

たとえば、「職業訓練校が少ないと、多くの人が適切な職業訓練を受けることができず、一定以上の収入を得られる職業に就くことができないため、貧困に陥ってしまう。なので、職業訓練校の数を増やして、多くの人が適切な職業訓練を受けられるようにすれば、一定以上の収入を手にすることができ、貧困を削減することができる。」というのは、一見するともっともらしい当たり前の議論のように思えます。

しかし、本当にそうと言い切れるでしょうか。職業訓練校の数が少ないことが貧困の原因なのでしょうか。具体的な例で見ていきましょう。

ある国Aが1年間に職業訓練校の数を前年比で2割増やしたとします。そうしたところ、その翌年にAの貧困率が前年比10%下がりました。この場合、「ほら、やっぱり! 職業訓練校の数を増やしたことで貧困削減に繋がった!!」と言いたくなるでしょうが、それは早計の可能性が大いにあります。

なぜならば、職業訓練校の数を増やした年にAはたまたま好景気となりそのおかげで貧困が削減されたのかもしれませんし、その年が天候良好で豊作となったために貧困層の農民が貧困から抜け出すことができて貧困が削減されたのかもしれません。このように、因果関係の特定というのは決して容易ではありません。