翌日は休日だったのですが、親が朝刊を読んでいると、「えっ?!」と叫ぶではないですか。どうしたのかと聞くと、「Aくんが死んだって!」と。新聞には、暴行によって死んだこと、暴行したのが母親の交際相手だったことが記載されていました。

はじめは信じられませんでした。しかし通夜に行った母から、Aくんの姿を聞き、本当なんだと実感。Aくんの顔は、パンパンに腫れていたそうです…。

20年経ち、大人になって思うこと

当時は相当な衝撃を受けたAくんの虐待死ですが、新聞に載っただけで、ニュースに大きく取り上げられることはありませんでした。それでも私の心には、虐待死というものが深く残っています。結婚し子供を持つまでは、「虐待をするような男性は嫌だ」くらいの漠然とした思いでした。しかし子供を持ち、自身も大人になり感じることがあります。

愛おしいわが子であっても、ふと優しくなれないときってあるんです。泣き止んでくれない、イヤイヤ期で手がかかる、事あるごとに口答えをするなど。育児や家事、仕事に疲れて、心に余裕がないときは、つい大声で怒ってしまいます。もしかしたら、Aくんに暴力を振るった人は、Aくんがかわいくなかったのかもしれない。なら、我慢の限界もかなり低いところにあったのだろう、と。

もちろん暴力を振るった人をかばう気はありません。あんなに優しくていい子だったAくんに暴力を振るうなんて、理解できません。でも、お母さんはなぜ助けてあげられなかったのだろう…と疑問に思うことがこれまでよくありました。

ずっと疑問だったのですが、自分が大人になったこと、最近虐待のニュースをよく耳にしたことで、お母さんも怖くて何もできなかったんだ!と思うように。本当は逃げ出したかったのかもしれません。そしてSOSを発していたのかも…。そう思うと、Aくんを迎えにきたときに私の母がいれば、母がAくんを送っていれば、焦っている様子を変だと私が感じていれば。と悔いるようになりました。