9月の敬老の日は、離れて暮らす家族と顔を合わせ、これからの暮らしについて話す良いきっかけになります。
「そろそろ遺言書のことも考えておいた方がいいのでは」と話題にのぼった、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実際、自筆証書遺言を法務局に預ける「自筆証書遺言書保管制度」を利用すれば、手数料はわずか3900円で済みます。
一方、公証人に作成してもらう公正証書遺言では、財産額に応じて数万円かかることもあります。
「費用が安いから自筆」「確実だから公正証書」と単純に決めてしまうと、あとで思わぬ手間や誤解につながることもあります。
本記事では、年金を受け取る年代こそ知っておきたい、自筆証書遺言と公正証書遺言の費用の違いや使い分け、保管制度の注意点を、具体的な計算例を交えて整理します。
1. 自筆証書遺言は保管料3900円、公正証書遺言は財産額に応じて数万円 費用の差が生まれる理由と使い分けを整理
遺言書にはいくつか種類がありますが、一般的に利用されるのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つです。
自筆証書遺言は、文字通り自分で手書きして作成する遺言書です。従来は自宅で保管するのが一般的でしたが、2020年7月に「自筆証書遺言書保管制度」が始まり、法務局に預けられるようになりました。
一方、公正証書遺言は、公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。法律の専門家である公証人が関与するため、形式の不備で無効になるリスクが極めて低く、原本は公証役場で厳重に保管されます。
両者を比較すると、費用には非常に大きな差があります。まずは目安を一覧で見てみましょう。
具体的な内訳を見ていくと、両者の費用構造の違いがより鮮明になります。
自筆証書遺言(法務局保管制度を利用)の場合、法務局へ支払う保管申請手数料は1通につき3900円です。
それ以外にかかるのは紙とペン代程度で、1回の作成・保管にかかる費用を大きく抑えることができます(ただし、後述するように書き直すたびにこの3900円は再度かかります)。
対して公正証書遺言の場合は、財産額に応じて公証人手数料が法律(公証人手数料令)で定められています。
例えば、目的財産の価額が3000万円(子1人に遺す内容)の場合、次のような費用がかかります。
- 公証人基本手数料(1000万円超3000万円以下の区分):2万3000円
- 遺言加算(全体の財産額が1億円以下の場合に加算):1万1000円
- 基本手数料の目安合計:3万4000円程度
- 証人2名の立ち会い費用(1人6000円~7000円程度、公証役場などに手配を依頼した場合):別途1万円~1万5000円程度
- 正本・謄本の交付手数料:別途数千円
※上記は公証人へ支払う基本手数料の目安です。証人2名の立ち会いは民法上義務付けられており、専門家(弁護士や司法書士など)に作成サポートを依頼した場合は、別途専門家報酬も発生します。財産額が大きくなったり、渡す相手が複数いたりする場合は手数料が上がります。
2. 自筆証書と公正証書、どちらを選ぶべき? 書く前に知っておきたい3つの注意点
「費用が安いから自筆」「確実だから公正証書」と単純に決めるのではなく、ご自身の状況に合わせた使い分けが重要です。
どちらを選ぶにせよ、前提として押さえておきたいのが死後の「検認(けんにん)」という手続きの有無です。
自宅で保管した自筆証書遺言は、見つけた遺族が家庭裁判所に持ち込んで検認手続きを行わなければならず、これに数ヶ月の時間がかかります。しかし「法務局保管制度」か「公正証書遺言」のどちらかを使えば、この検認は不要になり、遺族はすぐに預金の解約などを進められます。
財産が預貯金と自宅のみなど比較的シンプルで、費用を最小限に抑えたい方は「自筆証書遺言+法務局保管制度」が適しています。
一方、相続人同士の対立が予想される場合や、自筆で長文を書くのが体力的に負担だと感じる場合は、多少費用がかかっても確実性の高い「公正証書遺言」を選ぶのが安心といえるでしょう。
2.1 1. 「遺留分」を侵害すると後日トラブルになりうる
配偶者や子供、親など一定の相続人には、遺言でも奪えない「遺留分(最低限の取り分)」が保障されています。
これを侵害する内容の遺言は、後日「遺留分侵害額請求」に発展し、遺族間の争いの火種になりがちです(※具体的な計算例は記事末尾のコメント参照)。
2.2 2. 年金受給開始を機に、元気なうちの作成を
年金受給が始まる60代~65歳は、退職金の受け取りや住宅ローンの完済などで財産の全体像が固まってくる時期です。
遺言書は十分な判断能力があることが前提のため、加齢により判断能力が低下してから作成すると無効を争われるリスクがあります。財産が確定し、気力・体力ともに問題がない「元気なうち」に検討を始めることが大切です。
2.3 3. 法務局の保管制度は「保管の撤回」と「現物の破棄」がセットでこそ効果的
法務局に預けた自筆証書遺言を書き直したい場合、法的には新しい遺言書をそのまま追加で保管申請することも可能で、古いものの撤回申請は必須要件ではありません。
民法のルールでは「最も日付の新しい遺言書」が有効とされ、古い遺言書と矛盾する部分は自動的に上書き(撤回)されたとみなされるためです。
ただし、これはあくまで法律上の建て付けの話です。
古い遺言書を保管したまま残しておくと、相続発生時に新旧両方の遺言書が交付され、遺族が「どちらの内容が有効なのか」を一つひとつ確認する負担を強いられてしまいます。
こうした実務上の混乱を避けるため、書き直しの際は法務局で保管の撤回手続きを行い、手元に戻った古い遺言書を確実に破棄(シュレッダーにかけるなど)しておくことをおすすめします。
解釈トラブルを防ぐ観点では、撤回手続きの有無にかかわらず、新しい遺言書に「令和◯年◯月◯日作成の遺言をすべて撤回する」と明記しておくのが確実です。
自筆証書遺言であれば古い実物を破棄したうえで書き直し、公正証書遺言であれば手元の正本を破棄しても原本は公証役場に残るため、新たな遺言書を作成してその中で撤回を明記する必要があります。
3. 筆者からのコメント
法務局の窓口で行われるのは、あくまで「日付があるか」「署名押印があるか」といった外形的な形式チェックのみです。
遺言書の内容そのものが有効かどうか、特定の相続人の遺留分を侵害していないかといった法的保証をしてくれるわけではありません。この点を確認せずに預けたまま安心してしまう方が多いように感じます。
もう一つ意外と知られていないのが、保管を撤回する手続き自体には手数料がかからないという点です(法務省サイトより)。
とはいえ、手数料が無料だからといって、撤回申請をしただけでは遺言書の効力は消えません。手元に戻ってきた古い遺言書を確実に破棄するところまでを、書き直しのワンセットとして覚えておいてください。財産の分け方に迷う場合は、事前に専門家へ相談することをお勧めします。
