4. 逃げ遅れを防ぐ「置いてく防災」という選択も

実家の住み替えや大掛かりな片付けがすぐには難しくても、今すぐ実行できる防災対策があります。それが「置いてく防災」です。

マスターロック・セントリー日本株式会社の調査では、「災害時に自身の大切なものを持って逃げたいか」という問いに対し、親世代の59.8%、子世代の63.3%が「持って逃げたい」と回答しました。

しかし、津波や土砂災害、火災といった差し迫った危機のなかで命を救う決定的な要因は、何をおいても「何も持たずに、一刻も早く避難すること」です。避難時にあれこれ持ち出そうとする意識そのものが、命取りになりかねません。

それでも、「大切な権利証や通帳を失えば生活のすべてを失うのではないか」という不安が、避難の判断を鈍らせたり、家の中を探し回るロスタイムを生み出したりします。

耐火・耐水機能を持つ金庫に重要書類の原本をあらかじめ一まとめにしておくことで、「大事なものは金庫が守ってくれる」という心理的な安心感が生まれ、迷いのない避難行動につながる可能性は大きいでしょう。

この考え方は、親に生前整理を切り出す際の強力な後押しになります。「大きな地震や火事が起きたとき、権利証や通帳が心配で逃げ遅れたら命に関わる。だから金庫に大事な書類をまとめておこう」と伝えれば、親も自分の命を心配されていると感じ、整理に協力しやすくなります。

※耐火・耐水金庫は、規格上定められた一定の温度・時間・水深までの性能を示すものであり、火災や浸水の規模・状況によっては、収納物を完全に保護できるとは限りません。金庫を過信せず、避難する際は金庫の有無にかかわらず「命を守ることを最優先」に、自治体や消防など公的機関の指示に従って行動してください。本記事は特定の金庫製品の性能や被害の回避を保証するものではありません。

5. 「命と財産を守る」保管・持ち出しの切り分けリスト

書類整理と避難行動を確実にするため、親子で次の2つのリストに分類してみましょう。

1. 金庫に保管し、災害時は「置いて逃げる」もの

  • 預貯金通帳、キャッシュカード、実印・銀行印の原本
  • 土地・建物の登記済証(権利証)、不動産関連書類の原本
  • 保険証券の原本(生命保険、火災・地震保険など)
  • マイナンバーカードや運転免許証、健康保険証などのコピー(原本紛失時の再発行手続きをスムーズにするため)
  • 古い写真や手紙、エンディングノートなど大切な思い出の品

2. 日常的に携帯するか、非常持ち出し袋に入れて「持って逃げる」もの

  • マイナンバーカード、運転免許証などの身分証明書(原本)
  • 健康保険証、マイナ保険証、お薬手帳の原本またはコピー
  • 緊急連絡先リスト(家族、親族、かかりつけ医、地域包括支援センターなど)
  • 最低限の現金

近年、不動産の登記に関する手続きの厳格化も進んでいます。

法務省によると、2024年4月から相続登記が義務化されたほか、2026年4月からは所有者の住所・氏名の変更登記も義務化されます。登記書類や権利証の保管場所を明確にしておく重要性は、これまで以上に高まっています。

6. まとめにかえて|書類整理は実家片付けの「小さな成功体験」

実家の老朽化や家財の乱雑さを解消することは大切ですが、いきなり「実家を丸ごと片付けよう」と提案すると、親は生活領域を否定されたように感じ、強い抵抗を示すことが少なくありません。

そこで生きてくるのが、「引き出しひとつ分」の書類整理という、心理的ハードルの低い小さな一歩です。一緒に書類をまとめ、耐火金庫に収めることで、「これで万が一のときも安心だね」という達成感を親子で共有できます。

書類という最小限の整理を親子で成功させることが、家全体の防災対策や片付けへの対話を自然に広げていく土台になります。まずは秋の帰省を機に、書類の片付けという温かく小さな約束から始めてみてはいかがでしょうか。

※なお、耐火金庫はあくまで被害を軽減するための備えのひとつであり、火災や浸水の規模・状況によっては収納物を完全に守れるとは限りません。避難する際は、金庫に収めた・収めていないにかかわらず、身の安全を最優先に、自治体や消防など公的機関の指示に従って行動してください。

7. 【筆者コメント】

熊谷 良子

現代はあらゆる資産がデジタル化されているといっても過言ではありません。その一方、シニア世代にとってスマホやネット口座は実感が湧きにくく、「手元に現金や通帳、印鑑があること」が最大の安心の源泉になっているケースは今も多く見られます。

総務省の「令和7年通信利用動向調査の結果」によれば、70歳代のインターネット利用率は71.9%まで上昇したものの、80歳以上では37.1%にとどまっています。年代が上がるほどデジタルへの実感が持ちにくくなる傾向は、依然として根強いといえるでしょう。

こうした親のアナログな安心感を否定したり、デジタル移行を無理強いしたりするのではなく、その心理に寄り添うことが大切です。

大切な現物を耐火金庫という物理的な砦で確実に守るという提案は、親にとって「自分の暮らし方を変えなくていい」という安心感を伴います。だからこそ、親の納得とスムーズな防災につながりやすくなるのではないかと筆者は考えます。

参考資料