4. 会社自身が提示する「ROCE」から見える構造的課題
分散された事業ポートフォリオは安定感をもたらす一方で、資本効率の面では重い課題としてのしかかっています。
AGCは現在、株主資本コスト(投資家が期待するリターン)が約7%であるのに対し、直近(2025年12月期)のROE(自己資本利益率)は4.7%にとどまっています。会社側もこの状況を深刻に受け止めており、決算説明資料の中で「大型減損発生もあり、ROEは5%を下回る状態が継続」と率直に認めています(大型減損として、2022年のディスプレイ事業と2024年のバイオCDMO(医薬品の開発・製造受託)事業などが挙げられています)。
この状況を打破するため、会社は「2027年以降早期に株主資本コストを上回るROE8%超え」という目標を掲げています。その実現に向けた重要な経営指標として導入されているのが「ROCE(使用資本利益率)」です。
ROCEとは、各事業が使っている資産(営業資産)に対して、どれだけの営業利益を生み出しているかを示す指標です。AGCは全社で「ROCE10%(ROE8%相当)」を目指すという明確な基準線を設けています。
4.1 稼ぐ事業と苦戦する事業の二極化
会社が公表している事業別のROCEの状況を見ると、事業ごとの収益性の格差が浮き彫りになります。
2025年 事業別ROCE(共通費配賦前)・営業資産イメージ図3/3
出所:AGC「収益性の改善に向けて」(2026年2月6日)。棒の高さがROCE、幅が営業資産の規模を示す「イメージ図」であり、各事業のROCEの実数値は開示されていない
この図によれば、半導体関連を含む「エレクトロニクス」や、化学品の付加価値領域である「インテグレイテッドケミカルズ」、そして「オートモーティブ」は、目標であるROCE10%の基準線を上回っており、しっかりとリターンを生み出しています。
問題は基準線を下回っている事業群です。全社売上の約8%を占める「ディスプレイ」や、東南アジアの化学品事業がこれに該当し、ライフサイエンス事業に至っては赤字が継続している状態です。
4.2 歴史ある「建築ガラス」が抱えるジレンマ
中でも構造的な課題として重くのしかかっているのが、全社売上のおよそ2割を占める巨大事業「建築ガラス」です。この事業もROCEの基準線を下回っています。
収益性が低いのであれば、高付加価値な製品にシフトするか、あるいは事業から撤退すればよいと考えるかもしれません。しかし、現実はそう単純ではありません。泉田氏は、建築ガラス事業が抱えるビジネスモデルの難しさを次のように例えます。
「このビルはこのガラスがいいから『買うよ』とか『入るよ』ってないだろ」
一部で遮熱などの高機能ガラスも普及していますが、建材としてのガラスは差別化が難しく、劇的な収益改善を描きにくい性質があります。
かといって、簡単に事業を切り離せるわけでもありません。
「資産も人も結構固定費としてもある程度昔から引き継いだものとかもあるんで、そんな簡単にやめられないんですよ」
AGCにとって最も歴史の古い祖業の一つであり、巨大な工場設備(資産)と多くの人員を抱えているため、撤退や事業売却には膨大な時間とコストがかかります。利益を生み出している優良事業がある一方で、こうした重厚長大な事業が全社の資本効率の足を引っ張っているのが、現在のAGCの偽らざる実態なのです。
5. まとめ:テーマ投資の前に事業ポートフォリオを確認しよう
半導体という華やかなテーマで注目を集めたAGCですが、その実像は、手堅く稼ぐ化学品事業を屋台骨としつつ、歴史あるガラス事業の構造改革という重い課題に立ち向かっている巨大な複合企業でした。
世の中のトレンドに乗って株を買う「テーマ投資」は、短期的に大きな利益を生む可能性があります。しかし、その企業が本当にそのテーマで業績を大きく伸ばせる構造になっているのかを確認しなければ、思わぬ落とし穴にはまることになります。
泉田氏は、投資家に向けて次のような教訓を語ります。
「テーマ投資っていうのはすごいテンションも上がっていいんですけど、テーマ投資に手をつけるときには、やっぱり1回会社の事業ポートフォリオとかは見た方がいいかなとは思いますけどね」
AGCの経営陣も自社の課題を明確に認識し、投資家に向けて包み隠さず開示しています。同社に投資を検討する際は、半導体市況だけでなく、最大の収益源である化学品の動向や、建築ガラスなど低収益事業の構造改革がどこまで進展するのか、会社全体のポートフォリオの変革に注目していくことが重要です。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任でお願いいたします。
参考資料
- AGC株式会社「2026年12月期 第2四半期(中間期)決算短信」(2026年8月4日)
- AGC株式会社「2026年12月期 第2四半期業績 説明会資料」(2026年8月4日)
- AGC株式会社「収益性の改善に向けて」(2026年2月6日)
- AGC株式会社「2025年度通期決算説明会 主な質疑応答」(2026年2月6日)
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
各資料の入手先: AGC株式会社 IRライブラリ
※リンクは記事作成時点のものです。