「親に年金がほとんどない、貯金もない」。そう分かったとき、自分が親を養わなければならないのではないかと考える方は少なくありません。
この不安の背景には、民法上の扶養義務と、生活保護の申請時に行われる「扶養照会」という手続きへの誤解が関係していることがあります。本記事では、この2つを整理し、子の世代が知っておきたい制度を確認します。
- 民法には扶養義務の規定がありますが、これは「必ず経済的援助をしなければならない」という強制力を持つものではありません。
- 生活保護の「扶養照会」は2021年の厚生労働省通知で運用が見直され、扶養が期待できない親族には照会しなくてよいことが明確になりました。
- 親が亡くなったあと、生前受け取れなかった年金分を遺族が請求できる「未支給年金」という制度があります。
1. 「親を養う義務がある」という不安はどこから来るのか
親に年金や貯蓄がないと分かったとき、多くの方が思い浮かべるのが、民法に定められた扶養義務です。まずこの規定の内容を確認します。
1.1 民法上の扶養義務に関する規定
民法では、直系血族(親子など)や兄弟姉妹には、互いに扶養する義務があると定められています。この規定を根拠に、「親の生活費は自分が負担しなければならない」と考える方は少なくありません。
1.2 扶養義務と「経済的に援助できるかどうか」は別の話
ただし、この扶養義務は、扶養する側の経済状況を無視して一律に履行を強制するものではありません。自分自身の生活が成り立たない状況であれば、援助できる範囲にも限りがあります。
扶養義務には、生活に余裕がある場合に配偶者や未成熟の子に対して負う「生活保持義務」と、それ以外の親族間で、自分の生活水準を保ったうえで余力があれば援助する「生活扶助義務」という考え方があります。親子間の扶養は、後者の生活扶助義務に位置づけられるのが一般的です。
2. 【編集者の視点】
「親を見捨てるのか」という感情的な言葉に押されて、自分の生活を壊してまで援助を続けようとしてしまう場合もあるでしょう。しかし、扶養義務は無制限の負担を意味するものではありません。
実務の罠は、この規定を字面だけで受け止めて、自分の生活費まで削って援助を続けてしまうことです。援助を続けられる範囲は、自分自身の収入や生活の状況によって変わります。
親に対する扶養は、自分と配偶者・子の生活を保ったうえで、余力がある範囲で行うものとされています。自分の家計を圧迫してまで援助を続けることまでは、法律上求められていません。
まずは自分の生活を維持できる範囲を明確にし、その範囲内でできることを考えることをおすすめします。無理な援助を続けて自分の生活が崩れてしまえば、結果的に誰も支えられなくなってしまいます。援助の額や方法は、兄弟姉妹がいる場合は分担についても話し合っておくと、後のトラブルを避けやすくなります。
3. 親自身の年金・資産をまず確認する
「親に援助が必要かどうか」を判断する前に、親自身の年金や資産の状況を正確に把握しておくことが出発点になります。
3.1 本人以外が年金記録を確認する方法
年金記録は原則として本人が確認するものですが、委任状があれば代理人として年金事務所に照会できます。親が高齢で自分で手続きしづらい場合、子が同行して手続きを進めることも可能です。
「無年金だと思っていたら、実は国民年金の一部を受給していた」というケースも珍しくありません。思い込みで援助の計画を立てる前に、実際の受給状況を確認することが、その後の判断の土台になります。
4. 生活保護の「扶養照会」は義務の履行を迫るものではない
親が生活保護を申請する場面で、子が最も不安に感じやすいのが「扶養照会」という手続きです。この仕組みを正確に理解しておく必要があります。
4.1 扶養照会とは何か
扶養照会とは、生活保護の申請があった際に、福祉事務所が申請者の親族に対して、援助が可能かどうかを尋ねる手続きです。これが「子に援助を求める通知」として届くことへの抵抗感が、申請そのものを遠ざける一因になっています。
4.2 2021年の運用見直しにより変わったこと
厚生労働省は2021年、扶養照会の運用について通知を出し、扶養義務の履行が期待できないと判断される親族には照会を行わなくてよいことを明確にしました。
「そんな通知が出ていたなんて知らなかった」と驚く方も多いのではないでしょうか。制度は少しずつ現実に合わせて変わっています。古い情報のまま思い悩まなくても大丈夫です。
また、申請者が扶養照会を拒んだ場合には、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてよい場合に該当するかどうかを検討する対応方針も示されています。この見直しにより、照会そのものが以前より限定的に運用されるようになりました。運用の詳細は自治体ごとに異なる場合があります。
4.3 【生活保護の扶養照会、2021年見直しの内容】
生活保護の扶養照会に関する2021年の運用見直し(厚生労働省通知に基づく整理。個別の判断は福祉事務所・ケースワーカーによる)1/2
出所:厚生労働省「生活保護の申請時における扶養義務者への照会等の取扱いについて」などを基にLIMO編集部作成
照会の対象について
- 見直し前によくある誤解:すべての親族に必ず照会する
- 2021年通知後の運用:扶養義務の履行が期待できる親族に限る
申請者の拒否について
- 見直し前によくある誤解:拒否できないと思われがち
- 2021年通知後の運用:拒否理由を丁寧に聞き取り、必要性を検討
照会と保護の可否について
- 見直し前によくある誤解:親族が断れば保護を受けられないと誤解されやすい
- 2021年通知後の運用:親族の扶養は保護の要件そのものではない
5. 【編集者の視点】
「扶養照会が来たら、援助を断れば親が保護を受けられなくなる」という誤解が広がっている場合もあるでしょう。この誤解が、申請自体を遠ざけてしまう一因になっています。
実務の罠は、照会が来ることそのものを恐れて、親が本来受けられるはずの保護の申請を先延ばしにしてしまうことです。照会の運用は自治体やケースワーカーの判断に委ねられる部分が大きく、統一的な基準がすべて公表されているわけではありません。
不安がある場合は、申請前に福祉事務所へ「扶養照会についてどう扱われるか」を直接確認しておくことが、有効な防衛策になります。親自身が申請をためらっている場合は、子から先に窓口へ相談することも可能です。
親の同意なく手続きを進めることはできませんが、事前に情報を得ておくことは無駄になりません。
6. 親が亡くなったあとに残る「未支給年金」という制度
親の年金が少ない、または無年金であることに加えて、もう一つ知っておきたいのが、親が亡くなったあとの手続きです。
6.1 未支給年金とはどのような制度か
日本年金機構によると、年金を受けていた方が亡くなった場合、まだ支払われていない年金や、死亡後に本人の口座に入金された死亡月分までの年金を、生計を同じくしていた遺族が請求できます。これを未支給年金といいます。
請求できる遺族には、配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹などが含まれ、優先順位もこの順に定められています。請求する権利は5年で時効により消滅します。年金額が少なかった親であっても、この請求ができるかどうかは別に確認する価値があります。
「5年」と聞くと、つい後回しにしてしまいがちですよね。親を亡くした直後は手続きも気持ちも整理がつかないものです。焦らなくていいですが、心の片隅に置いておくだけで、いつか役に立つかもしれません。
6.2 【未支給年金を請求できる遺族の順位】
上位の順位
- 1位:配偶者
- 2位:子
- 3位:父母
下位の順位
- 4位:孫
- 5位:祖父母
- 6位:兄弟姉妹
この順位は、先の順位の人がいない場合に次の順位へ進む仕組みです。同じ順位に複数の該当者がいる場合は、そのうちの1人が代表して請求する形になります。子が複数いる場合も、誰か1人が請求すれば手続きが進められます。
兄弟姉妹の間で「誰が請求するか」を決めるのは、意外と気を使う場面かもしれません。お金の話だからこそ遠慮も出てきますよね。誰か1人で進められる仕組みだと知っておくだけで、気持ちが軽くなる方もいるはずです。
7. 【編集者の視点】
「親には年金がほとんどなかったから、何も残っていないはずだ」と考えて、この手続き自体を忘れてしまう方がいます。しかし、年金額が少なくても、死亡した月分までの年金が未払いのまま残っているケースはあります。
特に見落とされがちなのが、請求の優先順位です。配偶者がすでに亡くなっている場合、次の順位である子が請求者になりますが、兄弟姉妹が複数いる場合に「誰が請求するか」で話がまとまらず、時効の5年が過ぎてしまうケースもあります。
実務の罠は、親の死後の手続きに追われる中で、この請求の期限(5年)を過ぎてしまうことです。申請には「年金受給権者死亡届(報告書)兼未支給年金・未支払給付金請求書」の提出が必要です。
手続きに追われる中で期限が過ぎてしまうのは、誰にでも起こり得ることです。忙しさのせいで「うっかり」が生まれるのは自然なことです。気づいた今、できることから始めれば十分です。
親が年金を受給していた場合は、亡くなった後の手続きの一つとして、年金事務所にこの請求ができるかどうかを確認することをおすすめします。
また、親の年金の受給状況そのものが分かっていない場合もあります。生前であれば「ねんきんネット」や年金事務所への照会で、本人が受給している年金の種類や金額を確認できます。無年金だと思っていた親が、実は一部の年金を受給していたと分かるケースもあります。
8. まとめ
- 民法上の扶養義務は、無制限の経済的援助を強制するものではありません。
- 生活保護の扶養照会は2021年に運用が見直され、扶養が期待できない親族には照会しなくてよいことが明確になりました。
- 親族が援助を断ったとしても、それ自体が親の生活保護の要件を左右するものではありません。
- 親が亡くなったあとは、未支給年金の請求ができるかどうかを年金事務所に確認する必要があります。
「親を養う義務がある」という言葉の重さに押されて、自分の生活まで犠牲にする必要はありません。制度の仕組みを正確に知ることが、不安を減らす第一歩になります。
親の年金や資産の状況が分かった時点で、早めに福祉事務所や年金事務所に相談し、使える制度とこれから必要な手続きを確認しておくことをおすすめします。一人で抱え込まず、まずは相談することから始めてください。
9. よくある質問
9.1 Q. 親が生活保護を申請すると、子に必ず扶養照会が来ますか
A. 2021年の厚生労働省通知により、扶養義務の履行が期待できないと判断される親族には照会を行わなくてよいとされています。個別の判断は福祉事務所によるため、不安がある場合は申請前に確認することをおすすめします。長期間音信不通である場合や、経済的に厳しい状況にある場合も、照会が見送られる要因になり得ます。
9.2 Q. 扶養照会で援助を断ったら、親は生活保護を受けられなくなりますか
A. 親族の扶養は生活保護の要件そのものではありません。援助を断ったことを理由に保護が受けられなくなるものではないとされています。
9.3 Q. 親が年金をほとんど受け取らずに亡くなった場合、何か請求できますか
A. 生前に受け取れなかった年金がある場合、生計を同じくしていた遺族が未支給年金として請求できる可能性があります。請求の権利は5年で時効になるため、早めに年金事務所へ確認してください。年金額が少なかった親であっても、確認する価値はあります。
参考資料
齊藤 慧

