内閣官房が取りまとめた「成長投資を促進するための金融戦略 - 資産運用立国のアップグレード -」において、個人の自律的な資産形成を支える基盤としてiDeCo(個人型確定拠出年金)の強化が掲げられています。

こうした政策の動きに伴い、法改正への関心が高まる一方で、インターネット上では「iDeCoが改悪されるのではないか」という懸念の声も広がっています。

「改悪」と表現される背景には、退職金とiDeCoの一時金を併用する際の税金計算(退職所得控除の重複期間に関するルール)が見直され、従来の「5年」から「10年」へ延長される点が影響していると考えられます。

一方で、毎月の拠出限度額の大幅な引き上げや加入可能年齢の拡大など、積立時の利便性を高める拡充措置も盛り込まれています。

本記事では、厚生労働省や国税庁の公式資料に基づき、法改正の施行スケジュールと内容を整理し、受取時の税負担を抑えるための考え方を解説します。

1. この記事の3つのポイント

  •  「改悪」と言われる理由: iDeCoと会社からの退職金をどちらも一時金で受け取る際、退職所得控除の重複適用を避けるための期間が「5年」から「10年」に延長される点。
  •  拡充(改善)されるポイント: 拠出限度額(掛金の上限)の大幅な引き上げや、加入可能年齢の拡大により、現役世代の積立枠が拡大される点。
  •  受け取り時の対応策: 一時金での受取時期をずらす、年金形式での受取や併用を活用するなど、ご自身の退職時期に合わせた出口戦略の必要性。
齊藤 慧

元厚生労働省担当記者として年金制度改革の審議過程を見てきた立場からお伝えすると、今回のiDeCoの制度改正は「全面的な悪化」でも「単なる拡充」でもなく、制度の役割に応じた見直しです。

毎月資産を積み立てる「入口(拠出)」においては、拠出限度額の引き上げなど自由度が高まります。一方で、増えた資産を現金化する「出口(給付)」においては、他の退職手当との税制上のバランスをとる調整が入ります。極端な言説に惑わされず、ご自身の「受取時期」と「退職金の有無」という手元の事実から影響を冷静に見極めることが大切です。

※本記事は、編集部および監修者が厚生労働省や国税庁等の公式資料を直接確認の上、執筆・検証しています。特定の金融商品の購入や特定の受取方法を推奨するものではありません。

2. iDeCoの法改正動向:「改悪」と言われる背景と10年ルールへの変更

iDeCoの制度改正において「改悪」という言葉が使われる主な要因は、受取時(給付時)における税金計算の変更点にあるようです。

2.1 退職所得控除の「重複調整ルール」の変更

iDeCoの積立金を一括で受け取る「一時金受取」を選択する場合、退職金と同様に「退職所得控除」という手厚い控除枠が適用されます。

会社からの退職金とiDeCoの一時金を両方受け取る場合、控除枠の二重取りを防ぐための調整ルールが存在します。

  • 従来のルール(5年ルール): iDeCoの一時金を先に受け取り、その「5年以上後」に会社の退職金を受け取れば、それぞれの勤続年数・加入期間に応じた退職所得控除枠を双方で全額活用することができました。
  • 改正後のルール(10年ルール): この控除枠が重複しないために必要な間隔が「10年」に延長されます。

この変更により、たとえば「60歳でiDeCoを一時金として受け取り、65歳で会社の退職金を受け取る」というプランを立てていた場合、従来の5年間隔では重複調整の対象となり、退職金にかかる税金が増加する可能性が生じます。

これが「実質的な改悪」と受け止められている背景です。

3. いつから変わる?拠出限度額の引き上げと加入年齢の拡充

一方で、毎月の積立を行う「拠出フェーズ」においては、利便性を高める制度改正が予定されています。内閣官房の「成長投資を促進するための金融戦略」でも示されている通り、個人の資産形成を強力に支援する枠組みが整備されます。

3.1 【拠出側における主な変更点と開始時期の目安】

拠出限度額(掛金上限)の大幅引き上げ:公務員や会社員、自営業者などの各区分において、毎月拠出できる上限額の引き上げが計画されています。特に他制度(企業型DC等)と併用している場合の枠の扱いが柔軟になり、より多くの資金を非課税枠で運用できるようになります。

加入可能年齢の上限拡大:加入できる年齢の上限が現在の「65歳未満」から「70歳未満」へと引き上げられる方向で調整が進んでいます。高年齢者の雇用継続や定年延長の実態に合わせた変更です。

  • 退職所得控除の算定ルール: 一時金受取の重複調整期間が5年→10年に延長(2026年1月〜順次適用)
  • 拠出限度額(上限)の拡充: 各公的・私的年金区分に応じた掛金上限の引き上げ(2026年末〜2027年内に施行予定)
  • 加入可能年齢の拡大: 65歳未満から「70歳未満」へ拡充(2027年内に施行予定)

「受取時の税制調整」が入る一方で、「現役時代に非課税で積立できる枠」は拡大するため、制度全体としては資産形成の機会が広がる側面を持っています。

4. 【要注意】退職金とiDeCoを併用する人が確認すべきポイント

制度改正の影響を直接受けるのは、「会社からまとまった退職金が支給され、かつiDeCoでも一時金受取を希望している人」です。

4.1 影響が大きいケースと少ないケース

それぞれ整理してみていきましょう。

影響を受ける可能性がある人

  • 60歳以降に会社の退職金とiDeCo一時金を数年の間隔(5年以上10年未満)で双方受け取る予定の人
  • 退職金とiDeCoの合計額が、非課税枠(退職所得控除額)を大きく超える人

影響を受けない(または小さい)人

  • そもそも勤務先に退職金制度がない人(自営業者、フリーランス、退職金なしの企業にお勤めの人)
  • iDeCoの積立額が比較的少なく、退職金と合わせても控除枠内に収まる人
  • iDeCoを「年金形式(分割受取)」で受け取る予定の人

ご自身がどちらに該当するかは、「勤務先の退職金の有無と見込み額」および「iDeCoの想定資産額」の2つの数値から把握できます。

5. 税負担の増加を抑えるための受取アプローチ

10年ルールの適用を踏まえ、給付時の税負担を考慮した代表的な受取アプローチを解説します。

5.1 選択肢1:受取時期の間隔を10年に広げる(iDeCoを先に受け取り、後から会社の退職金を受け取る場合)

iDeCoの受取開始可能年齢は60歳から75歳までの間で自由に選択できます。たとえば、60歳でiDeCoを一時金受取し、会社の定年退職(または退職金の受取)を70歳に設定するなど、間隔を10年以上空けることで、それぞれの退職所得控除枠を活用するアプローチです。

5.2 選択肢2:年金形式(分割)で受け取る

iDeCoは一時金(一括)だけでなく、年金形式(5年〜20年などの分割)で受け取ることも可能です。年金形式で受け取る場合、適用される税制は「退職所得」ではなく「公的年金等控除」となります。

60歳〜64歳の期間は、公的年金(老齢厚生年金等)の受給前であるケースが多いため、この期間にiDeCoを年金形式で受け取ることで、公的年金等控除の枠(65歳未満は年間60万円まで非課税)を活用しやすくなります。

5.3 選択肢3:一時金と年金形式を併用する

金融機関によっては、積立金の一部を「一時金」として受け取り、残りを「年金形式」で分割受取りする併用プランが用意されています。

退職所得控除の枠内に収まる分だけを一時金で受け取り、溢れた分を年金形式に回すことで、全体の税負担を抑える調整が可能です。

6. 拠出時と受取時を切り分けて考える家計の対応策

今回の法改正を踏まえ、私たちが取り組むべき実務的な手順はシンプルです。

6.1 現役期間中は「掛金限度額の範囲」の中で節税効果を得る

iDeCoの強みである「毎月の掛金全額が所得控除になる」という仕組みは変わりません。所得税や住民税の軽減効果を得ながら、拡大される限度額枠を活用して資産を育てる姿勢が基本となります。

6.2 50代に入ったら「退職金の額面」と「受取スケジュール」を確認する

受取時のルールは退職直前まで確定させる必要はありません。50代になり、勤務先の退職金見込み額や再雇用・再就職のプランが見えてきた段階で、一時金・年金形式の組み合わせを計算・選択します。

6.3 NISAとの役割分担を整理する

資金の流動性(いつでも引き出せる柔軟性)を重視する場合は「NISA」、所得控除による確実な節税効果を重視する場合は「iDeCo」というように、それぞれの制度の特徴を理解して併用することが家計防衛につながります。

7. まとめ

iDeCoの制度改正に関するポイントのまとめは以下の通りです。

  • 改正の二面性: 一時金受取時の退職所得控除ルール(10年ルールへの延長)という調整が入る一方で、拠出上限額の引き上げや加入年齢拡大という拡充措置も進められる。
  • 影響の範囲: 主に「会社の退職金とiDeCo一時金を数年以内の間隔でどちらも受け取る人」が税制上の影響を受けやすい。
  • 受取時の選択肢: 一時金だけでなく、年金形式(分割受取)や併用受取を活用することで、公的年金等控除を組み合わせた税負担の調整が可能である。
  • 現役期のメリット: 掛金の全額所得控除による毎年の節税効果は維持されるため、積立段階での制度メリットは引き続き存在する。
  • 出口戦略の時期: 50代以降に退職金の算定額や再雇用プランが固まった段階で、ご自身の状況に合わせた受取方法を選択することが推奨される。

制度の文脈を理解し、積立期と受取期の双方からご自身の資金計画を整理していくことが大切です。

8. 執筆者からのコメント:制度の変化に過剰反応せず、長期的視点で活用を

齊藤 慧

ニュースやSNSで「改悪」という強調された言葉を見ると、運用を躊躇してしまうかもしれません。しかし、社会保障や税制の改正は、働き方の多様化や定年延長といった社会構造の変化に合わせて常に行われるものです。

iDeCoの「毎月の掛金が全額所得控除になる」という節税メリットは変わっていません。出口のルール変更を正しく知った上で、NISAなどの他の制度とも組み合わせながら、長期的かつ多角的な視点で家計防衛を図っていただければと思います。

またiDeCoの受け取り方は、60歳を迎える段階で自由に選択・組み合わせることができます。まずは毎月の節税効果を得ながら資産を着実に育て、受け取り時期が近づいた段階で、ご自身の退職金や公的年金の受給額に応じた最適な組み合わせを検討してみてください。

9. よくある質問

9.1 Q1. 「10年ルール」に変わると、すでにiDeCoを始めている人も影響を受けますか?

A. はい、制度改正後に受け取り(給付)を行う場合は、既に加入している方も新しいルールが適用される対象となります。ただし、受取時期を遅らせる、または年金形式(分割受取)を選択するなど、受取方法を工夫することで税負担の影響を調整することが可能です。

9.2 Q2. 会社の退職金がない場合でも、iDeCoの「改悪」の影響はありますか?

A. 会社の退職金がない自営業者やフリーランス、退職金制度のない企業にお勤めの方の場合、重複適用による控除枠の調整(10年ルール)の影響は基本的に受けません。むしろ、拠出限度額の引き上げや加入年齢の拡大といった制度拡充のメリットを享受しやすい立場と言えます。

9.3 Q3. iDeCoの拠出限度額(上限)の引き上げは、具体的にいつから始まりますか?

A. 政府の法改正スケジュールに基づき、2026年末から2027年内にかけて段階的に施行される予定です。確定した具体的な開始時期やご自身の対象枠については、厚生労働省や各運営管理機関(証券会社等)からの公式発表をご確認ください。

9.4 Q4. iDeCoを途中でやめる(解約して引き出す)ことはできますか?

A. iDeCoは原則として60歳まで途中で資産を引き出す(脱退一時金を受け取る)ことができません。ただし、毎月の掛金を最低金額(月5000円)まで減額することや、一時的に拠出を休止(運用のみを行う運用指図者になる)することはいつでも可能です。

9.5 Q5. iDeCoとNISAはどちらから優先して始めるべきですか?

A. 目的に応じて異なります。住宅購入や結婚、教育費など「60歳より前に使う可能性があるお金」の準備には、いつでも引き出せる「NISA」が適しています。

一方で、「老後資金の準備」に特化し、毎年の所得税・住民税の負担を軽減したい場合は、全額所得控除がある「iDeCo」の優先度が高くなります。

参考資料

齊藤 慧