私たちの食卓に欠かせない旨味調味料や冷凍食品でおなじみの味の素。

多くの人が「日本を代表する食品メーカー」と認識していますが、実は世界のAI・データセンター市場を根底で支える半導体材料メーカーとしての顔を持っています。

しかも、その特定の半導体材料においては、世界シェア100%という驚異的な独占状態にあると言われています。一体なぜ、食品会社が最先端の半導体分野でこれほど圧倒的な地位を築き、莫大な利益を上げることができるのでしょうか。

この秘密について、元機関投資家の泉田良輔氏が味の素の事業構造と財務体質を分析し、業績好調の本当の理由を解説します。

この記事のポイント

  • 味の素は全社事業利益の約3割を「電子材料(ABF)」で稼ぐ意外な事業構造を持つ
  • 半導体パッケージの絶縁フィルム「ABF」は世界シェア100%を誇る
  • ABFの技術は、同社のコア技術である「アミノ酸研究」から派生して生まれた
  • AI半導体の高性能化に伴い、ABFの使用量は今後も飛躍的に増加する見込み
  • 一方で、ガラス基板などの新技術による代替リスクや競合参入の可能性も潜む

1. 調味料の会社がAI半導体の「心臓部」を握る?

味の素といえば、誰もが知る食品業界のリーディングカンパニーです。

泉田氏も、同社を「食品の中でピカピカの会社なのよ」と高く評価しています。今日使われている調味料が明日急に使われなくなることは考えにくく、業績の安定性が高い「ディフェンシブ銘柄」の代表格として見られてきました。

しかし現在、株式市場で味の素が熱い視線を集めている理由は、食品事業だけではありません。同社の業績を牽引しているのは、AIやデータセンター向けの半導体に不可欠な「絶縁フィルム」なのです。

セグメント別 事業利益の構成(2026年3月期)1/3

セグメント別 事業利益の構成(2026年3月期)

出所:味の素「2026年3月期 決算概要」(2026年5月7日)を基にイズミダイズム作成

泉田氏は、味の素の知られざる収益構造について次のように指摘します。

「味の素の中の電子材料事業っていうのが、全体の利益の約3割を稼いでいるらしいです」

実際に2026年3月期(実績)のデータを見ると、全社の事業利益1,811億円のうち、ファンクショナルマテリアルズ(電子材料事業)が546億円を稼ぎ出しており、全体の約30%を占めています。

一方で、この電子材料事業の売上高は1,007億円であり、全社売上高(1兆5,837億円)のわずか6.4%に過ぎません。つまり、「売上規模は小さいが、とてつもなく利益率が高いビジネス」を内包しているということです。

※事業利益とは、IFRS(国際財務報告基準)において味の素が独自に定義した段階利益(売上高から売上原価や販売費・研究開発費・一般管理費などを差し引き、持分法損益を加えたもの)を指します。

食品アナリストが主にカバーする銘柄でありながら、半導体関連の超コアな技術で莫大な利益を出している。このギャップこそが、味の素という企業の最大の面白さであり、強みとなっています。

2. 驚異のシェア100%。アミノ酸から生まれた「ABF」とは

味の素が世界シェア100%を握るとされるこの絶縁フィルムは、「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」と呼ばれています。

半導体は現在、性能を向上させるためにチップを何層にも重ねる「積層化」が進んでいます。泉田氏はこの構造をミルフィーユに例え、ABFの役割を次のように解説します。

「層を重ねる時に絶縁が必要で、その間に引くフィルムが絶縁フィルムABFなんですよ」

「なぜ食品会社である味の素が、半導体の技術を開発できたのか?」という素朴な疑問を持つ方も多いでしょう。実は、この最先端技術のルーツは、味の素の祖業である「アミノ酸の研究」にありました。

同社は1970年代から、アミノ酸のノウハウを応用したエポキシ樹脂(電子部品などに使われる絶縁性の高い合成樹脂)の基礎研究を続けていました。そして1990年代、この技術をパソコン用半導体基板の絶縁材料に応用することに成功します。

当時、絶縁材料は「インク(液体)」を塗って乾かす形式が主流でした。しかし、液体は扱いにくく生産効率が悪いという課題がありました。

そこで味の素は、後発メーカーとしての挑戦として、絶縁材料を「フィルム化」するという困難な研究開発に着手したのです。

泉田氏はこの技術革新の意義について、会社の歩みを紐解きながらこう語ります。

「インクからフィルム状の絶縁材料とすることは、高性能のCPUの様々な課題を克服するためだけではなく、何よりも世界が必要とする技術でもありました」

また、この画期的な素材に「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」と自社の名前を冠している点にも、同社ならではの戦略が表れています。コーヒーギフトの「AGF(味の素ゼネラルフーズ)」と同様に、BtoB(企業間取引)の電子部品であってもブランドを強く打ち出す姿勢について、泉田氏は「味の素ってマーケティングが強い会社なのよ」と分析しています。

半導体パッケージ基板の大型化・多層化の推移2/3

半導体パッケージ基板の大型化・多層化の推移

出所:味の素「2026年3月期 決算説明会資料」(2026年5月7日)

3. 絶好調の決算と、意外な「来期予想」のメッセージ

それでは、直近の業績はどのように推移しているのでしょうか。2026年3月期の通期決算(実績)は、非常に好調な結果となりました。

  • 売上高:1兆5,837億円(前期比+3.5%)
  • 事業利益:1,811億円(前期比+13.7%)
  • 親会社所有者帰属当期利益(最終利益):1,346億円(前期比+91.6%)

増益の要因を分解すると、粗利率の改善(+273億円)と売上増(+191億円)が大きく貢献しています。一方で、人件費やマーケティング投資、R&D(研究開発)などの販管費増加(約△263億円)が利益を一部相殺する形となりました。

セグメント別に見ると、主力である「調味料・食品」は1,341億円から1,430億円へと手堅く増益を果たしています。しかし、全社の中で最も利益を伸ばしたのは、ABFを含む「ヘルスケア等」のセグメントでした。前期の456億円から662億円へと大幅に伸長しており、その内訳のほとんどがABF(ファンクショナルマテリアルズ)によるものです。

ヘルスケア等セグメント 事業利益の推移と予想3/3

ヘルスケア等セグメント 事業利益の推移と予想

出所:味の素「2027年3月期 セグメント別業績予想」(2026年5月7日)を基にイズミダイズム作成

ところが、同時に発表された来期(2027年3月期)の会社予想を見ると、興味深い変化が起きています。

AI関連として注目を集めるABF(ファンクショナルマテリアルズ)の事業利益予想は、今期の546億円から来期は605億円へ、約50億円程度の微増に留まっています。

その一方で、同じヘルスケア等セグメントに含まれる「バイオファーマサービス&イングリディエンツ」が、今期の95億円から来期は170億円へと、約75億円もの大幅な増益を見込んでいるのです。

データセンターやAIの文脈でABFに期待が集まる中、会社側が「それ以外の事業(バイオファーマ)」の伸びを大きく見積もっている点について、泉田氏は「そもそも保守的なのか、生産キャパシティの問題もあったりするんで(中略)現時点ではこれだけども、もしかしたらアップサイドあるのかなと考えることもできる」と、今後の業績上振れの可能性を示唆しています。

4. 今後の成長シナリオと潜むリスク

ABFの将来的な需要は、半導体の進化とともに構造的に拡大していくことが見込まれています。

パソコン用途で採用された当初は「3層」程度だった基板の積層は、現在のAI用途では「11層(100mm角)」にまで拡大しています。さらに会社予想によれば、2031年以降には「13層(120mm角)」へと、さらなる大型化と多層化が進むとされています。

泉田氏はこの需要ドライバーの構造について、次のように簡潔に説明します。

「面積が増えてかつ積層が多層化するので、使う量はどんどん増えますよ」

この旺盛な需要に応えるため、ABFを製造する味の素ファインテクノは、群馬県と神奈川県川崎市に次ぐ第3の拠点として、岐阜県可児市に新工場の用地を取得する予定です。

2032年度の稼働を目指しており、長期的な需要拡大を見据えた布石を打っています。

ここまで見ると死角がないように思えますが、インタビュアーから「事業におけるリスク要因はあるのか?」と問われると、泉田氏はプロの視点から2つの懸念材料を提示しました。

1つ目は、前述した生産キャパシティの限界です。新工場の稼働が2032年度とかなり先であるため、それまでの間に急激な需要増があった場合、供給が追いつかない可能性があります。

2つ目は、代替技術の台頭と競合の参入です。現在、半導体業界では次世代の技術として「ガラス基板」の採用が議論されています。もしガラス基板が主流になれば、現在のフィルム型であるABFではなく、PID(感光性絶縁樹脂)と呼ばれる別の素材に置き換わるリスクがあります。

泉田氏は、圧倒的なシェアを持っているからこその脆さについて、次のように警鐘を鳴らします。

「100%だから、新技術が来た時に一気に代替される可能性もある」

さらに、莫大な利益を生む市場であるため、国内の化学メーカーや米国のスタートアップ、中国勢などが虎視眈々とシェアを奪いにきている状況でもあります。

味の素は、強固な食品事業という安定した地盤を持ちながら、AI半導体という最先端の成長エンジンを併せ持つ稀有な企業です。

しかし、技術の移り変わりが激しい半導体業界において、現在の「シェア100%」という黄金時代がいつまで続くのか。投資家としては、同社の技術動向や競合の動きを継続的に注視していく必要がありそうです。

参考資料

  • 味の素株式会社「2026年3月期 通期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年5月7日)
  • 味の素株式会社「2026年3月期 決算概要」(2026年5月7日)
  • 味の素株式会社「2027年3月期 セグメント別業績予想」(2026年5月7日)
  • 味の素株式会社「2026年3月期 決算説明会資料」(2026年5月7日)
  • YouTubeチャンネル「イズミダイズム」

※リンクは記事作成時点のものです。また、会計年度表記は味の素の開示資料に準拠しています(FY25=2026年3月期)。