4. 新議長の「AI論」と1990年代ITバブルの教訓
こうした難しい局面でFRBのトップに立ったウォーシュ氏は、どのような方針を描いているのでしょうか。
かつてのウォーシュ氏は、中央銀行による市場への過度な介入を嫌い、金融引き締めに積極的な「タカ派」として知られていました。しかし近年、彼のスタンスに変化が見られます。その背景にあるのが「AI(人工知能)」の存在です。
泉田氏の解説によれば、ウォーシュ氏は「AIが劇的に生産性を向上させるため、金利を下げてもインフレは再燃しない」という論理を展開しているといいます。AIが人間の作業を代替し、企業の人件費などの生産コストが下がれば、モノやサービスの値段を上げなくても利益が出せるようになります。だからこそ、利下げを行っても物価高(インフレ)には直結しない、という見立てです。
初心者からすると一見筋が通っているように聞こえるこのAIによる生産性向上論ですが、泉田氏はこの議論に対して、投資のプロならではの鋭い視点から「既視感がある」と警鐘を鳴らします。なぜなら、過去の歴史に全く同じ構図が存在するからです。
それは1990年代後半、当時のグリーンスパンFRB議長の下で起きた「ITバブル(ドットコムバブル)」です。当時も、インターネットの普及という「IT革命」によって生産性が飛躍的に上がり、インフレなき経済成長(ニューエコノミー)が可能だという議論が巻き起こりました。その結果、FRBは利上げを見送り、市場には期待先行で大量の資金が流れ込みました。
しかし、現実はどうだったのでしょうか。
「実際のマネタイズに追いつくのか追いつかないのかみたいな。生産性上がるってことは利益出しますよねってことなんで、イコール利益出なかったらそのIT革命何?っていう話になったわけよ」
当時のIT企業は、期待されたほどの利益(マネタイズ)をすぐには生み出せず、結果としてバブルは弾け飛びました。泉田氏は、現在のAIブームもこれと全く同じ構造を持っていると分析します。
「今の『AIバブル』というAIトレンドも、利益が出れば別にバブルじゃないし、利益が出なかったらバブルになるって話なんですよ」
もし、ウォーシュ新議長のシナリオ通り、AIによる生産性革命が本物であり、企業がしっかりと利益を出せるのであれば、金利を下げてもインフレは起きず、株価も堅調に推移するベストシナリオが実現するでしょう。
しかし、もしAIが期待されたほどの生産性向上をもたらさなかった場合、事態は深刻です。利下げによって市場に投機資金が溢れてバブルが発生し、同時に生産コストが下がらないためインフレも再燃します。
そこから慌てて金利を急激に引き上げ、同時にお金を市場から吸い上げる(QT)ことになれば、経済は急ブレーキを踏まされ、深刻な冷え込みを招く最悪のシナリオに陥りかねません。
アメリカの金融政策は今、AIという未知のテクノロジーの真価が問われる重大な局面に立たされています。
私たち投資家は、FRBの金利政策だけでなく、「企業が本当にAIを活用して利益を生み出せているのか」という実体経済の数字を、これまで以上に冷静に見極める必要がありそうです。
なお、本記事は金融政策の仕組みを解説するものであり、特定の金融商品や投資行動を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。
参考資料
著者
金融・経済YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
「イズミダイズム」は、株式会社モニクルリサーチが運営する金融・経済YouTubeチャンネルです。フィデリティ投信や日本生命でポートフォリオマネージャーや証券アナリストとしての勤務経験のある元機関投資家の泉田良輔が、プロの視点で金融や経済に関する様々なニュースの解説や、資産形成に役立つトピックをお届けします。新NISAの開始やインフレを背景に、個人の資産運用への関心が高まる中、機関投資家と個人投資家の「視点の違い」や、経済ニュースの裏側にある「構造」をロジカルに解説します。(最新更新日:2026年1月30日)
監修者
株式会社モニクルリサーチ
代表取締役/日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。その他に株式会社モニクル取締役COO、株式会社モニクルフィナンシャル取締役COOも務める。東京科学大学大学院非常勤講師。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了(同研究科最優秀賞受賞)
1. 経歴
2013年に株式会社ナビゲータープラットフォーム(現:株式会社モニクルリサーチ)を原田慎司(現同社取締役)らとともに共同創業。2013年に個人投資家向け金融経済メディア「Longine(ロンジン)」を立ち上げ、編集長に就任。Longineの立ち上げの経緯はBloombergにおいて「体力勝負アナリスト辞めます、元外資マン個人に長期投資指南」として掲載され大きな反響を呼ぶ。投資情報のサブスクモデルを確立する。その後、株初心者向けネットメディア「株1」、2015年にはくらしとお金の経済メディア「LIMO」の前身となる「投信1」を立ち上げる。
それ以前は、日本生命・国際投資部で外国株式ファンドマネージャー、フィデリティ投信・調査部や運用部にて10年に渡ってインターネット、電機(半導体・民生・産業エレクトロニクス)、機械(ロボットやセンサー企業中心)といったテクノロジーセクターの証券アナリストや中小型株ファンドのアシスタント・ポートフォリオ・マネージャー(最年少で就任)として従事。
2. 専門・研究領域
慶応義塾大学商学部卒業。国際金融及びコーポレート・ガバナンスを専攻。アジア通貨危機、昭和金融恐慌などの金融パニックのメカニズムを金融政策や金融機関への規制の観点から研究。それらの内容は「昭和金融恐慌からの教訓 平成恐慌になにをどう生かすべきか」(三田商学研究学生論文集)として発表。
3. 著書
・『機関投資家だけが知っている「予想」のいらない株式投資』(ダイヤモンド社)
・『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』(クロスメディア・パブリッシング)
・『銀行はこれからどうなるのか』(クロスメディア・パブリッシング)
・『Google vs トヨタ 「自動運転車」は始まりにすぎない』(KADOKAWA)
・『日本の電機産業 何が勝敗を分けるのか』(日本経済新聞出版社)
4. 寄稿や講演他
「日経BizGate」での連載「泉田良輔の新・産業鳥瞰図」や「現代ビジネス」、「東洋経済オンライン」、「プレジデント」などへの寄稿や対談も多数。対談記事例としては「【未来予想】ブロックチェーン革命が、「半沢直樹」の世界に終わりを告げる」や「【未来予想】アマゾンとビットコインが、次世代の「銀行」になる理由」(いずれもNewsPicks)、「米独に遅れる日本の自動運転、自動車も電機の二の舞に?」(週刊ダイヤモンド)。海外ジャーナリストからインタビューされることも多く、Financial TimesやThe Economist、Bloombergにおいて自動車や金融業界についての国内外産業動向コメントも発信している。
講演会や動画での情報発信も盛んに行っており、NewsPicksのTHE UPDATE、日経ビジネススクール、慶應丸の内キャンパス、慶應義塾SDM、アカデミーヒルズなどでも講義を行う。またNewsPicksのNewSchoolではプロジェクトリーダーとして「本当に初心者のための資産運用」を開催。
最終更新日:2026年2月21日