日本の半導体製造装置メーカーの代表格であり、日経平均株価への影響度も極めて大きい東京エレクトロン。株式市場では、過去10年にわたり「株価が右肩上がりを続ける成長銘柄」として知られています。

しかし、直近発表された通期決算では、売上高がほぼ横ばい、営業利益は10.4%の減益という物足りない結果となりました。

成長が鈍化しているように見える決算にもかかわらず、なぜ市場は同社に期待を寄せ、株価は底堅い動きを見せるのでしょうか。

この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が東京エレクトロンの最新決算を読み解き、株価の動きと会社からのメッセージを解説します。

この記事のポイント

  • 通期は営業減益着地も、次期上半期の大幅増収増益予想が株価を支える要因に
  • 業績予想が「半期のみ」なのは、AI投資の過熱による二重発注やキャンセルを警戒しているため
  • 半導体需要は「自動運転」などのフィジカルAIによってさらに拡大する可能性がある
  • 投資においては、短期の「サイクル(波)」と長期の「トレンド(方向性)」を分けて考えることが重要

1. 減益着地でも株価は右肩上がり?東京エレクトロンの決算に見る「ねじれ」

東京エレクトロンが発表した2026年3月期の通期決算(確報値)は、投資家にとって少し複雑な内容でした。

売上高は2兆4,435億円(前年同期比0.5%増)とほぼ横ばい、本業の儲けを示す営業利益は6,249億円(同10.4%減)と減益に着地しています。

一方で、最終的な利益である親会社株主帰属純利益は5,744億円(同5.6%増)と増益になるなど、数字に「ねじれ」が生じています。

前の期(2025年3月期)が営業利益で50%増、純利益でも50%近い増益という非常に強い数字だったことと比較すると、成長のペースが極端に鈍化しているように見えます。

インタビュアーからも「このまま頭打ちになってしまうのではないか」という疑問が投げかけられました。

しかし、泉田氏はこの不安は「新年度の業績予想を見ることで払拭できる」と指摘します。実際、東京エレクトロンの株価チャートを2016年から振り返ると、途中で大きな上下動(デコボコ)を繰り返しながらも、長期的なトレンドとしては力強い右肩上がりを続けています。

過去の業績が減速しているのに、なぜ市場は同社を買い向かうのでしょうか。それは、株式市場が「終わった過去の数字」ではなく、「これから先の未来の数字」を評価するメカニズムを持っているからです。

東京エレクトロン:通期実績と次期上半期予想の比較1/4

東京エレクトロン:通期実績と次期上半期予想の比較

出所:東京エレクトロン「2026年3月期 決算短信」を基にイズミダイズム作成

1.1 「半期のみ」の強気予想に込められた会社のメッセージ

泉田氏が注目したのは、同時に発表された次期(2027年3月期)の第2四半期(上半期)までの業績予想です。

ここには、売上高1兆5,700億円(前年同期比33.1%増)、営業利益4,310億円(同42.2%増)という、非常に強気な大幅増収増益の数字が並んでいます。つまり、直近の通期決算は減益だったものの、これからの半年間は再び急激な成長軌道に戻るという会社からの強いメッセージが示されているのです。

しかし、ここで一つの疑問が生じます。通常、本決算の発表時には「次の1年間(通期)」の業績予想を出す企業が多い中、東京エレクトロンはなぜ「上半期の半年分」しか予想を出さなかったのでしょうか。

【動画で解説】東京エレクトロン、なぜ減益でも株価は強い?

泉田氏はこの背景について、「会社が自信を持って見通しを出せないというところが背景にある」と分析します。

半導体製造装置のビジネスは、顧客からの受注に基づいて売上を見積もりますが、「半年先までは自信を持って出せるけれど、そこから先は分からない」という、半導体業界特有の事情があるといいます。

その最大の要因が、現在の「AI投資の過熱感」です。世界中のIT企業がAI向けのデータセンター建設に巨額の投資を行っていますが、会社側もこの状況を警戒していると泉田氏は読み解きます。

「設備投資が過熱することで、自分たちに機械が回ってこないと思うメーカーが、過剰に発注をかけてしまう」

つまり、半導体メーカーが製造装置を確実に確保するために、複数の装置メーカーに「二重発注」を行っているリスクがあるというのです。そして、この過熱状態には恐ろしい反動が待っています。

「『設備投資やらないぞ』と景気が冷え込んだり、『自分たちが見た通りではないぞ』ってなった瞬間に、設備投資の見通しを一気に下げるんで、その時に発注を一気にキャンセルしちゃうんですよね」

過去にも半導体業界ではこうした急激なキャンセルが発生した歴史があります。そのため、東京エレクトロンは下半期以降の不透明な需要を織り込まず、確実に見えている上半期の数字だけを発表するという慎重な姿勢をとったのだと泉田氏は解説します。

裏を返せば、この上半期の「大幅増収増益」という数字は、すでに受注が見えている極めて確度の高い数字だと言えるのです。

AI投資過熱による「二重発注」と「キャンセル」のメカニズム2/4

AI投資過熱による「二重発注」と「キャンセル」のメカニズム

出所:動画内の泉田氏の解説を基にイズミダイズム作成

2. 半導体株の宿命「シリコンサイクル」とAIの波

東京エレクトロンの株価や業績を理解する上で避けて通れないのが、「シリコンサイクル」という概念です。

シリコンサイクルとは、半導体業界に特有の「好況と不況の波」のことです。半導体はあらゆる電子機器に使われるため、世界的な景気や新しいテクノロジーの普及に合わせて需要が急増します。

しかし、需要に応えるために各社が一斉に工場を建てて生産を増やすと、今度は供給過剰になり、価格が下落して不況に陥ります。このサイクルが数年単位で繰り返されるのが半導体業界の宿命です。

インタビュアーから「今はその波の中でどのような位置にいるのか」と尋ねられると、泉田氏は現在の状況を単なるシリコンサイクル以上の「ボーナスステージ」だと表現しました。

泉田氏の分析によれば、近年は大きな波が立て続けに押し寄せています。まず、コロナ禍によって人々の生活がデジタル化し、PCやデータセンター向けの半導体需要が急増しました。

次に、ChatGPTなどに代表されるAIの登場により、AIを学習させるための半導体需要が生まれました。そして現在は、各社がAI開発競争に勝つために設備投資を加速させる「AI投資過熱」の波が来ています。

2.1 AI投資は一過性か?次に控える「フィジカルAI」の需要

投資家が最も気にするのは、「このAIの波(ボーナスステージ)はいつまで続くのか」という点です。設備投資が一巡すれば、半導体製造装置の需要も急減してしまうのではないかという懸念があります。

これに対し、泉田氏はAIの進化が次のステージへ向かうことで、新たな需要が生まれ続ける可能性を指摘します。現在主流のパソコンやサーバー上で動くAIだけでなく、今後は実社会の物理的な空間で稼働する「フィジカルAI」の普及が鍵を握るといいます。

その代表例が自動運転技術です。アメリカでシェアを拡大しているGoogle系の無人タクシー「Waymo(ウェイモ)」などを引き合いに出し、泉田氏は次のように語ります。

「自動運転車が無尽蔵に走り出して、全部データを処理しなきゃいけなくなるって言ったら、今用意してるものは足りないじゃない」

現実世界の膨大な映像やセンサーデータを瞬時に処理するためには、現在とは比較にならないほどの計算能力が必要になります。

AIでできることが増えれば増えるほど、「あれもできる、これもできる」と想像力が膨らみ、結果として新たなデータセンターや半導体のキャパシティが求められるようになります。

設備投資の波には当然「山と谷」がありますが、AIが社会インフラとして普及していく初期段階にある現在、需要の波が完全に逆回転してしまうことは考えにくいと泉田氏は分析しています。

【動画で解説】東京エレクトロン、なぜ減益でも株価は強い?

3. プロはどう見る?「サイクル」と「トレンド」を分ける投資フレーム

半導体株のように激しく上下に動く銘柄を見ると、多くの個人投資家は「波の底(安いところ)で買って、波の頂点(高いところ)で売りたい」と考えます。

インタビュアーがその率直な思いを口にすると、泉田氏はプロの機関投資家ならではの冷徹な視点を提示しました。

株式市場では、多くの投資家が予測できる未来は、すでに現在の株価に反映されています(これを「織り込み済み」と呼びます)。

例えば、今回の決算で「通期は10%の減益だった」という事実が出ても、株価がそこからさらに下がり続けるわけではありません。なぜなら、市場の参加者は「次の上半期には40%以上の増益になる」という確度の高い未来をすでに見て、それを株価に織り込もうとして買いに向かうからです。

このように、目先の業績の上下動やニュースに振り回されないために、泉田氏は投資を考える上での重要なフレームワーク(思考の枠組み)を提案します。

「サイクルとトレンドって分けて考えなきゃいけないんだよね。トレンドがあっても必ず山谷のサイクルはあるから、これは分けて考えた方が良くて」

「サイクル」とは、数年単位で繰り返される需要の山と谷(短期〜中期の波)のことです。一方、「トレンド」とは、その産業全体が長期的に向かっている方向性(長期の成長)を指します。

投資における「サイクル」と「トレンド」の考え方3/4

投資における「サイクル」と「トレンド」の考え方

出所:動画内の泉田氏の解説を基にイズミダイズム作成

個人投資家がサイクルの波を完璧に当てて売買を繰り返すのは至難の業です。しかし、視点を「トレンド」に移せば、景色は全く違って見えます。

「成長産業って何ですかって考えた時に、いろんな産業あるじゃない。産業の中で成長する産業は何ですかって言ったら、過去10年間見ると半導体産業でしたと。ずっと買って持っておけばいいんじゃないのっていう考え方は、過去見ると正解だった」

目先の減益や、数ヶ月先の需要の不透明さに一喜一憂するのではなく、社会全体のデジタル化やAIの普及という「不可逆な大きなトレンド」のど真ん中にいる企業を長期で保有し続ける。これこそが、過去の歴史が証明した一つの正解なのだと泉田氏は結論づけます。

【動画で解説】東京エレクトロン、なぜ減益でも株価は強い?

4. まとめ:不透明な下期と確実な上期のバランスをどう評価するか

東京エレクトロンの最新決算は、通期実績の「減益」という過去の数字と、次期上半期の「大幅増益」という未来の数字が交錯する内容でした。

会社側が下半期の予想を出さなかった背景には、AI投資の過熱による二重発注やキャンセルのリスクに対する警戒があります。しかし、それは裏を返せば、上半期の強気な予想は「すでに受注が見えている確度の高い数字」であることを意味します。

半導体産業には必ずシリコンサイクルという波が存在しますが、自動運転などのフィジカルAIの普及を控え、長期的な成長トレンドは依然として継続しています。

投資家は、短期的な「サイクル」の波に翻弄されるのではなく、長期的な「トレンド」を見極める視点を持つことが求められます。

動画では、東京エレクトロンの強みである「コーターデベロッパー(塗布・現像装置)」の圧倒的な世界シェアや、独占禁止法が絡むM&Aの難しさなど、同社のビジネスモデルの深層についてもさらに詳しく解説されています。プロの機関投資家がどのように企業を分析しているのか、詳しくはぜひ「イズミダイズム」の動画本編をご覧ください。

5. イズミダイズムとは

イズミダイズムは、元機関投資家である泉田良輔の個人YouTubeチャンネルです。プロの視点で金融や経済に関する様々なニュースの解説や、資産形成に役立つトピックをお届けします。

新NISAの開始やインフレを背景に、個人の資産運用への関心が高まる中、機関投資家と個人投資家の「視点の違い」や、経済ニュースの裏側にある「構造」をロジカルに解説します。

教科書的な知識だけでなく、プロの実体験に基づいた分析を通じて、ビジネスパーソンや個人投資家に役立てていただけるコンテンツをお届けしています。

元機関投資家 泉田良輔のシテンで語る金融と経済の今4/4

元機関投資家 泉田良輔のシテンで語る金融と経済の今

出所:Youtubeチャンネル「イズミダイズム」

参考資料

  • 東京エレクトロン株式会社「2026年3月期 決算短信」
  • 東京エレクトロン株式会社「2026年3月期 決算説明会資料」
  • 経済産業省「半導体・デジタル産業戦略の今後の方向性」
  • Youtubeチャンネル「イズミダイズム」