嫌いじゃないのに、どうしても親にさわれない
以前、旅の雑誌で地方取材に同行したカメラマンと、子育てについて話をしたことがあります。彼は、10人弟妹の長男として育ったそうです。
「どうしてもさわれないんだ。年寄りだからというわけでもなく、なんとなく汚いっていうか、他人みたいな感じがするというか……。とくにケンカしたことがあるわけでも、嫌いなわけでもないんだが」
彼が言う「さわれない」人とは、両親。父親も、母親も、さわれないのだそうです。2泊3日の取材旅行の間、とくに潔癖症や気難しいという印象は受けませんでした。もちろん性格が暗いということもなく、どちらかといえばさわやかで好感度の高い人物だったと記憶しています。
「妹たちからは、『お兄ちゃん、冷たい』って言われるし、自分でも親に申し訳ない気がしてはいるんだけど、どうしてもさわれない。弟や妹たちとは平気でじゃれあったりできるのになぁ」
弟妹とは仲がよいそうで、独立して各自が家庭を持った現在でも頻繁に交流しているそうです。親の家にも年2回の帰省のほか、冠婚葬祭などには可能な限り出席。長男としての責任はきちんと果たし、両親とも普通に会話はしているのだと言います。それなのに、さわることだけはどうしてもできないのだと繰り返します。
「親に抱かれた記憶が、まったくない」
彼は当時30代半ば、2人の息子の父親でした。日ごろから、できるだけ息子たちと接するように心がけているそうです。
自宅マンションの非常階段上り競争をしたり、屋上での隠れん坊をしたりする様子をさも嬉しそうに話しています。部屋内で相撲をしていたら、下の階から苦情がきたこともあったそうです。「いいお父さんやってるね」と言ったら、こんな答えが返ってきました。
「疲れてるときなんか一人でゆっくりしたくなるけど、無理にでも相手をするようにしてるんだ。息子たちから将来、自分みたいに汚くてさわれないと思われたくないからな」
彼によれば、親にさわれなくなった理由は、小さいときにふれ合っていないせいだと言います。同じ家の中で過ごしているし、母親は昔の女性だから、専業主婦。ただ、目で見る機会はあっても、接触することが少なかったということでしょう。
「親に抱かれた記憶がまったくないんだよな」
10人弟妹の長男ですから、彼が2歳になるとすぐ下の弟が生まれ、その後も次々に弟妹が生まれています。親はどうしても小さい子どもに手を取られてしまうので、心はあっても体は一つですから、年長の子どもが後回しになってしまうのは想像できます。