梅雨前線が日本列島を北上し、雨の日の合間に初夏らしい陽気を感じる季節になりました。
もうすぐ、改定後初めての年金支給日である「6月15日」が迫っています。
「今年度は年金が増えると聞いて楽しみにしている」という方も多い一方で、日々の買い物や光熱費の支払いを通じて「本当に年金だけでやっていけるのだろうか」と、漠然とした不安を抱えている方も少なくないでしょう。
この記事では、令和8年度の年金額改定の裏側にある「実質的な目減り」のメカニズムを解説しつつ、最新の統計データから「65歳以上の無職世帯のリアルな家計収支」を紐解いていきます。
さらに、近年シニア世帯に重くのしかかっている「介護施設費用の値上げリスク」についても詳しく見ていきましょう。
1. 【年金支給日もうすぐ】令和8年度の改定額は「プラス」でも実態は目減り?
まずは、6月15日(4月・5月分)から支払われる新しい年金額を確認しておきましょう。
厚生労働省の「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」によれば、令和8年度の年金額は前年度から国民年金(基礎年金)が1.9%の引上げ、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%の引上げとなりました。
【令和8年度の年金額の例(※昭和31年4月2日以後生まれの方)】
- 国民年金(満額・1人分):7万608円(前年度比 +1300円)
- 厚生年金(夫婦2人分の標準的な年金額):23万7279円(前年度比 +4495円)
これだけを見ると「年金が増えて生活が楽になる」と思いがちですが、手放しで喜ぶことはできません。なぜなら、この改定額は「物価の上昇」に完全に追いついているわけではないからです。
年金額の改定は、物価や賃金の変動に応じて決まります。令和7年の全国消費者物価指数の変動率は「プラス3.2%」でした。
しかし、現役世代の負担能力などを考慮したルールにより、今回の改定には名目手取り賃金変動率(プラス2.1%)が用いられました。そこからさらに、少子高齢化にあわせて給付水準を調整する「マクロ経済スライド」が適用され、国民年金はマイナス0.2%、厚生年金はマイナス0.1%の調整が引かれています。
つまり、「世の中のモノの値段は3.2%上がっているのに、もらえる年金は最大2.0%しか増えていない」というのが現実です。
数字の上では増額であっても、実質的な購買力は低下(目減り)しており、家計への負担感はむしろ強まっていると言えるでしょう。
2. 【65歳以上・無職世帯の家計】データが示す「毎月4万円の赤字」と支出のリアル
では、実質的な目減りが進むなかで、年金生活を送るシニア世帯の家計はどうなっているのでしょうか。
総務省統計局が公表した「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」をもとに、65歳以上の無職世帯のリアルな収支バランスを見てみましょう。
2.1 【65歳以上の夫婦のみの無職世帯(夫婦高齢者無職世帯)の家計収支】
-
実収入:25万4395円
(うち社会保障給付:22万8614円) -
実支出:29万6829円
(消費支出:26万3979円、非消費支出:3万2850円)
<消費支出(26万3979円)の主な内訳>
- 食料:7万8964円
- 住居:1万7739円
- 光熱・水道:2万3540円
- 家具・家事用品:1万1237円
- 被服及び履物:5354円
- 保健医療:1万7941円
- 交通・通信:3万1325円
- 教養娯楽:2万6538円
- その他の消費支出:5万1341円(うち交際費 2万3257円)
- ひと月の赤字額:4万2434円
この結果から、標準的な夫婦世帯では、年金を中心とした収入だけでは生活費を賄いきれず、毎月約4.2万円の赤字が発生していることが分かります。
また、単身世帯(65歳以上の単身無職世帯)の場合でも、月の平均収入は約13万1456円に対し、支出は約16万1435円となり、毎月約3万円の赤字が発生しています。
特に近年は、生活に欠かせない食料品や日用品の価格上昇が著しく、節約をしているつもりでも支出が膨らみやすい環境です。
この毎月数万円の不足分は、現役時代に蓄えてきた「貯蓄」から取り崩して補填していくことになります。
2.2 支出データには「介護費用」が含まれていない点に注意
さらにここで注意しなければならないのは、上記の家計調査で示されている支出は、あくまで「健康に日常生活を送っていること」を前提としたものであるという点です。
つまり、訪問介護やデイサービス、介護施設への入居といった「介護サービスにかかる費用」は、原則としてこの支出内訳には含まれていません。
もし将来的に介護が必要になれば、すでに見られる月数万円の赤字がさらに拡大し、貯蓄の取り崩しペースが一気に早まる要因となります。
老後の家計を圧迫するのは、日常的な生活費や物価高だけではないのです。次章では、この見落としがちな「介護費用の見えないリスク」について詳しく見ていきましょう。
3. 【見えないリスク】4人に1人が「入居時より高くなった」と回答。介護施設の値上げのリアル
将来的に必要となる可能性が高い「介護費用」も、値上げとは無関係ではありません。
3.1 介護にかかる費用の平均
公益財団法人 生命保険文化センターの「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」によると、介護にかかる費用(介護保険サービスの自己負担費用を含む)の平均は以下のようになっています。
- 初期費用(住宅改造やベッドの購入など):平均47.2万円
-
月額費用(介護サービス費など):平均9.0万円
- 在宅介護の場合:月額平均5.3万円
- 施設介護の場合:月額平均13.8万円
- 介護期間:平均55.0カ月(4年7カ月)
このように、特に施設へ入居する場合には毎月10万円を超える費用がかかるケースは多く、初期費用を含めるとまとまった資金が必要になります。
さらに近年は、この介護費用が「想定以上にかかる」というシビアな現実が浮き彫りになっています。
株式会社Speee(ケアスル 介護)が発表した実態調査によると、入居時より月額費用が「増加した」と答えた家族は26.4%(4人に1人以上)にのぼりました。
さらに、「施設から値上げを通知された経験がある」と答えた家族は約4割(39.35%)に達し、そのうちの6割以上(61.86%)が「直近1年以内」に最初の通知を受けているなど、足元で集中的に値上げが進行していることがわかります。
3.2 値上げの理由、トップは「物価・光熱費の上昇」
値上げの理由として施設側から説明されたのは、「物価・光熱費の上昇(60.31%)」や「食料品・日用品の値上がり(48.97%)」が上位を占めました。
施設側の経営努力だけでは吸収しきれないコスト上昇が、利用者の負担として転嫁されている構造が浮き彫りになっています。
こうした負担増は、入居者の生活を直撃しています。
同調査では、費用負担を理由に施設の転居や退去を検討または実行した家族が約3人に1人(34.48%)に達し、実際に「転居・退去をした/する予定」の家族も11.76%いることが明らかになりました。
「ギリギリ支払える予算の施設を選んだはずなのに、数年後に数万円の値上げを通達された」「年金収入は増えないのに施設の利用料が上がり、特養など別の施設へ転居(退去)せざるを得なくなった」といった切実な声も寄せられています。
3.3 2026年8月からは、一部の入所者の「食費・居住費の負担限度額」も引き上げへ
加えて、国の制度改定により、2026年8月1日からは介護保険施設における一部の入所者の食費・居住費の負担限度額が引き上げられます。
2026年8月からは食費・居住費の負担限度額も引き上げへ5/6
出所:厚生労働省老健局介護保険計画課、老人保健課「令和8年8月からの特定入所者介護(予防)サービス費の見直し等に係る周知への協力依頼について」
今回の改定の主な対象となる、市町村民税非課税世帯のうち年金収入等が年120万円を超える方(第3段階②)の場合、食費と居住費を合わせて月約3600円(1日あたり合計120円)の負担増となる予定です。
老後の資金計画を立てる際には、「今の年金と今の物価」だけで計算するのではなく、こうした「将来起こり得る費用変動リスク(インフレや介護費用の増額)」までを見込んでおくことも大切になってくるでしょう。
4. シニア世代の貯蓄実態と、物価高を乗り切るための「備え」
毎月の赤字や将来の介護費用に備えるためには、やはり手元の貯蓄が頼りになります。同世代はどれくらいの備えを持っているのでしょうか。
総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)―2025年(令和7年)平均結果―(二人以上の世帯)」によると、世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄事情は以下のようになっています。
4.1 【世帯主が65歳以上の世帯の貯蓄現在高】
- 平均値:2564万円
- 中央値(貯蓄保有世帯):1777万円
平均値は2500万円を超えていますが、これは一部の富裕層によって引き上げられているためであり、より実態に近いとされる「中央値」との間には約800万円もの開きがあります。
分布を詳しく見ると、「貯蓄現在高が2500万円以上の世帯」が全体の約3分の1(36.3%)を占めています。
しっかりと老後資金を準備できている層が一定数いる一方で、「貯蓄100万円未満」の世帯も7.7%存在しており、貯蓄が少なく日々のやりくりに苦労している層も少なくありません。このように、シニア世代のなかでも経済的な二極化が進んでいる実態がうかがえます。
では、こうした厳しい環境下で、私たちはどう動けばよいのでしょうか。
現役世代やプレシニア世代であれば、新NISAなどを活用して「少額・早期・長期」の資産形成を少しでも早くスタートさせることも防御策のひとつと言えるでしょう。
また、すでにシニア世代を迎えている方は、健康なうちは自分のペースで働き収入を得る(就労延長)ことが、資産の目減りを防ぐ有効な手段です。
2026年度からは、働きながら年金をもらう方の支給停止ライン(在職老齢年金の支給停止調整額)が「月額65万円」へと大幅に引き上げられました。
これにより、年金カットを気にすることなく、より自由なペースで働きやすくなった方がすでに増え始めていると考えられます。
5. まとめにかえて:年金支給日を「自分の将来」を見つめ直すきっかけに
いよいよ迎える6月15日の年金支給日。通帳に振り込まれた新しい年金額を確認したら、「増えた、減った」で終わらせず、ぜひ一度ご自身の家計収支を書き出してみてください。
「今の支出ペースで貯蓄は何年もつのか?」「将来、介護が必要になった場合の資金に余裕はあるか?」といったリアルな数字と向き合うことが、お金の不安を解消する「ファイナンシャル・ウェルビーイング」を高める第一歩となります。
日々の生活を楽しみつつ、将来の変化にも柔軟に対応できるよう、早めの情報収集と家計の見直しを始めてみてはいかがでしょうか。
5.1 参考資料
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
- 総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)平均」
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」
- 公益財団法人 生命保険文化センター「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」リスクに備えるための生活設計
- 厚生労働省老健局介護保険計画課、老人保健課「令和8年8月からの特定入所者介護(予防)サービス費の見直し等に係る周知への協力依頼について」
- 株式会社Speee「介護施設の月額費用、4人に1人以上で『入居時より高くなった』」
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)―2025年(令和7年)平均結果―(二人以上の世帯)」




