日本的ブランドが進出、では純ジャパン企業は?〜ウズベキスタン見聞記

シルクロード国家の今(後編)

筆者が仕事で数カ月滞在する機会を得たウズベキスタンの見聞記。前回の記事では多民族が交わるシルクロードのオアシス都市、タシケントとブハラを取り上げました。今回は、古都サマルカンドおよびウズベキスタンにおける日本企業の存在感についてお伝えします。

ティムールによって生まれた「青の都」サマルカンド

サマルカンドは、アムダリヤ川の支流ザラフシャン川沿岸に位置するシルクロードの要衝です。人口は約52万人。ステップ気候から地中海性気候への移行部で青空が広がっており、「風のシルクロード」「青の都」「東方の真珠」などと称されます。地場産業としては機械・化学・綿花・シルク・皮革があります。

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首都タシケントとサマルカンドを結ぶウズベキスタン鉄道の特急アフラシャブ号(筆者撮影、以下同)


サマルカンドはまさに東西の交易路の中心に位置しており、陶器が中国からヨーロッパへ、製紙法や羅針盤が中国からアラビア・欧州へ伝わりました。また、ペルシャのガラスは中国や日本へ、ブドウやキュウリ、ゴマ、クルミなどが西方から中国へ、ヨーロッパからキリスト教が、ペルシャやアラビアからはゾロアスター教やイスラムが中国へと伝わっています。

歴史的には、紀元前10世紀の頃からイラン系ソグド人のオアシス都市として発展していたそうで、当時の名前はマラカンダと言いました。8世紀前半にはウマイヤ朝のアラブ連合軍に征服され、イスラム化が始まります。

しかし1220年、サマルカンドはチンギス・ハーン率いるモンゴル軍によって徹底的に破壊されました。その後、14世紀にティムール(1336〜1405年)が台頭。中央アジアから西アジアにかけて、かつてのモンゴル帝国の半分に匹敵する帝国を建設した軍事的天才です。

ティムールは征服した都市で破壊と殺戮を繰り返す一方、このサマルカンドを始めとした都市の建設にも熱心だったことで知られ、「チンギス・ハーンは破壊し、ティムールは建設した」とも言われています。現在のサマルカンドは、ティムールによって生まれた街なのです。

サマルカンド観光の課題は二重価格

サマルカンドは、首都タシケントからウズベキスタン鉄道で約3時間、その観光の目玉はレギスタン広場です。かつて破壊されたサマルカンドは丘の上にあり、14世紀に再興した街の中心にあるこの広場は丘の麓に位置します。レギスタンとは砂地を意味する言葉で、公共の広場として王の布告の場、罪人の公開処刑の場、祝祭の場、そしてバザールとして使用されてきました。

マドラサ神学校の3つの巨大建築があるレギスタン広場


観光地としてのサマルカンドの課題は多いようですが、大きな問題の一つはサービス料金の透明性の問題でしょう。路面電車があるので、鉄道のサマルカンド駅から市内中心へは便利ですが(料金は一律1,200スム=約16円)、サマルカンド市内の主な交通手段はタクシーです。

このタクシー料金は個別の交渉で決まります。地元民は10〜15分くらいの距離で4,000スム程度(約52円)のようですが、社会主義的な二重価格制度の名残りもあってか、当然、外国人観光客には割増料金になります。ある程度は致し方ないものの、ぼられた感を引きずって気分を損なう外国人も少なからずいるはずです。

二重価格というのは、旧社会主義国では多いと思いますが、経済開放・外資参入の途上で徐々に改善が進むものでしょう。個人的には1996年〜1998年に駐在し、2000年代に日本企業を中心とした外資参入が続いたベトナムでの体験が思い出されます。

サマルカンド市内を走る路面電車

日本的ブランドのウズベキスタン進出

タシケントに戻ると、街で中国資本の雑貨店メイソウ(MINISO、名創優品) を見かけました。メイソウは世界各地に展開しているとは聞いていましたが、タシケントにまで来ています。ウェブサイトでタシケント市内店舗を調べたところ、すでに5店舗も存在していました。

同社は、会社設立後3年で世界に1,000店舗をオープンするなど、まさに絵に描いたような迅速なグローバル展開です。日本では一般にダイソーや無印良品の模倣という印象を持たれる方も多いかもしれませんが、ウズベキスタンでは、もし仮にこれからダイソーが進出すれば、地元の人たちにとってはダイソーの方が模倣のように感じられる心配すらあります。

ことほど左様に新たな土地へは先に行くというのが実に大切なことのようですが、これまで日本企業(含む中小企業・スタートアップ)の経営者の多くは、欧米・中国・東南アジア等を除き、新興国へは「視察会」は参加しても実際には進出しない、あるいはできないというパターンだったのではないでしょうか。

市場経済化途上の国では投資環境に諸々の問題があるものですが、JETRO調べによれば、ウズベキスタンでの日系企業数は21社です。

駐在員事務所としては、伊藤忠商事、住友商事、丸紅、三井物産、三菱商事、豊田通商、日本電気、清水建設、日本交通技術、海外貨物検査、東電設計、JEX、金子産業、名古屋大学、オガワ精機、クボタ、富士通、トヨタセントラルアジアFZE。現地法人としては、ITS Nippon Ltd、瓜生・糸賀法律事務所。合弁企業にはサムオート(中型バス・トラック組み立て)があります。

今、ウズベキスタンは、ミルジヨーエフ大統領が率いる新政権が市場経済化に向けた構造改革を行っています。経済システムの自由化や投資環境の改善を目指し、2017年9月には為替レート統一を行うとともに外貨兌換・持出しに対する制限を撤廃しました。

近い将来、日本の経営者・ビジネスマンは、市場経済化の萌芽期にあるウズベキスタンで期待が持てそうな事業機会を見つけることができるでしょうか。

大場 由幸

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執筆者
大場 由幸
  • 大場 由幸
  • SME Financial Architect x Fintech x Frontier Markets

新潟大学法学部卒業、フィンランドAalto大学 Executive MBA取得、英国オックスフォード大学 Fintech課程修了、米国マサチューセッツ工科大学 AI課程修了。中小企業金融公庫(神戸、宇都宮、東京)、在ベトナム日本国大使館(ハノイ)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(東京)、東京中小企業投資育成(東京)を経て、2008年4月、クロスボーダー・ジャパン(株)代表取締役社長(東京&シンガポール)に就任。日系中堅・ベンチャー企業のアジア戦略・財務を支援する傍ら、新興アジア諸国にて多数のSME金融関連プロジェクトに従事し、マレーシア信用保証公社 JICAアドバイザー(クアラルンプール)、ベトナム信用情報センター 世界銀行コンサルタント(ハノイ)、インドネシア経済調整庁 MSME金融包摂アドバイザー(ジャカルタ)、ミャンマー経済銀行 SMEファンド助言チームリーダー(ネピドー&ヤンゴン)等を歴任。現在、エンジェル投資家/アドバイザーとして複数のフィンテック企業(ロンドン、ニューヨーク等)の経営に関与。ポルトガル政府公認ビジネスエンジェル(アヴェイロ拠点のエンジェル投資家団体REDangelsに所属)。APEC関係機関であるPBEC(太平洋経済委員会)メンバー。マレーシア在住、エストニア居住。