老後生活を支える年金を増やす1つの方法が、老齢年金の繰下げ受給です。しかし、年金相談を受けていると、繰下げしたときの受給額を見て「繰下げしたのに思ったより年金額が増えていない」という声を聞くことがあります。

本記事では、給与や年金額が高い人が繰下げ受給するときの注意点について解説します。制度の仕組みやメリットも紹介しますので、年金の受け取り方を選択するときの参考にしてください。

1. 年金の繰下げ受給、最大84%増額!「繰り下げた月数×0.7%増額」のしくみ

原則65歳からスタートする老齢年金の受給開始時期を、66歳から75歳まで遅らせることを繰下げ受給といいます。年金額を増やすための受給方法です。

受給開始時期を1ヶ月遅らせると年金額は0.7%増額するため、70歳から受給を始めると年金額は42%、75歳からだと84%も増額します。65歳受給開始の年金額を100%とすると、繰下げ受給したときの年金額は次の通りです。

繰下げ受給したときの受給率1/3

<繰下げ受給の受給率.P11>

出所:日本年金機構「老齢年金ガイド」

2. 年金の繰下げ受給、どんなメリットがある?「損益分岐点」はいつ?

65歳から繰下げ受給開始までの期間の生活費を別途準備する必要がありますが、65歳以降も仕事を続ける人には次のメリットがあります。

2.1 メリット①:豊かな老後生活が期待できる

在職中は給与で生活費を賄い、退職後は繰下げ受給によって増額した年金を受け取ることにより、豊かな老後生活が期待できます。繰下げ受給による増額率は一生涯変わりません。

また、長生きすると年金の総受給額は65歳から受給するより多くなります。繰下げ受給と65歳受給の総受給額が同額になる年齢を損益分岐点といい、損益分岐点を超えると繰下げ受給の方が総受給額が多くなります。支給開始時期による損益分岐点は次の通りです。

  • 70歳から繰下げ受給:81歳11ヶ月
  • 75歳から繰下げ受給:86歳11ヶ月

2.2 メリット②:長生きリスクを抑えられる

長生きリスクとは、年金だけでは不足する生活費を老後資金の取り崩しで補っている場合、長生きすることによって老後資金が足りなくなることです。人生100歳時代と言われる中、繰下げ受給による年金増額は長生きリスクへの備えとして有効です。

2.3 メリット③:在職中の税金を抑えられる

繰下げ待機中(65歳から繰下げ受給開始までの期間)は、所得税や住民税を抑えることができます。在職中に年金を受け取ると給与所得に年金所得が加算されて課税所得が増えますが、繰下げ待機中に課税されるのは給与所得だけだからです。

在職中は繰下げ待機して退職と同時に繰下げ受給を始めると、給与と年金の同時課税はないため課税所得を抑えられます。

ここまで、繰下げ受給の仕組みとメリットについて解説しました。次章では、繰下げ受給のデメリットと、給与や年金額が高い人が繰下げ受給を検討するときの注意点を紹介します。

3. 年金の繰下げ受給、どんなデメリットがある?繰下げ前に必ずチェック!

繰下げ受給にはさまざまなメリットがある一方、受給開始後すぐに亡くなったときは総受給額が少なくなるなど、デメリットや注意点もあります。繰下げ受給を検討するときは、日本年金機構のホームページに記載された注意事項を必ず確認しておきましょう。

繰下げ受給の注意点2/3

<繰下げの注意点>

出所:日本年金機構「年金の繰下げ受給」

4. 年金の繰下げ受給、高所得者や年金額が高い人「思ったより年金が増えない」理由

繰下げ受給を選択するのは、65歳以降も仕事を続け、年金なしでも生活できる人が多い傾向にあります。また、高所得者や年金額が高い人が多いことも特徴です。このような人が繰下げ受給するとき「思ったより年金が増えない」理由を紹介します。

4.1 ポイント①:在職老齢年金による支給停止の影響は避けられない

繰下げ受給すると年金額は1ヶ月当たり0.7%増額しますが、在職老齢年金による支給停止のある人は増額率が下がります。理由は、支給停止された年金部分は増額しないからです。

たとえば、65歳時の老齢厚生年金額が100万円(うち支給停止額40万円)が繰下げ受給で70歳から受給開始した場合、増額は42万円(100万円×42%)ではなく25万2000円(=60万円×42%)です。

在職老齢年金による支給停止中の繰下げ受給3/3

<繰下げ待機期間中に在職している場合の増額率 について.P11>

出所:日本年金機構「老齢年金ガイド」

在職老齢年金による支給停止を逃れるために繰下げ受給を選択する人も散見されますが、その影響を避けることはできません。ただし、支給停止の影響を受けるのは老齢厚生年金のみで老齢基礎年金の繰下げ受給に影響はありません。

4.2 ポイント②:配偶者加給が受け取れない

配偶者加給(加給年金)は、厚生年金に20年以上加入している人に一定要件を満たす配偶者がいる場合、本人が65歳から配偶者が65歳になるまで老齢厚生年金に加算して支給されます。2025年度の年金額は41万5900円と高額です。

繰下げ待機中は配偶者加給が受け取れないことと、繰下げ受給しても増額しないことを覚えておきましょう。つまり、繰下げ受給によって本来受給できるはずだった配偶者加給が受け取れなくなるということです。配偶者が年下で年齢差が大きい(配偶者加給の受給期間が長い)ほど、繰下げ受給によるマイナスの影響は大きくなります。

配偶者加給が受け取れなくなるのは、老齢厚生年金を繰下げた場合です。配偶者加給をきちんと受給しつつ繰下げ受給も利用したい人は、老齢基礎年金のみを繰下げしています。

4.3 ポイント③:税金や社会保険料の負担が増える

繰下げ受給して年金額は予定通り増額したにもかかわらず、実際に振り込まれた年金額が思ったより少ないというケースもあります。主な原因は、年金所得が増えたことによって税金や社会保険料がアップしたことです。

収入が年金のみの場合、所得税が発生するのは、年金額から公的年金等控除(65歳以上は110万円)と基礎控除(95万円)、各種控除(配偶者控除や社会保険料控除など)を差し引いた金額がプラスとなり課税所得が発生したときです。

年金額が高い人は、税金・社会保険料控除後の手取り収入にも注意が必要です。

5. おわりに

繰下げ受給して損益分岐点を超えると総受給額は65歳受給開始よりも多くなり、長生きリスクに対する備えも手厚くなります。

しかし、在職老齢年金による支給停止や配偶者加給の受給権者、年金額が多い人が繰下げ受給しても、手取り収入を含めて想定通りに年金額は増えない可能性もあります。該当する人は、年金事務所で相談するなどして自分の合った受け取り方を選択しましょう。

参考資料

西岡 秀泰