2.3 損益分岐点「額面」と「手取り」の違い
一般的には、額面(税金・社会保険料を引く前)で比較した場合、繰上げ・繰下げの損益分岐点はおおむね「20年前後」とされています。しかし、実際に手元に残る手取り額で考えると、年金額が少ないほど国民健康保険料などの負担が軽くなるため、損益分岐点はさらに後ろ倒しになる傾向があります。
この「後ろ倒し幅」は繰上げ月数によって変動しますが、概ね額面よりも2年前後、より長い期間受給することで、65歳からの受給額が繰上げ受給の総額を上回る傾向が見られます。損益分岐点は、繰り上げ受給と65歳受給の累計受取額が同じになる年齢の目安です。
実際の寿命は誰にも分からないため、受給のタイミングは老後の生活費や退職時の資金状況を踏まえて、無理のないプランで決めることが大切です。
3. 繰上げ受給、損益分岐点に加えて考慮すべき注意点
今回の試算例では、額面ベースと手取りベースの2つの例で繰り上げ受給の損益分岐点を試算しました。その結果、手取りベースで考えると損益分岐点が約2年後ろ倒しになるため、長寿になり長い期間受給するほど、65歳からの受給に比べて総受給額が少なくなる傾向が見られます。
年金の繰上げ受給を検討する際は、額面ベース・手取りベースの損益分岐点以上に、その決定がもたらす影響を総合的に考慮する必要があります。
まず、繰上げ受給の大きな特徴として、一度選択すると年金減額率は生涯変更できません。また、老齢基礎年金と老齢厚生年金は同時に繰り上げる必要があり、どちらか一方だけを選ぶことはできません。
経済的なリスクとしては、平均寿命や健康寿命を考慮すると、損益分岐点を超えて長く生きる可能性が高く、その場合、生涯の年金総支給額が少なくなるリスクを負うことにつながります。
さらに、万一の際の保障にも影響が出ます。繰上げ受給を選択すると、原則として65歳までの間、病気やケガで障害状態になっても障害年金を請求する権利を失います。また、遺族年金や寡婦年金との関係も複雑化します。具体的には、65歳になるまでは、遺族年金と老齢年金を併給できない制限があり、夫が死亡した際に妻が60歳から65歳の間にもらえる寡婦年金も受け取れなくなります。
繰上げ受給は、これらのデメリットと引き換えに、早期に資金を確保できるというメリットがあります。ご自身の健康状態や、早くもらった年金を自分で運用したいといった資金計画と照らし合わせ、総合的に判断することが大切です。
参考資料
村岸 理美