街を歩いていると、建物のシャッターや看板にスプレーで絵や文字が描かれているのをしばしば目にします。いわゆる「グラフィティ」と呼ばれるストリートアートですが、あるグラフィティが議論を呼んでいます。
話題となっているのは、東京都港区の防潮扉に描かれていたネズミの絵。世界的に著名なアーティスト・バンクシーの作品ではないかとして、都が保全・調査に乗り出したのです。
秘密に包まれたアーティスト
ネズミの絵は、いつ描かれたものか正確にはわかりませんが、2009年にはすでにあったようで、それを2018年末に近隣住民が「バンクシーの作品では?」と都に問い合わせたことが今回の騒動につながりました。
バンクシーは本名や素顔を公開しておらず、イギリスを中心に風刺のきいた絵を街中に描くストリートアーティストです。2018年10月に行われたオークションで、落札直後に自身の作品をあらかじめ額縁に仕込んであったシュレッダーによって裁断したことは、みなさんも記憶に新しいのではないでしょうか。
小池百合子都知事は、自身のTwitterで「あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです」と自身とネズミの絵のツーショットとともに投稿しています。そして東京都は1月16日に、保全のために防潮扉の絵が描かれた部分を取り外して倉庫で保管することにしました。
「バンクシーなら合法」なのか?
こうした小池知事のツイートを含め、保全に動いた都の対応に、ネット上では議論が巻き起こっています。というのも、そもそも、グラフィティは器物損壊にあたり、犯罪であるからです。通常の対応であれば、東京都はこのグラフィティを消すはずです。
ネット上では、東京都の「ダブルスタンダード」ともいえるこの対応に、
「自治体としてどう整合性つけてるんだ」
「バンクシーならストリートアートは合法なのか?」
「そこらの兄ちゃんがやったら『犯罪』なのにバンクシーさんだと『贈り物かも』っておかしくない?」
など、行政として矛盾した対応を批判する声が上がっています。
消された入管批判グラフィティ
また、東京都の管轄ではありませんが、2018年11月に東京入国管理局がTwitterで、「FREE REFUGEES(難民を解放せよ)」「REFUGEES WELCOME(難民歓迎)」と落書きされた道路や横断歩道の写真を添えて「落書きはやめましょう」とツイートしたことや、その後そのグラフィティが消されていたことと絡めて、
「自分たちに都合の悪いことは消すのに、バンクシーは保管するんだ……」
「バンクシーもすぐ消せよ」
と呆れる声も多く見られます。美術作家の奈良美智(よしとも)氏も小池氏のツイートに対し、
「バンクシーから東京への贈り物だと良いですね! それが本物かどうかはわからないけど、彼がどんな時にそういうことをするのか、よく考えてみましょう!」
と皮肉めいたツイートを投稿しています。
広がる揶揄の声
知事の発言や都の対応を揶揄するように、ネット上では「#バンクシーかもしれない」というハッシュタグで、さまざまな落書きの写真が投稿されています。中には、小池知事のくだんのツーショットを描いたものもあります。「バンクシーかもしれないグラフィティを描けば消されないのでは?」という声も上がっています。
また、「型とスプレーで手軽にバンクシーのネズミが描けるキットあったら売れそう」と面白がる人もいるようで、実際に、そうした型がイギリスでオークションサイト「eBay」にて販売されていることが指摘されてもいます。
バンクシーは「ステンシル」という型の上からスプレーをかけて絵を描くという手法をとっており、型さえ精密につくれば、かなり酷似した作品を私たちも簡単に描くことができるのです。
鑑定家は「110%本物」
バンクシーに詳しい東京芸術大学の毛利嘉孝教授は、自身のTwitterで「ステンシルという特性上、最終的に特定するのはむずかしい」としながらも、バンクシーの作品集に酷似した作品があることや、再開発地域という古く必要とされないものが排除されていく場所で、排除されるものの象徴としてのネズミが描かれたことなどから、「本物ではないか」と述べています。また「テレ朝ニュース」によれば、バンクシー作品に詳しいイギリスの鑑定家のジョン・ブランドラー氏が「これは110%本物です。約2000万円から3000万円はすると思います」と話しているといいます。
しかし、その真贋にかかわらず、ストリートアートは場所性もその価値に含まれる上に、「非合法であること」にその批評性があるといえます。実際、バンクシーの権力批判とされる作品も、こうした違法行為という「権力へのアンチテーゼ」を制作方法としても体現しており、「それが権力に消されることによって価値が生まれる」という逆説を含んでいます。
東京都の今回の対応は、そうしたバンクシー作品の核となっている「権力批判」の部分を完全に無視して、バンクシーの批評性を結果としてねじ伏せることともなりました。が、前述のようにそれがダブルスタンダードであることに変わりはありません。
2月に入ってからも、小池都知事が「あの場所(元の場所)に戻して公開をするという考えは、いまはありません」と発言したほか、香川県の高松市でも、バンクシーの作品ではないかといわれる「傘をさしてカバンを持ったネズミ」のグラフィティが見つかったりしています。今後、この件がどのように展開するのか、注目したいところです。
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