実際に髪を伸ばし始めてみると、連夢くんにとって難題だったのは、周囲への対応よりも、日々長くなる髪のお手入れだった! それまでシャンプーのみの連夢くんにとって、毎日のトリートメントは「ヌルヌルする~」という不快なものだったのだ。
さらに髪をとかせば絡まって痛く、自分で髪を結ぶのは慣れるまでけっこう難しい。そんな嘆きを聞いた絢さんは「女の子の苦労がわかる男は将来モテるわよ~」と冗談を交えながら、励ましていたそうだ。
学校でからかわれることは、全くなかったわけではないものの、心配していたほどではなかったようだ。「学校の規模がそこまで大きくないので、周りのお友だちも徐々に伸びる髪に見慣れていってくれたようです」と絢さんは話す。
「なんでそんなに髪が長いの?」と尋ねてくる友人には、事情を説明すると「じゃあ、もうからかうのやめる!」と言ってもらえることもあったそうだ。このように連夢くんが自分自身で周囲に応対できることは、髪を伸ばしている過程ではとても重要だった。
3年生になる頃には、背中まで髪は伸びていた。それは連夢くんが新たに空手を習おうと入会手続きに行った時のことだった。やはり武道をするには、長すぎる髪が問題となった。道場の館長から「ファッション的な意味で伸ばしているのであれば、切ってあげませんか」と言われたのだ。
しかし、本人の意思で寄付するために髪を伸ばし、間もなくその時が近づいていること、連夢くんに周囲の質問に対応するだけのスキルがあることを伝えると、「志と決意の上であるならば」と認めてもらうことができた。
小さな妹の大きな援護
このように、連夢くんはその時々に応じて、時には女の子と思われてもスルーし、時には自分が男の子であると申告し、事情を説明するといった “大人の対応”を身につけていった。ただ、2歳年下の連夢くんの妹(当時、幼稚園生)にとっては、お兄ちゃんが女の子に間違われてしまうのは大問題だった!
買い物に行った時など、初対面の人にはよく女の子に間違われてしまう。すると、「にぃには髪長いけど、男の子なの。病気で髪がなくなっちゃった子にあげるために伸ばしているの」と力説。そんな強力な援護のおかげもあって、店員さんに「お兄ちゃん勇気があるわね、応援してるわよ!」と温かい声をかけられたりすることが、連夢くんの力になっていた。
そして、ついに連夢くんはその日を迎えた。小学3年生の夏休みが終わる1週間前、連夢くんと絢さんは断髪に臨んだ。連夢くんが2年半で伸ばした髪の長さは35センチにも及び、絢さんの髪は腰まで達していた。
寄付の先にある笑顔
寄付された髪だけで作製したメディカルウィッグを、18歳以下の子どもたちへ無償で提供する「JHD&C」という日本唯一のNPO法人がある。JHD&Cは2009年からこの活動を行っている。連夢くん、絢さんもこの協会に賛同するサロンを通じて、寄付を行った。
寄付された髪がウィッグとして生まれ変わるまでの過程はJHD&Cのホームページで詳しく紹介されている。同法人に送られてきた髪は、長さごとに仕分けされ、トリートメント処理を経て、ウィッグメーカーに送られる。ちなみに”トリートメント”といっても、普段のシャンプー・トリートメントのそれではなく、キューティクルを取り除くための薬品処理に始まり、15工程もの手間をかけた処理がなされている。
そして、ヘアドネーションの先にあったのは、達成感に満ちた連夢くんのとびきりの笑顔だった。しばらくお風呂あがりは「拭いたら乾いた!」と久々の感覚を喜んでいたそうだ。
連夢くんの他者に寄り添おうとする優しさ、行動する勇気。そして彼の挑戦を温かく見守った周囲の人々。髪をウィッグへと生まれ変わらせる人々。そんなたくさんの人たちの思いが連なって、頭髪に悩みを抱えている子どもたちに笑顔を届けている。
参考:JHD&Cの公式Facebookでは、一人ひとりに最適なウィッグを作るための頭の型取り(メジャーメント)の様子など、寄付された髪がレシピエントの方々にウィッグとして届くまでの過程が報告されている。
【取材協力・写真提供】関根絢さん、関根連夢くん
堀川 晃菜