日本のマンショントレンドはどのように変遷してきたのか

マンションは時代を映す鏡〜各時代のマンションを振り返る

写真提供:マンションジャーナル

日本で初めての分譲マンション「宮益坂ビルディング」が誕生したのは、1953年のことでした。現在では多数の高層ビルが立ち並ぶ渋谷駅周辺ですが、当時は低層の建物が多く、11階建てのこのマンションは異彩を放ち「天国の百万円アパート」とまで呼ばれていました。

日本初の分譲マンション登場から約65年。マンションは時代とともに変わりゆく世間のニーズに対応し続け、形状や質、設備面などについて、飛躍的な変化を遂げてきました。

続きを読む

この記事では、各年代別のマンションの特徴について、時代背景とともにご紹介します。

1960年~1970年代

戦後の復興を続けた日本は、1953年に戦前の経済水準を上回り、1956年には経済白書にて「もはや戦後ではない」と宣言されるまでになりました。そのような高度成長を続ける中、都市部では住宅不足が問題となり、多摩ニュータウンに代表される郊外型の大型住宅地が開発されたのです。

当時のマンションは、質より量が重視されたため、マンションに居住する住民のニーズを反映させるような時代ではありませんでした。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

LDKという概念が無い

当時のマンションには、現在では当たり前であるLDKという概念がありませんでした。L(リビング)にソファーなどを置いて安らぐという生活スタイルはなく、食事を済ませる場所としてD(ダイニング)とK(キッチン)が設置されていました。

また、現在のK(キッチン)は、家族との会話を楽しむためにLD(リビングダイニング)と一体感を感じられるカウンターキッチンが人気になっていますが、当時は多くの場合、D(ダイニング)とK(キッチン)は食事をする部屋と料理を作る部屋として区分されていました。

天井が低い

当時は、天井高を気にする概念がなく、220~230cmの高さが主流でした。しかし、開放的な空間が好まれる現在では、天井高が高く設計される傾向にあります。リビングの天井高が240~250cmというのは当たり前で、高いものになると270cmというところもあります。

たかが10~20cm程度の違いと考える人もいるかもしれませんが、身長160cmの人と180cmの人の身長差が大きく感じられるように、部屋の天井の高さもこれだけ違うと、開放感も大きく異なってくるものなのです。

エレベーターは珍しい設備

既に1890年代には日本にも電動エレベーターが輸入されていましたが、マンションのように居住する施設ではなく、大型のビルなどに採用される設備として認知されているものでした。

分譲マンションに設置され始めたのは1960年代に入ってからのことで、それでも当時はまだ非常に高額で珍しい設備だったようです。その頃に建設された団地の多くが、エレベーターを設置しなくてもよい5階建であることが、エレベーターを設置することへのハードルの高さを物語っているのではないでしょうか。

エレベーターを設置した分譲マンションが当たり前になってきたのは1970年代のことです。経済成長と相まって、高額な設備が広く普及するようになったという背景があるのでしょう。

外観はタイルではなく吹き付け塗装

現在ではタイル貼りの外壁が主流ですが、当時は吹き付け塗装が主流でした。どちらもメリットとデメリットのある工法であり、一概にタイル貼りが良いというものではありませんが、現在では多くのマンションで見た目の高級感などからタイル貼りが採用されています。

代表的なマンション「秀和レジデンス」

この年代の代表的なマンションとして「秀和レジデンス」があげられます。その名の通り、秀和株式会社が分譲したマンションであり、1962年の区分所有法施行後のマンションの先駆けとなりました。南欧風の青い屋根と白い塗り壁が特徴であり、都心の一等地に点在していることから、現在でもヴィンテージマンションとして人気を博しているものもあります。

1981年~1987年

インターネットが誕生するなど世界が大きな変革を遂げる中、経済成長を続けていた日本は、この時代、徐々に現代のような環境へと移行していきます。

これに伴い、マンションに求められるものも量から質へと移り変わっていきました。経済面でも欧米へ追いつきたいという意識が強く、その憧れを表現したかのようなマンションが数多く供給されたようです。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

耐震基準の改正

この時代における住宅業界の最大のトピックスといえば「新耐震基準」です。1978年に宮城県沖地震が発生したことを受け、1981年6月に耐震基準が大幅に改正されることとなりました。それまでは「震度5程度の地震で倒壊しないこと」が基準となっていましたが、この改正により「震度6~7程度の地震で倒壊しないこと」に強化されています。なお、現在ではこの改正以前の建物は「旧耐震」、改正以後の建物は「新耐震」とよばれています。

「ピロティ」の禁止

耐震基準の強化を受け、1階部分を柱のみで支えて造る広い中庭「ピロティ」の設計は禁止になりました。なお、ピロティが禁止になった以後は、エントランススペースを広く設けることで開放的な空間を確保するという方式が主流となりました。当時は、バブル経済の後押しもあって、豪華なエントランスによって高級感を演出したマンションが数多く提供されるようになりました。

代表的なマンション「広尾ガーデンヒルズ」

広尾ガーデンヒルズは、1984年から1986年にかけて竣工した大規模マンションです。現在でも高級住宅地として名高い渋谷区広尾に位置しており、6.6haの広大な敷地に全15棟1,181戸が配されています。緑が多く残る落ち着いた住環境は人気が高く、ヴィンテージマンションとして現在でも高い価格を維持しています。

レンガ色のタイル貼りの外壁と白いサッシのコントラストは非常に美しく、24時間有人の警備体制など、ホテルライクな生活がイメージされる広尾ガーデンヒルズは「量より質」が具現化されたマンションともいえるでしょう。当時の分譲価格は8,000万円~4億9,000万円と高額ながら、発売時の抽選倍率は最高で209倍を記録したマンションでもあります。

1988年~1993年

1986年頃から、日本全体がバブル景気と呼ばれる好景気に沸くようになりました。1985年に12,000円台であった日経平均株価が1989年12月末には38,915円に跳ね上がり、株価に引き上げられるように地価も上昇を続けました。ピーク時には、日本全体の地価がアメリカ全体の地価の4倍に達するなど、土地の価格は永遠に上がり続けるという「土地神話」が生まれたほどです。

このような背景から、この時代は質を追求するために贅を尽くした高級マンションが数多く建設されました。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

床材はカーペットが主流

今までにない好景気により、贅沢な生活が当たり前になるとともに様々な価値観が生まれ、人々の生活スタイルも多様化してきました。このため、多くの人がひとつの建物の中に住むマンションでは、騒音問題がちらほら聞かれるようになってきます。しかし、当時のフローリングはまだまだ質が低く、音が伝わりやすい床材でできていました。このため、騒音問題の軽減を目的として、クッション性・防音性が高いカーペットを採用するマンションが多くみられました。

バスタブが大きく

この時代、住宅は安らぐ場所という認識が強くなり、住戸が広くなるとともに、L(リビング)という文化が現れました。浴室もただ湯に浸かる場所ではなく、リラックスできる空間でありたいというニーズが強くなり、広い浴槽・浴室が当たり前になりました。現在主流となっている1,418サイズ~1,620サイズの浴室が普及したのは、この頃といわれています。

代表的なマンション「ドムスシリーズ」

1973年から1993年までの間に株式会社ドムスが分譲した高級マンションです。都内に20棟が建設され、贅が尽くされたマンションは、現在でもヴィンテージマンションの代表格に位置づけられています。

20棟の中で最も有名なマンションが「ドムス南麻布」です。都心の高級住宅地である南麻布に位置しており、総戸数は15戸ながら、屋内プールやサウナなどの共用施設が付設されています。また、住戸にはカナダのメープル材やドイツのキッチンといった選りすぐりの部材・設備が使用されるなど、最高級の名に相応しいマンションといえるでしょう。

1994年~1999年

バブル景気が崩れ、生活環境が一転した時代です。不況が続いていることから、住宅の広さや高級部材という高級志向は重要視されなくなりました。一方、女性の社会進出が増えてきた時代ということもあって、マンションの設備に対して利便性などを追求する志向が強くなったのもこの頃です。

また、マンションの供給が続いたことや都心部の高額なマンションを嫌う動きもあり、土地の少ない都心部から広く土地が残る湾岸部へと、マンションの開発は移行していきました。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

設備の充実1~床暖房~

高級路線から利便性の追求へシフトしたマンションでは、住戸内の設備が重要視されるようになりました。それまでエアコンのみの設置が当たり前でしたが、この頃から床暖房を設置するマンションが増えたようです。

また一方で、シックハウス症候群という言葉が使われ始めるとともに、厚生省がホルムアルデヒドの数値に関するガイドラインを発表しました。その結果、住宅空間の健康志向が強まることとなり、風がなくホコリを巻き上げない床暖房がリビングの主流になっていきました。

設備の充実2~浴室乾燥機~

共働きの夫婦が増えたことで、洗濯物を干したり取り入れたりすることを日中に行うのが難しくなり、便利な浴室乾燥機が普及しました。「帰宅後に洗濯して夜間に乾燥を行う」「日中仕事に行っている間に乾燥を行う」など、各家庭の生活サイクルにあわせて洗濯を行うことができるようになりました。

湾岸エリアの開発

湾岸エリアとは、月島や豊洲、有明、台場など東京湾に面するエリアを指します。多くは埋立地であり、以前は工場や貯蔵施設などがあった地域でした。元来、日本人には丘の上や山の上など強固な地盤に住居を構える意識が強くありましたが、価格的なメリットや高い利便性があるということで湾岸エリアのマンションの人気が高まり、開発が進んだという背景もあります。

代表的なマンション「センチュリーパークタワー」

センチュリーパークタワーは湾岸エリアの先駆けとして、1999年に月島に三井不動産株式会社が分譲したタワーマンションです。54階建、総戸数756戸の高層マンションであり、マンションが上へと伸びることで、土地は少なく、販売価格も低く抑えることに成功しました。

マンションの共用施設が充実し始めたのがこの頃であり、センチュリーパークタワーにはデッキテラスや展望ロビー、ラウンジ、ゲストルーム、キッズルームなどマンションの価値を高める共用施設が付設されています。

2000年~2004年

携帯電話の普及が進み、1999年からはNTTドコモでiモードのサービスが展開されました。世の中で発生した事件・事故のニュースが手元で確認できる時代になり、共働きの夫婦が増えたことから、防犯面への意識が高まりました。また、少子高齢化が進み、バリアフリーに対する考え方が普及した時代です。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

セキュリティの強化

多くのマンションでは、エントランスでのオートロックが主流でしたが、この頃からダブルオートロックなどセキュリティに対するニーズが高まりました。

ダブルオートロックは、エントランスのオートロックをすり抜けても、エレベーターや階段に追加のオートロックシステムを設けることで、不審者が住居区域へ侵入することを防止することができる設備です。また、このころから、マンションの共用部に防犯カメラが設置されていることが当たり前になりました。

バリアフリー

1960~1970年代から供給が増えたマンションでは、築年数の経過とともに入居者の年齢も上がっていき、この頃からバリアフリーに関する意識が高まりだしました。共用部では、エントランスなどにスロープが設置され、階段には手摺が設置されました。

また、住戸内も含め、段差をできるだけ少なくする設計が多くなっています。この傾向は2006年にバリアフリー法が施行されたのを皮切りに本格化しており、現在のマンションの住戸内は、段差がほとんどないフルフラットで設計されるようになっています。

代表的なマンション「元麻布ヒルズ」

元麻布ヒルズは、六本木ヒルズなども手がけた森ビルが2002年に分譲したマンションです。フォレストタワーは地上29階地下3階建の規模を誇り、スカイラウンジや住民専用のワインセラー、スパなどが設置されています。前述のダブルオートロックシステムや防犯カメラ監視が採用されており、フロントによる入館者チェックなどセキュリティに関する設備も充実しています。

2004年~2009年

2007年頃からアメリカでサブプライムローンが問題化し始め、2008年にはリーマンブラザーズが破綻するリーマンショックが発生しました。これをきっかけに世界的な不況に突入し、日本においても日経平均株価が暴落しました。

この時代、土地価格が高い時期に取得したマンションの販売価格と、不況により収入の上がらない購入者のギャップが大きく発生したため、マンションが売れ残り、バルク売りをするマンション事業者も現れました。この時代のマンションの代表的な特徴は以下の通りです。

ペット飼育可が当たり前

2002年頃、消費者金融企業のCMにおいて小型犬が採用されたことにより、ペットブームが起こりました。これに対応するため、ペット飼育を可とする管理規約が多くのマンションに採用されるようになりました。また、エレベーターのペットボタンなども普及し始め、マンションでペットと一緒に暮らすというライフスタイルがメジャーになりました。

2010年~

マンションの建設に向いている土地は少なくなり、昨今では駅前の再開発などに不動産業者が参画し、タワーマンションを建設する傾向が高まっています。また、2011年に東日本大震災が発生したことから、防災意識の向上とともにマンションの耐震構造に対して免震(※)の需要が高まっています。

※マンション基礎部分にゴム素材を挟むなどの工法により、地震の揺れが建物に伝わらない仕組み

まとめ

バブル期には、きらびやかな設備や素材を採用することを追及していたマンションですが、時代のニーズに対応して防犯・防災などの実利を求める傾向にシフトしつつあります。一方で、1960年代に建設されたマンションは築50年を越えてくるということもあり、今後、どのように維持していくのか、または建替えるのかという課題に直面していくものと考えられます。

また、バブル期のマンションにおいては、エレベーターや機械式駐車場、給排水管の更新などの設備のメンテナンスが、誕生して歴史の浅いタワーマンションでは、いずれやってくる大規模修繕工事の方法などが直近の課題になると思われます。

マンションは建設された時代背景を映し出すものです。マンションを探すときには、そこに想いを馳せながら見学してみるのも、また一興かもしれませんね。

マンションジャーナル

参考記事

ニュースレター

メールアドレスをご登録いただくと、毎朝LIMOの更新情報をお届けいたします。
マンションジャーナル

中古マンションをかしこく購入、売却できるサービス「カウル」を提供する、株式会社Housmartが運営。
有名マンションの特集記事、中古マンション売買ノウハウの解説記事を中心に発信中。