「スマホの様子がどうもおかしい。中国の伸びは完全に止まった。次のAppleの新機種も期待できない。サムスンも有機ELの減産を始めたわけだし、半導体市況は後半に一気に崩れる可能性もあるかもよ」

 先ごろ半導体関係者の集まるパーティーに呼ばれ、あまり好きではない赤ワインを無理やり飲まされ、したたかに酔っぱらったところにそんな言葉が耳に飛び込んできた。おそらくは証券関連のアナリストと思われる男性がとうとうと自信ありげに語っておられたのだ。ちらりと筆者の方を見てつかつかと歩み寄ってこられたので、一言こう申し上げた。

 「あらゆる半導体前工程の装置メーカーの受注水準は前年比2~3倍以上に達しているんだぜ。今装置を発注したって入ってくるのは2年から3年先になる。おまけに装置を作るための部品は全く足りない。いわばネジ、クギのような部品ですら手に入らない。こうした現状を見てなぜ不況風が吹くと言えるのか。2017年の半導体設備投資は約9兆円、2018年はもしかしたら史上空前の10兆円台乗せもありうる」

 全く一言ではなかったが、かのアナリストと思われる男性はなぜかしどろもどろになって、「そ、そういう見方もありますねえ」と、飲んでいた白ワインを口からこぼしそうになっていた。それはともかく、なんの根拠もない半導体市況の低迷を予想する輩が跋扈することには実に不快感がある。大体がこれまでのようなITの延長線上で半導体を考えるから先行きが読めないのだ。言うまでもなく今後の半導体の牽引車はIoT革命であり、これまでとは異なる巨大市場が横たわっていることを読み切れないアナリストがどれだけ多いことだろう。

韓国・台湾勢は1割減、中国は止まる気配なし

 最近の半導体設備投資を見ていると特に注目されるのは、やはり中国における投資の急上昇だ。半導体前工程投資については中国の伸び率は突出している。2018年は57%増。2019年は60%増と急増する見込みであり、韓国を抜いて投資が実行される世界最大の地域になっていくのは確実と言えるだろう。2017年には26棟の量産工場が着工しており、装置導入は2018~2019年にかけてさらに急増していく勢いなのだ。

 サムスンやSKの設備投資については2018年に約10%減ると言われており、確かにNANDフラッシュメモリーについては一服感がある。しかし、あまりの高値水準にあるDRAMについては投資の手を抜くことはできない。台湾の投資についてもほぼ韓国と同じく2018年は10%減になるだろう。とりわけTSMCの状況はあまり良くないことは確かだ。スマホが止まればやはりTSMCのファンドリーも元気を失う。

 中国の巨大投資はこれまでの液晶や太陽電池と全く同じ構造だといってよい。いわば公共投資としてやっているわけであり、大きな雇用が生まれ巨大なマネーが動くのであればそれで良しとする投資が、半導体分野にも向かってきただけのことだ。何しろ液晶分野でも3兆円の巨大投資を実行し、15の新工場を立ち上げているが、中国企業が出す金額はたったの10%程度の3000億円であり、残り2兆7000億円はすべて政府が補助金として供出している。見方によってはインチキと言えないこともない。

 そしてまた、半導体については10兆円とも15兆円とも言われる巨大投資が断行されていく。ただ冷静な人たちはサムスンやインテル、TSMCの最先端プロセスには遠く及ばないことを指摘している。それはそうだろう。第一にトランプ率いるアメリカが中国に最先端プロセスの装置を渡すわけがない。これは軍事・防衛上の理由からだ。そしてまたハイエンドの技術者は全世界で不足しており、いくら中国が札束でビンタしてもそれほど多くのエンジニアを集めることはできない。

 おそらくは中国のプロセスの中心は28nmプロセスがいいところであり、ここ数年で14nmを目指すという段階だ。今やTSMCやサムスンがEUV(極端紫外線露光)による3nm以下を実行することに対しては、中国は周回遅れどころではなく、2周以上遅れていると言える。

独裁ゆえの“自由”が米国すら追い抜く

 しかし先頃、中国事情に詳しい外務省筋の人に話を聞く機会があった。彼は中国の半導体フィーバーは決して止まらないとした上で、次のように述べたのだ。これには驚いた。

 「習近平の独裁体制を称して時代遅れという声があるが、それはとんでもない間違いかもしれない。共産党の一党独裁であるがゆえに、どのような資本投下もどのような開発投資も自由であることの意味は大きい。中国に何ができるかと多くの人は言っていたが、よく見てほしい。スーパーコンピューターも人工知能もついにアメリカを抜いて世界一の水準にのし上がった。半導体についても遅れていると言われながら、真綿で首を絞めるようにやられてしまう可能性はある」

(泉谷渉)

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■泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
 30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は電子デバイス産業新聞を発行する産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎氏との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)などがある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。

産業タイムズ社 社長 泉谷 渉