英国不動産行脚で見えたブレグジットに対する温度差
2016年6月23日の国民投票で決まった英国のEU離脱。「ブレグジット」(Brexit)と呼ばれたあの出来事は、欧州と全世界を震撼させました。
私はブレグジット直後の2016年7月に英国へ渡航、ロンドンからリーズ、マンチェスター、スコットランドと北上して各都市の不動産事情を視察しました。
そして、1年半余り経った2018年3月に、今度はマンチェスターからバーミンガム、ロンドンと南下しつつ不動産行脚。英国内の数都市を定点観測的にウォッチするなかで、ブレグジットに対するそれぞれの目線や思惑がなんとなく理解できました。それは次のような点です。
- 英国は一枚岩ではない
- EUの枠組のなかで良い思いをしてきたロンドンには残留派が多い
- 逆に、EUのメリットを余り享受できなかったマンチェスターやバーミンガムなど地方中核都市は離脱派が多い
- スコットランドは、英国を牛耳るイングランドへの対抗心から、EU残留派が多い
- とはいえ、残留派、離脱派とも、大陸欧州とは心理的な距離感があり、「EUがなくても英国だけで十分やっていける」と考えている点は同じ
同じ「大陸に隣接する島国」という地理的条件から、英国人の欧州に対する距離感は、日本人のアジアに対する距離感と似た面があります。
加えて、EUの主要国であるフランス、ドイツ、イタリアや、EU本部のあるベルギーがいずれも古代から「神聖ローマ帝国」の枠組にあったのに対し、英国は常にその埒外に居た経緯もあり、大陸欧州とベッタリせず、一定の距離を置きたいと考えるのが英国人の自然な発想といえます。
余談ですが、北欧諸国にも英国と似た傾向があるようです。スウェーデン、デンマークはEUに属しながらもユーロ非採用、ノルウェー、アイスランドに至ってはEU非加盟です。思えば彼らも神聖ローマ帝国の枠外で歴史を積み重ねてきました。
とはいえ、英国がEU主要国の一つとして、フランス vs.ドイツのバランサーとして、これまで機能してきたことは確かです。その背景には、東や南に拡大するEUを背景に、その金融機能の多くを担うロンドンが大きな利益を享受してきた事実があります。
ロンドンと地方中核都市の格差
ロンドンは大英帝国の栄光を背負う金融都市、欧州大陸側のパリやフランクフルトが束になっても、金融ではロンドンに勝てません。当然ロンドンは「EU圏の金融センター」として、世界中から優秀な人材や資金を集めてきました。要するにロンドンはEUのメリットを存分に受けてきた地域であるため、国民投票でも残留派の多さが目立ちました。
しかし、首都ロンドンが栄えても英国全体が潤うわけではありません。産業革命以来の伝統を持つ工業都市マンチェスターやバーミンガムは、1980〜90年代、繁栄するロンドンを横目に産業衰退・没落の憂き目に遭いました。重厚なレンガ造の商業ビルが都心部でさえ長期間放置される事例が多く、当時は地域経済が相当痛んでいたことがわかります。
マンチェスターとバーミンガムが新たなタイプの産業都市として再度勃興してきたのは21世紀に入ってからで、今でこそ「ロンドンから移転する企業の受け皿」、「英国北部・中部の中核金融都市」として発展の時代を迎えていますが、これまで「我々はEUのメリットなど、これっぽっちも受けてこなかった」というのが地元経済人の共通した見方。したがってEU離脱派が多数を占めます。
さらに北方、スコットランドの地に至ると全く違う風景が見えます。英国の正式名称はUnited Kingdom(連合王国)。いわゆるイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4王国の連合により成り立っています。
特にスコットランドは1707年まで独立した王国だった歴史に加え、首都ロンドンを擁し英国全体を牛耳るイングランドへの対抗意識が強く、さらに北海油田から莫大な富が入ることで「イングランドなしでも我々だけでやっていける」と考える人が多く、「英国からの独立」さえ取り沙汰されてきた地域。
ブレグジットに際しても、「イングランドの連中が離脱するなら、この際、俺らはイングランドから離れて、より大きなEUの枠組に残ってやろう」という文脈で残留派が多数を占めた地域です。
脱EU後の英国経済の生命線は?
以上見てきたように、英国内でも各地域でそれぞれ違う歴史や経済状況、対EU観があるわけですが、彼らに共通する見方があるとすれば、それは「EUがなくても英国として十分やっていける」という自信だと思います。背景には、「世界中に広がる英語経済圏」の存在があります。
英国の足元の景気は悪くありません。ロンドンの金融街や一部高級住宅地を除けば不景気という感じはなく、むしろ経済成長率は大陸欧州の主要国より高く、失業率も低い。「いま大陸欧州で、我々のように経済を上手に運営できている国はドイツくらいだ」と英国人は自信をのぞかせます。
大西洋の向こう側には、同じ英語を話す超大国・米国があります。南東の方角には、人口12億人を超える、旧英連邦のインドがあります。
2040年にはインドのGDPがアメリカを超えるという説も有力ですし、インドのビジネス界、支配層は英語を話し、米国よりも英国に文化的な親近感を抱いています。私自身も、長期的な視点での脱EU後の英国経済の生命線はインドになると見ています。
鈴木 学