本記事の3つのポイント

  •  「ソフトレーザー脱離イオン化法」と呼ばれる、画期的なタンパク質分析手法を開発した㈱島津製作所の田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞してから15年が経った
  •  この間、同氏を研究所所長とした田中耕一記念質量分析研究所は「血液1滴であらゆる病気がわかる」と表現する研究に取り組み、数々の成果を出してきた
  •  同氏が所属する島津製作所は、質量分析装置、液体クロマトグラフなど医用計測機器などを牽引役に、19年度に売上高4000億円以上、営業利益率11%以上の達成を目指した中期計画を推進中

 

田中耕一氏のノーベル賞受賞から15年

 2002年、㈱島津製作所の田中耕一氏が「生体高分子の質量分析法のためのソフト脱離イオン化法の開発」によりノーベル化学賞を受賞した。翌03年1月に田中耕一記念質量分析研究所が創設され、今年で15周年を迎えた。

 

 質量分析(MS:mass spectrometry)法は、分子をイオン化し、イオンの質量(m)と電荷数(z)の比、m/zを測定することによってイオンや分子の質量を測定する分析法である。田中氏は、このイオン化する方法において、質量10万の巨大分子イオン化を実現する「ソフトレーザー脱離イオン化法」を確立。これにより、従来は分子量が大きいがゆえに極めて困難であった、タンパク質のような生体高分子の質量分析が正確かつ簡便に行える道を拓いた。新薬開発の飛躍的な進歩をもたらし、がんの早期検査など医療分野への応用も期待できることが評価された。

 従来は質量2000ぐらいまでの分子測定が限界であったが、「ソフトレーザー脱離イオン化法」では、質量10万という分子測定に成功し、不可能といわれていた巨大分子のタンパク質のイオン化を世界で初めて成し遂げた。

 田中氏は、イオン化する際に用いる金属超微粉末として、アセトンと間違えてグリセリンを混ぜてしまったが、高価な金属超微粉末を「もったいない」と思い、そのサンプルで実験を続行した。するとごくわずかなイオンの信号が見えたため、何百回も実験を繰り返した結果、巨大分子のイオン化に有効であることを見出した。

「血液1滴であらゆる病気がわかる」研究を推進

 人間の身体の約70%を水分、約15%をタンパク質が占めている。タンパク質はアミノ酸の組み合わせから成る巨大分子で約10万種類あるといわれ、骨や筋肉、皮膚など身体を作るだけでなく、酵素となったりホルモンとして情報伝達を行ったり、抗体として働くなど、様々な機能を持っている。多くの場合、病気になると正常な状態では存在しないタンパク質がつくられたり、量が増減するなどの変化が起こるため、特定のタンパク質が病気の目印になるという報告が増えてきている。
 注目を集めているのは、血液中や尿中のタンパク質を調べることによる病気の発見、治療薬の効果を調べる研究で、最近では一人ひとりにあった医療の取り組みも始まっている。

 このように、タンパク質を分析することによって、病気の解明や治療薬の開発など医学、薬学、ライフサイエンスの分野への貢献ができるように日々研究が行われている。この研究が進めば、身体や費用の負担の少ない検査や薬の開発、未病の段階での生活習慣の改善、早期治療が可能となる。田中氏は、そのタンパク質を測定する質量分析の技術が、将来の医療と健康の一助となる日が来るとの信念を持っている。

 田中氏は、研究所創設とともに所長に就任し、上記のことを「血液1滴であらゆる病気がわかる」と表現した研究に取り組み、「やっと道半ば」とこの15年を振り返る。研究所の15年間で論文96報は、「企業としてはかなり多い数」(田中氏)で、また、40以上もの大学、企業との共同研究を進めているという。

 研究所では、大きな反響を呼んだ、①血液によるアルツハイマー病の超早期検出、②微生物同定、③新規MALDIマトリックス開発、④糖鎖解析技術の開発、⑤MALDI-MS装置の研究(高性能・小型質量分析装置の研究)、⑥新規タンデム質量分析法の開発、⑦データ解析ソフトウエアの開発などで、引き続き世界をリードしている。

簡便で安価・低侵襲なアルツハイマー診断法を開発

 研究所では、①について、脳内で作られるタンパク質の一種で、アルツハイマー型認知症の発症に大きく関わっていると考えられているアミロイドβ(Aβ)が微量に存在する血液中から高感度に検出する方法を開発した。⑤のMALDI-MS装置を用いており、13年から国立長寿医療研究センターと血液バイオマーカーの共同研究を開始し、ほかに14年から東京大学との生物学的メカニズムの解明研究、15年からオーストラリア大規模コホート研究AIBL血液検体の追加、16年からAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)プロジェクトでの東京都健康長寿医療センターおよび近畿大学との研究協力に取り組んでいる。

 アルツハイマー病患者は、世界で4680万人とされ、2030年には7470万人になると予測されている。認知症の中で半分以上を占める疾患であり、日本をはじめ高齢化が進む世界中の国々で社会問題となっている。

 発症前に脳内の病変が出現する超早期段階での治療介入が有効であることがわかってきたが、現在の検査手段は高価なPET-CT診断および脳髄液検査のみで、早期発見の障壁となっている。研究所で開発を進める血液バイオマーカーでは、より簡便・安価・低侵襲で検出が可能となり、根本治療薬がない現状において、Aβが蓄積され始めた発症前早期段階での治療介入を開始できることになる。

 また、研究所では、アルツハイマー病患者の脳に特異的に蓄積する病的タンパク質で、その大脳内での広がりが認知症の発症と直接的に関連していることがわかっているリン酸化タウ蛋白(p-tau)についても、LC-MSにより脳脊髄液中タウの構造の違いを識別することに成功している。

 田中氏は、19年1月には新しい研究棟が完成する予定で、これを機に社内で「共創」するような研究体制を目指したいと抱負を述べている。

島津製作所、19年度売上高4000億円へ

 島津製作所は、「科学技術で社会に貢献する」を社是に、「『人と地球の健康』への願いを実現する」を経営理念に掲げており、16年度の研究開発費は146億円。16年度の売上高3425億円の約半分を海外市場が占める。17~19年度の中期経営計画においては、売上高4000億円以上、営業利益450億円以上、営業利益率11%以上の達成を目指している。

 セグメント別の戦略および16年度実績(売上高)と19年度目標は、計測機器は質量分析装置、液体クロマトグラフへの重点投資などにより2092億円から2530億円へ、計測技術と医用技術の融合により新事業を創出する医用機器(X線テレビシステム、血管撮影システム、一般撮影装置、回診装置、放射線治療装置用動体追跡システムなど)は海外事業の拡大などで644億円から710億円へ、産業機器はターボ分子ポンプの拡充や油圧機器の海外業績拡大などにより362億円から400億円へ、航空機器は民間航空事業拡大による安定的な黒字体質の構築などにより267億円から290億円へと引き上げる計画だ。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

まとめにかえて

 島津製作所は①従来発見できなかった変化の検知(バイオマーカー検査など)②創薬・治験の革新を支援(血中薬物濃度検査など)③医薬の利便性を大幅に向上させる、といった製品・サービスをアドバンスト・ヘルスケア事業と位置づけ、中期計画期間内での事業拡大に意欲を見せています。田中氏の成果をもとに、2月に発表されたアルツハイマー病変の早期検出法は、長期的な事業拡大におけるポテンシャルだけでなく、中期計画内の短期的な部分でも質量分析システムなどの販売増につながると期待されています。

電子デバイス産業新聞