ものづくり企業を脅えさせる「パテント・トロール」

「米国のものづくりを衰退させたのは、知財だ」と言う声があるそうです。知財コストに堪えかねて、米国では企業がものづくりから撤退し、サービス業へとシフトしていったというものです。真偽は定かではありませんが、米国がものづくりで活況を呈していた時代には、知財にはさほど熱心ではなかったようです。

企業にとって最も脅威になっているのは、知財のなかでもパテント・トロールです。マイクロソフト社が約625億円の賠償請求(2003年)を、アップル社は約630億円の支払い命令(2015年)を受けたニュースを記憶している人も少なくないでしょうが、いずれもパテント・トロールによるものだとされています。

パテント・トロールは主に米国で問題視されていますが、日本企業も例外ではありません。米国子会社がありますし、日本国内でも起きています。また、従来ターゲットとされてきたのはハイテク企業が中心でしたが、本年5月、米国でトヨタやホンダが狙われているという報道がなされています(参考:『トヨタ・ホンダもついに標的に、「特許トロール」の恐怖』ダイヤモンド・オンライン)。

日本国内でも発生したトロールまがいの手口

パテント=特許、トロール=怪物。産業界では一般に、特許などの知財は本来、ものづくりを円滑に進めていくために設定する権利であると捉えられています。1つの製品が10万件を超える特許で構成されるハイテク企業など、使用される特許のすべてを自社で所有しているわけではありません。

他社の特許については、ライセンス契約を結ぶ。または、他社が必要とする自社の特許使用を許諾する。ものづくり企業同士、相互に特許権を利用しあうことを認めたクロスライセンス契約を結んで、争いを回避するケースが通例になっているようです。

一方、ものづくりをしない企業の場合は、クロスライセンス契約というわけにはいきません。パテント・トロールは、ものづくりをしないのに、倒産企業や個人の権利者から特許を集め、権利侵害による賠償請求をし、ライセンス契約を求める行為です。それ自体は不当な行為とは言えないのでしょうが、通常の権利主張を越えた怪物としての手口が見え隠れしないでもありません。

日本で起きた、パテント・トロールが疑われるケースを語るのは、大手ハイテクメーカーの知財部長です。

「事前にライセンスの必要がないか打診していたのですが、何の返事もありませんでした。ところが、生産に入った段階になって、特許権侵害があると言ってきたのです」

一度、生産に入った以上、ストップすれば自社のみならず関係各方面に多大な影響が出ます。万一、生産への差し止め請求が出され認められた場合のリスクを回避するには、通常のライセンス契約をはるかに超えた金銭要求でも受け入れざるを得ません。

完全勝訴のあとに待っていたもの

米国での場合はさらに、通常の損害賠償の3倍まで科せられる懲罰賠償、日本企業にとってはアウェイに当たる外国人陪審員というリスクもつきまといます。これらを回避するため多くの企業は、和解での解決を図るようです。前述のマイクロソフト社も1審で敗訴したあと、相手の特許無効を申し立てていますが、最終的には約120億円とも35億円ともいわれる額で和解しています。

そのなかにあって和解をせず裁判を闘い、完全勝訴を実現した日本企業もあります。10年ほど前になりますが、勝訴を語る知財部長の笑顔には困惑の表情も漂っていました。

「異国での陪審裁判は心配していましが、こちらの話を真摯に聞いてくれました。さすがは米国、リーガル意識というか、正しいことは正しいで通るんだな、と。ただ、コストが半端ではない」

コストの額を尋ねると、しばらく言い淀んだあと、こう答えていました。

「うちの会社が丸ごと、つぶれてもおかしくないくらい」

その会社は、年間売上高8000億円を超える大企業です。

一部研究者から聞こえる、パテント・トロール擁護の声

日米に限らず、世界中の企業でパテント・トロールを批難する声があがっています。官民ともにさまざまな方策を立て、パテント・トロール防止に力を注いできたことが功を奏したのか、一時期に比べて減っているとも言われています。

ただし、完全になくなったわけではなく、ハイテク企業から自動車関連にまで手を広げているなど、ものづくり企業への脅威は依然として続いています。

いわば嫌われ者のパテント・トロールですが、一部には擁護する声もないわけではありません。公での発言ではありませんが、某企業の研究者は「自分の権利なんだから、好きに利用していい。そもそも研究者はあまりにも過小評価されているから、ものづくり企業でなくても高く買ってくれるなら研究者の地位向上につながる」ともらします。

自分の権利を自由に使える限界は、どこまでなのでしょうか。

間宮 書子