皆さま こんにちは。アセットマネジメントOneで調査グループ長を務めます柏原延行です。

今回は、2017年9月12日付のコラム『労働分配率の低下を考える(1)企業利益は絶好調なのに...?』のつづきです。

上記コラムでは、資本金10億円以上の大企業の労働分配率は43.5%と、1971年1~3月以来、約46年ぶりの低水準となったことをご紹介しました。そして、労働分配率の低下が意味するものは、企業の利益環境と比較して、労働者の取り分(賃金)の上昇ペースが鈍いことを示すことをお話ししたうえ、まず、企業の利益環境を整理しました。

法人企業統計における2017年4~6月の経常利益は、22兆3900億円と遡及可能な過去253四半期(約63年)中、過去1番目であり、絶好調と評価できる数字となっていること、この理由としては、企業の「最終財」価格の底打ちの兆しと「素原材料」価格の安定がポイントであると考えていることをご説明しました。

今回は、労働分配率低下のもうひとつの要素である労働者の取り分(賃金)の上昇ペースが鈍い理由について考えたいと思います。

「企業の利益環境が絶好調」、かつ「失業率が3%程度まで低下し、労働供給がひっ迫」していると思われる日本において、なぜ、賃金の上昇ペースが鈍いかは、「労働経済学上の大きな謎」といっていいのではないかと考えます。労働経済学の先生方もこの課題に答えるべく、様々な研究成果を発表されています。

先日、あるセミナーで「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか:慶應義塾大学出版会」の編者である玄田有史東京大学教授のお話を伺う機会があり、気鋭の労働経済学者などが論考されている「この本のポイント」をご紹介いただきました。

約20人の労働経済学者などが議論をされているのですから、普通に考えた場合、「論点の漏れがない」、および「それぞれに一定の説得力があるため、これらのポイントが複合的に影響している」と考えることが自然です。

そして、玄田先生からは、「①労働市場の需給変動、②行動経済学、③賃金制度、④規制、⑤正規・非正規問題、⑥能力開発・人材開発、⑦年齢」という7個のポイントをご教示いただきました。

皆さまが、7個のポイントの直感的な意味を把握する助けとして、私の理解によるそれぞれの代表的なイメージをご説明すると、「①労働市場の需給変動とは、労働市場における需要・供給曲線の変化など」、「②行動経済学とは、賃金に下方硬直性があったことが、環境が好転しても上昇硬直性を生む要素となっていることなど」、「③賃金制度とは、1980年代との比較で2000年代の人事制度が株主価値最大化・市場価値重視型に変わった可能性があることなど」と捉えることができると思われます。

そして、残りの4個のポイントについては、 「④規制とは、需要があるにも関わらず介護報酬制度によって介護サービス価格が抑制されていることなど」、 「⑤正規・非正規問題とは、仕組み・慣習として報酬が低位に抑制されている非正規雇用の増加など」、「⑥能力開発・人材開発とは、企業内訓練の弱体化等、人材開発力の弱まりなど」、「⑦年齢とは、退職者の平均時給が高く、入職者の平均時給が低いことなど」と私は捉えています(正確な理解のためには、前述の本をご参照ください)。

私は、資産運用会社に勤務しており、経済・投資環境の正確な把握と予測が仕事であるため、賃金の上昇ペースが鈍い理由を考える際に、その考え方(ポイント)によれば、現時点での鈍い賃金上昇ペースが、「今後も継続するか、否か」に興味が集中します。

この視点から見た場合、「③賃金制度」、「④規制」 、「⑥能力開発・人材開発」は、仕組みの問題であることに加え、一定程度、継続性も重要であると思われ、容易には変化しないように感じます。また、「⑦年齢」も人口構成の変化などには長い時間が必要です。

そうすると、「①労働市場の需給変動」、「②行動経済学」、「⑤正規・非正規問題」 などの考え方(ポイント)から、賃金上昇ペースが変化する可能性があるか、否かを考えることが重要ではないかと私は考えています。

加えて、この際には、賃金に大きな決定権を持つ企業経営者の視点から考えることも重要であると思われます。

今回は、申し訳ないことに、図表がひとつもないコラムとなってしまいました。

引き続き、次週以降の本コラム「労働分配率の低下を考える(3)」において、図表を利用して、鈍い上昇ペースが継続するか、否かについて考えたいと思います。

(2017年9月15日 9:00執筆)

柏原 延行