なお、その前の1984年大会の立候補はロス1都市であり、1980年大会は2都市、1976年大会は3都市でした。

こうして振り返ると、冷戦終了後は五輪開催誘致が熾烈な競争であったことがわかります。また、近年になってその人気が低下したことも見て取れます。

筆者はロスが有利と予想していたが…

筆者は昨年8月の時点で、2024年大会はロスが有利と考えていました(『リオ五輪閉幕。日本の産業界が期待する2024年の開催地は?』)。それは、開催地決定に際して重要視されるのが、従来の地域性から財政面を中心とした開催能力に変わりつつあったこと、またテロ事件が相次いでいたパリは警備の面からも敬遠されやすいと考えたからです。

結果的には、筆者の予想は外れました。しかし、2028年大会も同時に決めるという異例の措置により、ロスも“当選”を確保しました。なぜ、このような異例の事態になったのでしょうか?

五輪を開催する魅力は低下する一方

最大の要因は、オリンピック大会開催の人気低下です。確かに、五輪は世界最大のスポーツ大会です。しかし、実施競技数が非常に多いため、開催国が準備する施設の数も多くならざるを得ません。

また、実施競技の中には、いわゆるマイナースポーツも少なくないため、テレビ視聴率やスポンサーの偏向・偏重や、競技施設の新設が難しい等の問題が起きます。さらに、サッカーやバスケットなど球技を中心に、事実上、スター選手が出場できないという問題もあります。

その結果、スポンサー収入の減少につながる一方で、警備など運営費用の増加は止まるところを知らない状況になっています。五輪開催国の財政的負担は予想以上に重いと見ていいでしょう。

その点、五輪を凌ぐ規模のスポーツ大会であるサッカーワールドカップは、ドル箱スター選手も出場する、視聴率は稼げる、大手スポンサーも余りある、競技施設の準備が比較的容易などの理由から、現在でも開催地に名乗りを上げる国は多くあります。