通貨選択型は悪者なのか?

過去の拙稿『毎月分配は悪者なのか?』で、金融庁の最近の方針を受けて、業界では“坊主憎けりゃ袈裟まで”的に毎月分配型ファンドが罪悪視される風潮があるが、それは顧客本位志向の本質から乖離している感ありで、個別に分配水準や販売方法に問題があるかを論ずるべきだと述べました。

しかし、毎月分配以上に断罪され、商品分野として葬り去られようとしている感があるのが「通貨選択型」です。筆者は外資系の運用会社や販売会社でここ10年ほど禄を食んでいますが、社によりスタンスの違いはあるものの、外国の本社は通貨選択型はおしなべてギミック(邪道なからくり)扱いです。

その中で通貨選択を用いた他社商品が爆発的に売れた成功事例を耳にすると、それに乗じてミミック(物真似)でフォローして商品を出すか、ポリシーを曲げずに”武士は食わねど高楊枝”で「売れる商品を出せない」と営業に不平を言われるかのどちらかというのをつぶさに見てきました。

通貨選択型とは何か?

では、まず複雑で初心者にはわかりづらいとされている通貨選択の仕組みについてご説明します。

通常のヘッジありコースでは、たとえばUSドル建てのUSハイイールド債券をヘッジするには、前回の記事『為替ヘッジの仕組みと功罪』でご説明したように、為替予約取引で期日にドル売り・円買いをして円価を「現在の水準-ヘッジコスト」で固めます。これによって、利回りは円ベースの低い利回りにハイイールドのクレジットスプレッド(利ざや)が乗った水準になります。

ヘッジすることにより円を買って預金で運用するのと同じ経済効果をもたらす取引を行うので、これは当然の結果です。そこにクレジットリスクを取る対価としてのスプレッドが加わるだけです。

一方、通貨選択型では円買いの代わりに、ドルを売って高金利通貨であるブラジルレアル(以下、レアル)やカナダドルを買うことによって高金利通貨の利回りにかさ上げします。いったんドルを売ってレアル預金で高金利を稼ぎ、将来の期日にレアルを売ってドルに戻すのと同じ効果を生む取引が為替予約であると理解するとわかりやすいかと思われます。

実際には「利回り」ではなく、高金利通貨(例:レアル)の買い予約をすると将来のドル買いレアル売りレートが現在のスポット水準よりドルを高く売れて(=レアルの受取額が増える)「ヘッジプレミアム」が発生し、為替差益の形で確実な利回り向上が発生します。

通貨選択型を巡る問題点

ただし、これには注意点があり、ドル/レアル間はヘッジされているが、投資の入口かつ出口通貨である円に対してレアルとの変動はヘッジされずオープンのままです。

ゆえに、レアルに対して利回りアップ効果を上回る円高が進むと、「毎月レアル利回りベースでの分配はもらったが、基準価額がそれ以上に目減りした」というクレームが付いたものです。あるいは、過去に受け取った分配は忘れて基準価額の下落だけ見て「こんなはずでは」というクレームもあるようです。

前回の繰り返しになりますが、こういったクレームは上記の仕組みを十分に説明せずに、あるいは説明しても理解を得るところまでいかずに、すなわちレアル/円のリスクを投資家が取っていることが看過されて起きたのだと思われます。

もっと悪質な事例では、「高い分配(例:毎月100円)が出るので最初に払う販売手数料は3〜4か月で取り戻せますよ!」的な販売で売られたら、仕組みがよく理解されていない場合、「だまされた」という反応になるのは致し方ないことと思われます。

いい通貨選択

筆者も上記販売手法や仕組みを理解していない顧客に分配金のみ強調して販売するようなケースは、「顧客本位でない」との断罪に値すると思います。しかし、通貨選択型は金融技術として革新的な側面もあります。

たとえば、前述のレアルは高金利通貨です。金利が高い国は概して借金が多く、高金利で海外からの投資を引き付ける必要があります。ただ、レアルの高金利を目当てにブラジル国債に投資すると、財政が悪化した場合、格付けの低下等で債券もレアルも下落してダブルパンチという事態が想定されます。

かつてリーマンショック後に高金利を求めて外国から資金が一気に流入してレアル高が一気に進行し、ブラジルの重要な産業である資源や農産物の輸出の競争力が失われました。そこで2010年にブラジル政府は、IOFと呼ばれる金融取引税を何と6%もの高率でブラジル国債に海外から投資する際のレアル買いに課するという暴政に出ました。

2013年に0%に戻されてからはIOF復活の見込みもなさそうですが、税制リスクの高い国への投資には利回りで上乗せが必要と見られるようになりました。

ところが、レアルの高金利に魅力ありという投資家が、債券も為替もブラジルリスクという「卵の合わせ盛り」を避ける手法として、ブラジル国債から最も信用力の高い米国債、あるいはリスクは高いが銘柄分散が可能なUSハイイールド社債に投資し、ドル売り・レアル買い予約でレアル利回りに持ち替える通貨選択型が登場しました。

この手法はブラジル国内資産への投資ではないため、IOFの課税対象外なので政府の気まぐれな税制変更に悩まされることもないという合法的節税メリットもあります。運用会社として合法的な節税での利回り向上、信用リスクと為替リスクを切り離して合わせ盛りにしない手法を提供することは、顧客本位な金融技術のプロフェッショナルな活用と言えるのではないかと考えます。

悪い通貨選択

具体的な商品も世に出ているので個別に難ずる気は毛頭ないのですが、上記の趣旨から外れて税制や特定の通貨特有の理由も鑑みず、とにかく利回りアップで分配を増やす目的での通貨選択型や、市況ニュースで簡単に対円レートが入手できない通貨(例:トルコリラ)等まで広がったのは若干疑問を感じます。

特に、超低金利が20年続く円の世界において為替リスクがなく利回りが取れる資産としてJリートがありますが、その美点をわざわざ打ち消すレアルで二階建てにした通貨選択型投信が出た時には、その商品設計に疑問を感じたものです。

まとめ

「いい通貨選択」で書いたように、通貨選択型は元本と金利を切り離した金利スワップに似た金融の「リスク・アンバンドリング」技術として意味のある手法です。

リスクとリターンは裏返しなのですが、リスクを増やさずリターンを上げるには合法的な節税は利口なやり方です。これもまた個別商品や販売方法ごとに是々非々で論じられるべきで全て断罪するには惜しいと、本稿にて一石を投じたいと思います。

林 俊宏