景気について語る人には4種類あり
景気について語る人は、経済学者、エコノミスト、マーケット・エコノミスト、破綻シナリオ論者の4つに分けられます。経済学者は理論的に精緻なことを追求する人、エコノミストは景気を予想する人、マーケット・エコノミストは株価等々を予想するために景気について語る人、破綻シナリオ論者は常に破綻シナリオを唱え続ける「トンデモ屋」です。
エコノミスト等については拙稿『エコノミストとマーケット・エコノミストの違いを考える』『エコノミストはどうやって景気を予測するのか?』をご参照いただくとして、今回は破綻シナリオ論者について記しましょう。
筆者がエコノミストの仕事に就いたのは、バブルの頃でした。駆け出しのエコノミストでも、「来年の景気が悪くなることは絶対ない」と容易に理解できるような状況だったのですが、なぜか「来年の日本経済は悲惨だ」と言っている人がいたのです。
その時は内心でバカにしていた(失礼)のですが、後から考えると、あれは破綻シナリオ戦略という素晴らしいビジネスモデルだったのですね。それに気付いた時には感動しました。筆者の自尊心が今少し小さければ、筆者も参入したいくらいです(笑)。
好況時の景気討論会に必ず呼ばれる
景気が絶好調な時は、皆が来年の景気に強気なので、景気討論会が成立しません。それでは困るので、主催者から必ず声をかけられるのが「破綻シナリオ論者」です。そうなれば、人々の目にふれますから有名になれますし、謝礼ももらえるかも知れません。
討論会だけではありません。世の中には、皆と違う話を聞きたいという「天邪鬼(失礼)」や、「とにかく悲観論を聞きたい」といった人も一定数は存在しています。もちろん、「考えられる悲観シナリオをすべて検討して、リスクがないことを確認しないと気がすまない」という人もいるでしょう。そうした「ニッチな市場」を独占できるのも、破綻シナリオ戦略のおかげです。
破綻シナリオは、賢く見えるし、話が面白い
「富士山が爆発するかもしれない」「大地震が来そうだ」「巨大隕石が落ちてくる」というように、パニックシナリオは多種多様ですから、「この人は色々なリスクや問題点に気がつく賢い人だ」と思ってもらえますし、それぞれのパニックシナリオは多様に描けますから、聞いている方が飽きません。
しかし、楽観派は「大丈夫です」というだけですから、「この人は様々なリスクがあるのに気づいていない愚か者かも」と思われるリスクがありますし、それを避けるために「パニック論者は色々言っていますが、富士山は爆発しそうにないし、大地震も巨大隕石も心配ないから、大丈夫です」と言っても、それだけでは聞き手に面白がってもらえません。
「景気が良くなる材料と悪くなる材料を100個ずつ挙げよ」と言われれば、少し慣れたエコノミストなら誰でも簡単に挙げられます。問題は、それぞれの要因が「綱引き」をした結果、どちらが勝つか、なのです。別に楽観派エコノミストが問題点やリスクに気づいていないわけではないのですが・・・(笑)。
トルストイの『アンナ・カレーニナ』に「幸せな家庭は一様に幸せであるが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」という記述がありますが、「順調な経済は一様に順調であるが、破綻する経済はそれぞれに破綻する」ので、面白い話を書く競争では、勝負は自明ですね(笑)。
「予想」が外れても怒られず、当たると名声を得る
「景気が良くなる」と言っている人は、予想が外れて景気が悪化すると怒られます。皆が不愉快で、誰かを攻撃したい気分だからです。一方、「景気が悪くなる」と言っている人は、予想が外れて景気が良くなっても、皆が愉快な気分なので、誰かを攻撃したいと思いませんし、そもそも「景気が悪くなると言っていた人がいたことを忘れている」かもしれません。
したがって、悲観論者の方が楽観論者より得なのですが、破綻シナリオ論者は、そもそも人々が真剣に聞いているわけではないので(失礼)、外れても本気で腹を立てる人はいないのです。
確率1000分の1の破綻シナリオも、1000個語っていれば一つくらい当たります。バブル崩壊後の破綻シナリオは、リーマンショック以外は全部ハズレでした。筆者たちは、999勝1敗だったのですが、結果として1勝999敗だった破綻シナリオ論者が「私が以前から正しく予測していた通り、経済は悲惨なことになりました」と勝ち誇ることになってしまったのです。
そこで筆者は破綻シナリオ戦略を「止まった時計戦略」と呼んでいます。「止まった時計は、1日に2回、正しい時刻を指す」というわけですね(笑)。どうせ止まっているなら、楽観シナリオばかり述べ続ける戦略もありますが、あまり得な戦略とは言えませんね。悲観シナリオの方が面白いですし、悲観シナリオを聞きたい人の方が多いでしょうから。
「富士山爆発の可能性は小」より「富士山爆発の可能性は否定できず」の方が、新聞は売れますから(笑)。
なお、本稿は、拙著『経済暴論』の内容の一部をご紹介したものです。
<<筆者のこれまでの記事はこちらから>>
本稿は、厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承下さい。
塚崎 公義