トランプ大統領は25日、来年2月で任期が切れるイエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長の再任を検討していることを明らかにしました。米連邦公開市場委員会(FOMC)の真っただ中で公表されたこともあり、さまざまな憶測を生んでいます。そこで今回は、イエレン議長“再任”が匂わす米通貨政策のポイントを整理してみました。

イエレン議長の“再任”を検討中

トランプ大統領は昨年の大統領選挙中、イエレン議長は「クビだ!」と宣言していましたが、当選後に発言を撤回すると、先週は再任を検討中であることを明らかにしました。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が25日に伝えています

FRB議長は大統領が指名しますが、上院での承認が必要です。上院で多数を占める共和党はFRBの量的緩和政策や低金利政策に批判的であり、イエレン議長の再指名に難色を示してきました。この影響で、マーケットではイエレン議長の退任がほぼ確実視され、後任にはゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長との観測が広まっていました。

CNBCが25日に公表したフェド・サーベイでは、次期FRB議長の予想ではコーン氏が50%、元FRB理事のケビン・ウォルシュ氏が24%、元財務次官でスタンフォード大学のジョン・テイラー教授が9%となっています。

6月の調査では3氏の可能性は20%近辺で拮抗していましたので、この1カ月でマーケットの見方がコーン氏に大きく傾いたことが分かります。

コーン氏が最有力、イエレン議長はあて馬?

WSJによると、トランプ大統領はイエレン議長の再任を検討中としながらも、コーン氏が次期FRB議長の“最有力”候補であることを認めています。したがって、コーン氏が本命であることには変わりはなく、トランプ大統領の意中の人であることが分かります。

ただし、コーン氏の経歴はトレーダーからの叩き上げであり、“相場のプロ”ではありますがエコノミストではありません。通常、FRB議長には雇用や物価に関する高い経済分析能力が求められることから、経済学の博士号を持たない同氏には荷が重いとの見方があります。

また、コーン氏がゴールドマン・サックス出身であることもマイナスです。米議会はFRBの地区連銀の理事から金融機関出身者を除く方向でFRB改革を進めており、FRBの規制・監督の対象となる金融機関から議長を選出することは利益相反のリスクが高いと考えられています。

一方、トランプ大統領は両氏以外にも「2~3人の候補」がいることも明らかにしており、ウォルシュ氏とテイラー氏、そして元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長でコロンビア大学のグレン・ハバード教授ではないかと見られています。

この3氏に共通するのは従来のFRBの金融政策には批判的であり、多かれ少なかれ共和党と政策の方向性が一致することです。したがって、この3人は共和党が推す候補者と見ることができそうです。

こうした情勢を踏まえると、トランプ大統領のイエレン議長“再任”発言は、コーン氏に難色を示す共和党に対する牽制球なのかもしれません。

ホワイトハウスと議会の政治的な駆け引きに利用?

トランプ大統領は自らを低金利主義者としており、その意向を受けての就任が予想されるコーン氏が低金利路線を継続することは想像に難くないでしょう。一方、FRBの緩和的な金融政策に批判的である共和党が押す候補は、いずれの候補者が就任してもよりタカ派的な金融スタンスとなることが見込まれます。

トランプ大統領がコーンNEC委員長をFRB議長の最有力としていることは言葉通りに受け止めてよさそうですので、今後の展開として注目されるのは共和党の推す候補の巻き返しとなりそうです。

トランプ政権はロシア疑惑で大揺れとなる中、21日に“トランプ政権の顔”であるスパイサー報道官が辞任したのに続き、28日には“大統領の右腕”プリーバス大統領首席補佐官も辞任しています。両氏とも事実上の更迭と見られており、トランプ政権の混乱は拡大の一途をたどっています。

こうした中、オバマケアの改廃案の目途が立たず、トランプ政権と共和党議会はぎくしゃくした関係が続いています。

トランプ大統領の公約の実現には共和党議会のこれまで以上の協力が不可欠となっていますので、FRB議長の椅子はホワイトハウスと共和党議会の政治的な駆け引きに利用される恐れがあるかもしれません。

IMFはドルは過大評価と報告、セーフガード発令でドル安政策に火に油?

ところで、国際通貨基金(IMF)は28日に公表した「対外セクター報告書」で、ドルはファンダメンタルズに基づくと10~20%過大評価されているとの認識を示しました。

トランプ大統領はこれまで「ドルは高すぎる」と繰り返し発言していますので、通貨政策はドル安を目指していると考えられます。コーン氏が次期FRB議長に就任した場合には、ドル安政策の旗振り役となるかもしれません。

IMFの報告書はトランプ大統領にドル高是正のお墨付きと与えたとも言えますので、10月の米為替報告書が俄然注目を集めることになりそうです。

前回4月の米為替報告書では日本、ドイツ、中国を含む6カ国・地域が監視対象国に指定されています。

一方、日本政府は28日、米国産の牛肉に対する緊急輸入制限措置(セーフガード)を発令し、関税率を現行の38.5%から50%に引き上げると発表しました。

トランプ大統領は昨年の大統領選挙中に日本が米国産の牛肉に38%の関税をかけるのであれば米国は日本の自動車に38%の関税をかけると主張していましたので、実際に行動するかどうかはともかくとして、自動車への関税目標は50%に引き上げられることになりそうです。

より現実的には、米国の対日貿易赤字への批判を強め、円安・ドル高の是正を求める声が高まることが懸念されます。

トランプ大統領は自らの低金利主義に理解のあるコーン氏をFRB議長に据えることで、高すぎるドルの是正を匂わせています。IMFの報告書がドル高是正を正当化する中、日本のセーフガード発令は、円高・ドル安の流れに拍車をかける恐れがありそうです。

LIMO編集部