退職後の生活を「定額」で考えることの是非
ときにアドバイザーの方は「月額必要額を35万円として」といったように定額で考えて老後の生活を考えるように紹介することがあります。私はこの「定額」が気になっています。
年齢に関わらずずっと変わらないという意味での「定額」と、誰にでも当てはまるという意味での「定額」の2つの意味があるのですが、このことをちょっと考えてみましょう。
年齢を重ねてもずっと変わらないという意味での「定額」は納得されない人が多いかもしれません。60代は活動的で生活コストもかかるけれど、80代くらいになればきっと家でのんびりしていることが多くなるはず。旅行に行く頻度も相当少なくなっているだろうし、食事の量だって減っているかも。
確かにその通りですが、代わりに年齢を重ねるにつれて大きく増える費用があります。医療と介護の費用です。現役世代にアンケート調査をすると、最も金額が大きくて心配だとする費用が医療と介護ですから、その負担度はよく承知しているはずです。
ちなみに、厚生労働省の老齢年金受給者実態調査では、老齢年金受給者の平均月額支出は60歳以降、5歳刻みで平均値をとるとほとんど変わっていないことが報告されています。
一方で、誰にでも当てはまるという意味での「定額」はセミナーなどでは納得される方も多いようです。でもこちらにはかなり違和感があります。
現役世代にアンケート調査をすると、年収の高い人ほど退職後に公的年金以外に必要な生活資産総額は多くなる傾向がはっきりと出ています。そう、年収が高い人はそれに合わせた生活水準を維持したいと考えるために、より多くの生活費が必要だと考えるわけです。
退職直前年収で考える老後の生活水準
欧米では退職後の生活水準は退職直前の年収に依存するという考え方が主流で、最終年収の何割という水準で退職後の生活資金を考えます。この比率を「リプレースメント・レート(Replacement rate )」とか、「ターゲット・リプレースメント・レート(Target Replacement rate)」などと呼んでいます。
日本ではなかなか聞かない議論ですが、敢えて言えば目標代替率と呼べばいいでしょうか。フィデリティ退職・投資教育研究所では日本の場合、これを2009年の家計調査を元に68%と推計しています。
こうすると、年収500万円の人と600万円の人では老後の必要資金総額が違ってくるということになります。この考えの方が現実に近いように思います。
もちろんこの7割弱という水準は自分でコントロールしてもっと下げることもできるでしょうし、年収帯でも違ってくるようですから、人によってはもっと高い生活水準を求めるかもしれません。
合同会社フィンウェル研究所代表 野尻 哲史