トランプ大統領は2月23日、中国は為替操作の“横綱(グランドチャンピオン)”だと発言し、改めて対中貿易赤字への不満を表明しました。

一方、これに先立つ15日には、大統領選挙戦中にトランプ候補の経済顧問を務めたジュディ・シェルトン氏が為替操作への対処法として金本位制を挙げたことが話題となっています。

為替操作と金本位制がどう結び付くのか、補完的な情報も交えてまとめてみました。

貿易黒字国は“失業”も輸出している

まず、為替操作を問題視している背景には雇用喪失がある点を確認しておきます。

トランプ大統領は貿易黒字国は“失業を輸出している”と考えています。たとえば、日本で作った自動車が米国に輸出されると、米国内の工場が閉鎖されて失業が発生するというロジックです。

そして、貿易黒字国は失業を輸出するために為替を操作をしており、米国は為替操作による不利益を相殺するために関税をかけるというのがこれまでの流れです。

量的緩和は為替操作と見られている

トランプ政権が為替操作に言及する場合、従来からある“為替操作国”認定の枠組み加え、中央銀行による金融緩和、特に量的緩和も非難している点は見逃せません。

シェルトン氏は15日、「米国を含むすべての国の中央銀行が為替操作に関与している」とした上で、FRB(米連邦準備理事会)が“量的緩和”と呼ぶ政策の目的はまさに為替操作にあると述べています

米財務省が年2回(4月と10月)作成している為替報告書では、米国自身が“為替操作国”に認定されることはありませんが、トランプ政権はFRBを為替操作の本尊として非難しているわけです。

日銀の量的緩和が為替操作に該当するのかどうかに関して、「米国も同じことをしていたのだから批判される筋合いではない」との反論が聞かれますが、FRBが“クロ”なのですから日銀についても議論の余地はないと言えそうです。

為替操作を止めさるには金本位制が有効な処方箋

シェルトン氏は、FRBを含むすべての中央銀行に為替操作をやめさせるには、金本位制が有効であると述べています。金本位制では通貨の供給量を人為的に調節できないからです。

ただし、古典的な金本位制を復活させようと考えているわけではなく、為替操作による失業の輸出を許さない通貨制度を模索しているようです。

シェルトン氏は、最初のステップとして金(ゴールド)を裏付けとした米国債の発行を推奨しています。

たとえば、米国が金利と元本を金で支払う5年物の国債を発行するとします。同様に、中国も金での支払いを約束した5年債を発行した場合、ドルと人民元は金を介して通貨価値が一定に保たれることが期待できるというわけです。

金を裏付けとした米国債の発行はアラン・グリーンスパン元FRB議長がCEA(大統領経済諮問委員会)委員長を務めた後の1981年に提案したことでも知られています。

次期FRB議長候補は金本位制論者

シェルトン氏の発言が注目されている背景には、彼女がトランプ大統領の経済顧問だったこともありますが、それ以上に次期FRB議長候補であるからです。

FRBの理事は7人の定員のうち現在2人が空席となっています。4月にはダニエル・タルーロ理事の退任に伴い空席は3人になる予定です。

さらに、来年にはジャネット・イエレン議長とスタンレー・フィッシャー副議長が相次いで議長・副議長としての任期切れを迎えます。両名とも理事として残ることもできますが、再任されなかった場合には退任するとの見方が有力視されています

FRB人事がこうした状況にある中、シェルトン氏はまず現在空席となっている理事に就任し、イエレン議長の退任に伴い同ポストに昇格するのではないかと見られています。今から1年後の来年2月、FRBの量的緩和は“為替操作”の言い換えに過ぎず、ドルは金などの実物資産にリンクさせるべきと公言しているシェルトン氏がFRB議長に就任しているかもしれません。

金本位制の議論進展を注視、日銀批判にも警戒が必要

金本位制の話になると、「経済規模に比べて金の絶対量が少ない」、「景気後退に機動的に対応できない」といった反論がよく聞かれます。しかし、こうした技術的な問題は制度設計である程度までは対応可能です。

たとえば、金準備率を引き下げる、経済成長に合わせて基準となる金価格を見直す、通貨供給量にある程度の変動幅を許容する、などが提案されています。

共和党はFRBの金融緩和を“放漫財政の隠れ蓑”として批判しています。また共和党内には金本位制やFRBの廃止を支持する声も少なからずあり、下院議長のポール・ライアン議員も金本位制を支持している模様です。

トランプ政権は、国内の雇用を守るため、すなわち失業の輸出を許さないためには自由裁量による金融政策を拘束する必要があると考えており、金本位制もしくは金本位制に類似した通貨制度を念頭に置いている模様です。

FRB人事も含めて、今後の議論の進展には注意が必要と言えるでしょう。

また、トランプ政権はFRBの量的緩和を為替操作として非難していますので、日銀の量的緩和を為替操作として非難しても“自分のことを棚に上げている”わけではありません。“FRBも同じことをやっていた”というのでは反論になっておらず、日銀には為替操作の“名人”の称号が授与されるかもしれません。

LIMO編集部