近年、個人やサラリーマンが起業や副業を目的として会社を買うケースが増えています。「サラリーマンでも会社を買えるの?」と思う方もいるかもしれませんが、個人が会社を買う場合の価格は500万円以下のものも多く、決して手が届かないという金額ではありません。

 個人のM&Aが増えている背景には、「ネットM&A」の存在があります。ネットを介して誰でも気軽に売りに出ている会社の情報が見られるくらい、M&Aはとても身近な存在になってきているのです。今では多くのプラットフォームが乱立し、表に出ている「売り案件」は数え切れないほどあります。買収を検討する側にとっても、どれを選ぶべきか判断が難しいくらいです。

 私は1990年代にM&Aの世界に足を踏み入れ、M&Aアドバイザーとして、従来のM&AにもネットM&Aにも深く携わってきました。その経験からいえば、従来のM&AとネットM&Aは、まったく異なる世界です。

 この記事では、拙著『マンガ あなたの夢を叶える! ネットでスモールM&A』で述べている考え方をもとに、その一端に触れていただければと思います。たとえばみなさんが起業・副業を目的に「買い手」になったとして、ネットM&Aを成功させるためには、具体的にどのような会社を選ぶべきか? その考え方と、ネットM&Aならではのポイントを解説します。

「相乗効果」より「やりたいこと」を基準に

「トランビ」「ビズリーチ・サクシード」や、私自身が手掛けている「バトンズ」などのネットM&Aのプラットフォームには、常時数千もの案件が掲載されていて、しかも毎月、何百件も新しい案件が追加されます。

 これは今までの日本のM&Aシーンでは考えられなかったことで、それこそ目移りして、どうしていいのかわからなくなるのは、ある意味で当然かもしれません。では、どんな案件を真剣に検討したらいいのでしょうか?

 もし、あなたが会社を経営しているのなら、第一候補に挙がるのは、間違いなく一緒になったらお互いに成長する組み合わせ、つまり「相乗効果」がある会社やビジネスではないでしょうか。これは一般的なM&Aの教科書なら、まさに「鉄板」の回答だと言えるでしょう。

 しかし、小さな会社やビジネスの世界では、必ずしもその答えは最適解ではありません。というのは、規模が小さいと本業との相乗効果も小さくなり、経済的なメリットも減少するからです。

 では何を基準にするかといえば、それは間違いなく「あなたがやりたいこと」です。もう少し付け加えるなら「自分で再現できると思うこと」です。自分で再現できるビジネスというのは、簡単に言うと「ビジネスモデルや仕組みを理解でき、自分がそれをできる能力があるか、あるいはやり切る意欲があるか」ということだと言えるでしょう。

 少しロマンチックな言い方をすれば、異業種であっても、それがあなたがやりたいことで、かつビジネスとして再現することであなたの夢が叶うのなら、それがあなたと「赤い糸」で結ばれた相手です。M&Aといえど、最後は「いい相手と出会えるか」がすべてです。

アドバイザーの有無で変わる成約率

 もう一つ、案件を選ぶ際のコツを挙げるなら、できるだけきちんとしたアドバイザーがついている案件から検討するといいでしょう。アドバイザーの有無で成約率がなんと10倍以上も違うという統計があるくらいです。

 第三者がいないほうが交渉が楽になると考えて、アドバイザーのいない案件を選ぶ買い手初心者も多いのですが、実はこれが鬼門なのです。アドバイザーのいない売り手は、譲渡意思が若干薄いこともあるのに加え、第三者視点で会社や事業を精査していないため、財務内容や事業内容の正確性・信憑性に問題があるケースもあり、思わぬ手間とリスクを背負い込むことになってしまいかねません。一定規模以上の案件を検討する時は、そうしたリスクも考慮に入れておいたほうがいいでしょう。

 もう一点、アドバイザーのいる案件が敬遠される理由に、仲介が前提になっていて、昨今メディアでよく言われる「仲介業者は買い手と売り手の両方に助言し報酬を受け取る」という利益相反の問題を気にしているケースがあります。実はこれもまた、逆なのです。

 内容のしっかりした大企業の案件ならともかく、小さな会社の案件だと、仲介者は仲介責任を果たすために、内容をきちんと精査した案件だけを扱い、同時に売り手だけでなく両方の利益を最大化するように動きます。

 ですから、結果的に買い手も気持ちよくディールを進めることができ、かつリスクも低いと言えます。特に初めてのM&Aなら、アドバイザー付きの案件を優先して検討することをおすすめします。

「売り手から選ばれる買い手」になる秘訣とは?

 たとえ「いい案件」が見つかったとしても、それでM&Aの成功が確約されるわけではありません。特にネットM&Aでは「いい案件」であればあるほど競合も多くなり、その中から買い手として自分を選んでもらう必要があるからです。

 売り手の立場に立って考えると、売り手は相手が本当に買えるだけの資金があるのか、買う気があるのかどうかをまず見極めようとします。その上で、愛着がある会社を譲るなら自分の眼鏡にかなった会社なり人物を選びたい、と思うはずです。

 ですから、買い手側は買いニーズの内容、特に財務情報と事業内容をどれだけ相手にしっかりと伝えられるかが大事になります。

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ネットならではの仕組みをうまく活用する

 日本では、ネットを使ったM&Aの歴史は非常に浅いのですが、ネットM&Aの先進国であるアメリカではすでに10年以上の歴史があり、日本と比較にならない数の買い手がプラットフォームにエントリーしています。その数はなんと100万者以上! でも、こうも思いませんか? そんなに多かったら、せっかく優良な案件に巡り合っても、売り手との優先交渉権を得ることは至難の業じゃないか、と。

 実はその問題を解決するため、アメリカの多くのM&Aプラットフォームには「serious buyer」というオプションがあるのです。自身が積極的な買収者であることを売り手にアピールしたり、売却希望を募る広告を出したり、あるいは有力なエージェントに優良案件の発掘を依頼したりと、あの手この手で買い手にとって優良案件とのマッチング率を上げられるようになっているわけです。

 日本でもネットを使ったM&Aが急速に普及するにつれて、こうした積極的な買い手に対するオプションサービスを備えたプラットフォームが増えてきました。大事なポイントは、こうしたオプションは従来のM&A仲介会社などにはないネットM&A特有のものだということ。これらの仕組みをよく知った上でネットM&Aを行うことが、成功率を高めることにつながります。

 

■ 大山 敬義(おおやま・たかよし)
 日本最大のM&A仲介会社・日本M&Aセンターの創業メンバーの一人。
 以来30年にわたり数百件もの中堅中小企業のM&Aの実務に関わる一方、数多くの講演や著作で多くの後進のアドバイザーの指導にあたっている。また、企業再生の専門家でもあり、内閣府認可特定非営利活動法人 日本企業再生支援機構の理事を務める傍ら、単なるM&Aのアドバイザーにとどまらず、経営者としてハンズオンでの企業再生を行った経験を持つ。
 2018年4月には、日本M&Aセンターからスピンアウトして小規模ビジネス向けM&Aインターネットマッチングサービスを提供する「株式会社バトンズ」を設立、代表取締役に就任。TV等のメディア出演の一方、「NewsPicks」のpro pickerとしても活躍し、インターネットを通じて多くの情報発信を行う。

 

大山氏の著書:
マンガ あなたの夢を叶える! ネットでスモールM&A

大山 敬義