本記事の3つのポイント

  •  5G通信の本格化に伴い、プリント配線板業界に新たな事業機会が到来している。高周波特性や信号の超低速遅延といった電気特性工場のニーズを受け、LCPをはじめとする新材料の需要拡大に期待
  •  クルマの電動化や自動運転化も基板需要を押し上げ。電動化ではパワーモジュール向け絶縁回路基板など高付加価値分野の市場拡大が期待される
  •  足元では新型コロナウイルスの影響が業界に影を落とす。基板生産の多くが集積している中国が震源地となっているほか、スマートフォンなどの最終製品組立も中国が多くを担っていることから、需要減退は避けられない状況

 

 2020年のエレクトロニクス産業ならびに電子回路・関連資機材業界は一体どのような世界が待ち受けているのだろうか? 特に今年は、次世代通信規格(5G)の離陸で、久方ぶりにスマートフォンの販売台数がプラス成長に転じ、明るい話題が先行すると期待されている。自動車も各国の環境規制強化や安全運転志向の高まりで、半導体・電子部品需要は確実に伸長すると見込まれている。米中貿易摩擦や米・イラン対立といった、一触即発の地政学リスクも一段落して、さあこれからと言うときだったが、中国・武漢市発の新型肺炎で、エレクトロニクス業界の回復期体感も一気に吹き飛びそうな状況となってきた。

 いまやエレクトロニクス製品の組立基地となっている中国の存在感はそれほど大きく、無視できなくなっている。スマホなどエレクトロニクス製品の現地セット工場の稼働再開が大幅に遅れるようだと、日系のみならず台湾や中国の基板企業への業績も悪影響が懸念され、今後中国での生産体制の一極集中リスクが回避される方向に動くだろう。

スマートフォン、5G規格対応で2年ぶりの販売増も

 20年は、日本でも5Gの本格運用サービスがスタートする。スマホでも5G対応機種が今年は世界的に普及しそうだ。飽和状態で伸び悩んでいたスマホ市場に、大型のカンフル剤が打ち込まれることになり、順調にいけば久々の盛り上がりを見せてくれるだろう。20年のスマホの出荷台数は前年比2~3%増の15億台強となる予定だ。このうち2億台が何らかの5G対応(サブ6含む)機種になると言われ、実に全体の2割弱に達する勢いとなる。19年を底にして、スマホ市場は20年から再びプラス成長の軌道を描くことができるか、注目されるところだ。

 スマホ各社も5G対応機種を続々と発表している。ファーウェイの5G対応最新版では「Mate 20X (5G)」が10万円前後で手に入る。サムスンは「Galaxy Note10+ 5G」が13万円前後で販売されている。VivoやZTEも5G対応機をラインアップした。ファーウェイは、自社の5Gマルチモードチップセットを搭載しており、2Gから5Gまでサポートする。5Gサービスが完全ではないので、他の端末メーカーも既存の周波数帯をカバーする端末が当面主流になりそうだ。

 一方のアップルは、これまで5G対応の遅れを指摘されていたが、クアルコムとの半導体特許訴訟を巡る対立関係を解消して、同社と和解した。5Gモデムの調達にめどをつけたことで、20年から主力3機種を5G端末にするとの見方が浮上している。

 商用サービスがスタートした5Gは、6GHz以下の周波数帯、いわゆる「サブ6」が主流となる。今後は、28GHz/39GHzなどの「ミリ波」領域の商用化が焦点となり、特徴の1つである直進性や電波の微弱性などが問題となり、克服しなければならない課題も多いとされる。

 ミリ波の導入はハードウエアの観点からはアンテナなどの高度化や、ミリ波モジュールの追加搭載などプラス要素が大きくなる。高速伝送処理の高度化の観点からは、従来にないLCP(液晶ポリマー)やMPI(モディファイド・ポリイミド)の基板需要も立ち上がる。

 このため、技術革新や新材料への取り組みが比較的のんびりしていた配線板市場に異変が起きている。その背景には、前述の5Gなど次世代高速通信システムには高周波特性や信号の超低速遅延といった電気特性の向上が必須となっていることが挙げられる。従来のガラスエポキシ樹脂をガラスクロスに含浸させたFR-4ベースの樹脂材料から、フッ素樹脂(PTFE)をはじめ、LCPやMPIの材料開発や製品化が加速している。低誘電率や低誘電正接が要求されており、既存の基板材料では対応できないのだ。

 IoT時代に向けた高性能なサーバー用CPU向けパッケージ基板の需要増に加え、極小ビア形成などで新型レーザー加工機やフォトビア技術など、製造プロセスの開発・量産化対応の動きも活発化している。新市場の台頭が期待できるとして、AGCや信越化学工業など大手化学メーカーなどの本格参入も目立つようになった。今後とも新規材料をひっさげて新たな参入メーカーがいつ出てきても決しておかしくはない。

 以前から高速伝送処理としてはPTFEベースのテフロン基板などが実用化されてきた。しかし、加工が難しく、銅箔との密着強度の最適化など製造難易度が高い。また、材料コストも高いため普及のネックになっているのが現状だ。

 それはLCPも同様で、電気特性はフッ素樹脂には及ばないものの、スマホの高周波対応部位に多数採用されるなど市場が拡大している。その先鞭をつけたのが村田製作所のメトロサークだ。iPhoneⅩで本格採用されたのを機に業界でも注目された。これらの基板は、車載用ミリ波レーダーのアンテナなどにも採用されているものがある。

自動車も基板需要を押し上げ

 基板需要の底上げが期待できる主要なアプリケーションには自動車もある。特に次世代自動車の普及が今後大いに期待できる。自動車産業は100年に一度と言われる大きな変革期を迎えている。特に電気自動車(EV)やPHVなどの電動化の流れは、環境負荷の観点からも今後もその流れは止まらないだろう。日系OEMが積極展開を図るハイブリッド車(HV)が今後もメーンストリームとして市場を牽引することができるのか、それとも航続距離の延長や急速充電の普及で、EVの本格普及が加速することになるのか注目される。究極のエコカーとなる燃料電池車(FCV)の普及も期待される。

 富士経済によると、2017の環境対応車(HV、PHV、EV)世界市場は、すでに442万台と大きく成長した。長期的にはEVを中心に市場が拡大し、35年には6000万台を超える規模にまで成長すると予測する。

 市場拡大の背景にあるのが、厳格化する各国の環境政策だ。例えば、世界最大の自動車マーケットである中国では、政府が新たな排ガス規制を当初の20年7月1日実施から、環境汚染への取り組みを強化している主要15都市・省では、1年前倒しで19年7月から開始した。

 先頃、英国政府も既存のガソリン車などの販売を35年までに全廃する、との方針を打ち出した。当初計画より5年も前倒し、一気にEVを普及させる方針だ。

 大変革期に突入した自動車産業も基板業界に中長期的には恩恵をもたらす。ADAS(先進運転支援システム)需要の拡大やエコカー需要の販売増で基板市場も拡大するからだ。1台あたりの基板搭載金額は10ドルほど増加し、75ドル前後に増えるという報告もある。EVは倍の同140~150ドルに拡大するという。ガソリン車になかったパワーモジュール用途でSiN基板といった特殊な絶縁回路基板の盛り上がりも期待できる。

新型肺炎の猛威で状況が一変

 当初、順風満帆にみえた20年のプリント配線板市場に大きな影を落としているのが、猛威を振るう新型肺炎だ。中国・湖北省での感染者数が20年2月13日現在、4.8万人にのぼり、亡くなった人々も1300人超を数える。この数字はおそらくもっと拡大するであろう。03年に同様のコロナウイルスが感染源となり中国・広東省で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)も収束までに半年以上かかっていることを考えると、今回も7月前後までは慎重に事態の推移を見定める必要がある。

 湖北省武漢市にはエレクトロニクス産業の重要な半導体や液晶・FPDなどの電子部品メーカーが多数集積している。半導体では中国ローカルのYMTC、FPD関連ではCSOTをはじめ、天馬やBOEなどの中国を代表する企業の拠点が展開する。また、日系電子部品・製造装置の企業も多い。基板業界ではメイコーなどの大手企業があり、現状最速でも2月14日以降の稼働としている。

 周辺の広東省には日系の自動車メーカーも多数進出しており、世界最大のEMS企業の鴻海グループも拠点を構える。今後のサプライチェーンの停滞を考えると、車やスマートフォンなどの最終組立・セットの生産計画に大きな修正を迫る可能性が出てきているのだ。

 しかし、中長期的には、5Gの普及による産業・インフラの高度化、自動車の電装化比率の向上といった、基板業界にとってまたとない追い風が吹いていることは間違いない。今回の新型肺炎の一刻も早い終息を願うばかりだが、企業はあらゆるリスクを想定して極力ダメージの回避に向かうだろう。

 今後は、中国への一極集中リスクを回避する動きがますます加速するとみている。米中貿易摩擦の余波で、エレクトロニクス業界はチャイナ・プラス1の施策を加速している。改めて中国一極集中の是非が問われており、今回の新型肺炎騒動をきっかけに、製造業の脱中国化が進むとみられる。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

まとめにかえて

 クルマの電動化・自動運転化、5G通信の本格化などにより、プリント配線板業界にまたとない事業機会が到来しています。5G関連では低損失基板材料の市場拡大が期待されており、5Gのなかでも特にミリ波の普及がこのカギを握ります。ミリ波は一度に多くの信号を伝送できる反面、障害物に弱い、長い距離を飛ばせないなどの弱点もあり、これまで以上にアンテナの高度化が求められています。こうした技術革新の波が到来しているだけに、新型コロナウイルスによる経済の影響も気になるところです。

電子デバイス産業新聞