錯覚だけではない、合理的な理由も

金儲けのことだけを考えたら、宝くじの購入は「期待値から考えて不合理だが、人間の錯覚によって売れている」という否定的な評価を受けそうですが、別の面から考えれば、結構合理的なのだ、と筆者は考えています。それは、「夢を買う」ということです。

宝くじは、1枚100円から300円程度で買えます。たったそれだけで、「当たるかもしれない。当たったら、何をしようか」と考えてワクワクすることができるのです。安いものではありませんか。

W杯やオリンピックなどで日本選手を応援する人は多いですね。テレビの前で「頑張れ」と応援したからと言って、日本チームの勝率が上がるとも思われませんし、勝ったからと言って何も儲かるわけではありませんが、それでも応援したくなるのが人間というものなのでしょう。

応援すること自体が楽しいから応援しているのであれば、何も否定的に考えることはありません。金のことだけを考えれば、「応援している時間があるなら、アルバイトでもすれば良いのに」ということになりますが、人生は金のためにあるわけではありませんから。

それとの比較で言えば、宝くじの方が「当たったら儲かる」ので、当たれと念じることが合理的に感じられるかもしれませんね。念じたから当たる確率が上がるとは限りませんが(笑)。

カジノのルーレットで「当たれ」と念じるのと同じですね。株の短期売買で「値上がりしろ」と念じるのも、概ね同じことですね。いずれも、人生を楽しむための行為と考えれば、合理的だと言えそうです。

本稿は以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織、過去に属した組織、その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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塚崎 公義