実家の名義を自分に移したばかりなのに、聞き覚えのない不動産会社から売却を持ちかける封書が届き、戸惑ったという声は珍しくありません。総務省が2026年9月に公表した「令和7年度における行政機関情報公開法の施行の状況について」によると、こうした封書の出発点ともいわれる法務局の「不動産登記受付帳」への開示請求は年間15万870件に上り、国の行政機関が受け付けた開示請求全体の64.5%を占めました。
2026年10月1日からは不動産登記規則の改正により、受付帳に書かれる項目が大きく絞り込まれています。ただし受付帳が非公開になったわけではなく、届く手紙がすぐに止まるとも限りません。
本記事では、帳簿の何が変わり、何が残ったのかを、総務省や法務省などの公表資料をもとに整理します。
1. そもそも「登記受付帳」とは?相続後にDMが届く仕組み
相続後にDMが届く仕組み1/4
各種資料をもとにLIMO編集部作成
法務局は不動産登記の申請を受け付けると、その記録を「不動産登記受付帳(以下、受付帳)」という帳簿に残しています。不動産登記規則第56条は、登記官が申請を受け付けた際に「登記の目的」「申請の受付の年月日」「受付番号」「不動産所在事項」の4項目を受付帳に記録するよう定めていました。
本来は登記所内部の事務処理のための帳簿です。それでも国の行政機関が保有する行政文書に当たるため、情報公開法に基づいて誰でも開示を求めることができます。
この帳簿が売却勧誘の手紙と結びつくのは、別の公開情報と組み合わせて使われてきたためです。「登記の目的」欄から相続による名義変更を見つけ、所在事項で地番や家屋番号を割り出せば、あとは法務局で登記事項証明書を取得するだけで新しい所有者の氏名と住所がわかります。
登記事項証明書は、手数料を納めれば誰でも取得が可能です。東京司法書士会は2025年7月2日に公表した会長声明で、受付帳の情報がこうした営業目的に使われている実態を指摘し、記録事項や開示手続の見直しを求めていました。
2. 受付帳の開示請求は年15万870件 国への開示請求の64.5%
では、受付帳への開示請求はどれほどの規模なのでしょうか。前出の総務省の資料によると、令和7年度(2025年4月〜2026年3月)に国の行政機関が受け付けた開示請求は23万3887件に上ります。
このうち法務省あては17万4444件で、さらにその中の15万870件が受付帳を対象とした請求でした。受付帳だけで、国全体の開示請求の64.5%、法務省あての請求の86.5%を占めた計算です。
たとえば15万870件を年間の開庁日(約240〜250日)で割ると、1日あたり600件を超える請求が全国の法務局に寄せられていたことになります。ただし1回の請求で複数の物件情報が開示されることもあるため、この件数がそのままDMの通数や対象者数を表すわけではありません。
過去の推移も確認しておきましょう。総務省が毎年公表している同調査の令和5年度版・令和6年度版をあわせてみると、受付帳への開示請求と全体に占める割合は次のとおりです。
- 令和5年度:開示請求全体20万5660件のうち受付帳13万62件(63.2%)
- 令和6年度:開示請求全体21万5425件のうち受付帳13万8476件(64.3%)
- 令和7年度:開示請求全体23万3887件のうち受付帳15万870件(64.5%)
令和7年度は前年度から1万2394件(約9.0%)の増加となっています。同じ期間に国全体の開示請求は1万8462件増えており、増加分の約3分の2を受付帳が占めていました。
2024年4月に相続登記の申請が義務化され、相続による名義変更が増えていることも背景の一つと考えられます。
3. 2026年10月1日から何が変わった?受付帳に残るのは「受付の年月日」と「受付番号」だけ
開示請求の急増などを受けて、法務省は2025年10月10日に令和7年法務省令第49号を公布し、改正後の不動産登記規則が2026年10月1日から施行されました。
改正の柱は、受付帳の記録事項から「登記の目的」と「不動産所在事項」の2つを外したことです。2026年10月1日以降の受付分について、受付帳に残るのは「申請の受付の年月日」と「受付番号」の2項目だけになりました。
- 登記の目的(申出の目的):改正前は記録あり→改正後は記録なし
- 申請(申出)の受付の年月日:改正前・改正後とも記録あり
- 受付番号:改正前・改正後とも記録あり
- 不動産所在事項:改正前は記録あり→改正後は記録なし
相続人申告登記などの「申出」の受付についても、申出の目的と不動産所在事項は記録の対象外です。
東京法務局が2026年9月に出したお知らせでも、10月1日以降に登記が出された物件は、受付帳の開示を受けても「登記の目的」と「不動産所在事項」が表記されないと案内されています。
不動産登記受付帳の記録事項 改正前後の比較(2026年10月1日施行)3/4
出所:法務省「不動産登記規則等の一部を改正する省令案の概要に関する意見募集の結果について」、東京法務局「不動産登記受付帳の様式の変更について(お知らせ)」をもとにLIMO編集部作成
3.1 受付帳は「非公開」になったの?閲覧制限の目的とは
「受付帳が見られなくなった」と受け止めた方もいるかもしれませんが、受付帳そのものは引き続き開示請求の対象です。法務省は意見募集の結果の中で、今回の改正は受付帳を情報公開の対象外とするものではないという考え方を示しています。
法務省が改正の理由として挙げたのは、登記事務のデジタル化によって削除した項目が事務処理上不要になったことで、目的は業務の適正化と効率化です。DMの抑止は、公式の改正目的としては掲げられていません。
今回の改正を伝えるニュースを見て、「相続した実家に届く売却の手紙も、これで止まるだろう」と受け止めた方もいらっしゃるでしょう。
けれども、変わったのは受付帳に書き込む項目であり、受付帳そのものは今も開示請求ができます。法務省が示した改正理由も、登記事務のデジタル化に合わせた業務の見直しでした。
もう一つ覚えておきたいのは、不動産登記はもともと「誰がその不動産の持ち主か」を広く示すための制度だという点です。所有者の氏名や住所を登記事項証明書で確認できる仕組みは、取引の安全を守るために今後も続きます。受付帳の項目が減っても、この公示の役割そのものが弱まるわけではない点は、意外と見落とされがちです。
制度の変更点を正しく知っておくと、手紙が届いたときに必要以上に不安を抱えずに済むのではないでしょうか。次のページでは、10月以降も手紙が届きうる理由と、届いたときに頼れる公的な規定を確認していきます。
4. 10月以降もDMがすぐにはなくならないと考えられる理由は3つ
2026年10月以降も相続後のDMがすぐには止まらないと考えられる3つの理由4/4
各種資料をもとにLIMO編集部作成
10月1日以降の受付分については、受付帳から相続のあった物件をまとめて拾い出すことは難しくなりました。それでも、相続した実家への勧誘の手紙がすぐに途絶えるとは考えにくく、主な理由として次の3つが挙げられます。
4.1 理由1:9月30日までの受付分は従来の様式のまま
改正後の様式が使われるのは、2026年10月1日以降に受け付けた登記です。東京法務局のお知らせでも、9月30日までの受付帳は従前の様式とされています。
つまり、9月末までに申請された相続登記は、受付帳から目的や所在を読み取れる状態が続きます。夏ごろまでに名義変更を済ませた方は、しばらく手紙が届く可能性を念頭に置いておくと慌てずに済むでしょう。
4.2 理由2:登記事項証明書は改正後も誰でも取得できる
不動産登記は、権利関係を公示して取引の安全を守るための制度です。今回の改正後も、登記事項証明書を請求すれば所有者の氏名や住所を確認できる点は変わりません。
失われたのは、受付帳を通じて「最近相続があった物件」をまとめて見つける手段です。地番などがわかれば所有者を調べる方法は残っているため、相続人へのアプローチが完全に断たれたわけではありません。
4.3 理由3:すでに出回った情報は改正の対象外
もう一つは、改正前に開示された受付帳の情報や、それをもとに作られた名簿が事業者の手元に残っている可能性です。
省令改正は法務局の帳簿の様式を変えたもので、民間事業者がすでに持っている情報の削除まで求めるものではありません。過去の相続をきっかけにした手紙は、しばらく続くことも考えられます。
5. DMが届いたときに知っておきたい公的な規定2選
相続登記の直後に見知らぬ会社から手紙が届くと、「依頼した司法書士から情報が漏れたのでは」と心配になる方もいるでしょう。東京司法書士会の前出の会長声明では、同会が2024年に実施した会員アンケートで、回答者の41.5%が依頼者から個人情報の漏洩を心配する相談や苦情を受けたことがあると答えたと紹介されています。
実際には、こうした手紙の多くは公開された登記情報をたどって送られていると考えられ、司法書士から情報が漏れたとは限りません。そのうえで、不要な勧誘を止めたいときに知っておきたい公的な規定を2つ紹介します。
5.1 規定1:個人情報保護法に基づく利用停止・消去の請求
個人情報保護委員会は「よくある質問」のQ9-21で、DMの停止や個人情報の消去を求められた場合の考え方を示しています。それによると、事業者はDMの送付を利用目的として特定し、本人に通知または公表しておく必要があります。
そのうえで、本人が送付停止を求めたにもかかわらずDMが繰り返し届く場合は、個人情報保護法第35条に基づく利用停止等の対象となりうる事例として挙げられています。まずは手紙に記載された問い合わせ先に、今後の送付を望まないことをはっきり伝えるのが第一歩です。
5.2 規定2:宅地建物取引業法施行規則による勧誘の制限
宅地建物取引業者には、勧誘の方法にも制限があります。宅地建物取引業法施行規則第16条の12は、相手が契約を締結しない意思(勧誘を引き続き受けたくない意思を含む)を示したのに勧誘を続けることや、迷惑を覚えさせるような時間に電話・訪問することなどを禁じています。
断ったのに連絡がやまないときは、業者に免許を与えた都道府県や地方整備局の窓口、または局番なしの「188」でつながる消費者ホットラインに相談できます。
6. まとめにかえて|相続した不動産は「自分のタイミング」で考える
今回の見直しで、10月以降に受け付けた登記は受付帳から物件を特定しにくくなりました。それでも受付帳は開示請求の対象として残り、登記事項証明書で所有者を調べられる点も以前と同じです。
売却を勧める手紙が届いたときは、次の3点を意識しておくと落ち着いて対応しやすくなります。
- 手紙の査定額は参考情報にとどめる:記載された金額が魅力的に見えても、その場で媒介契約などを急いで結ぶ必要はありません。
- 売却を考えるなら相談先は自分で選ぶ:複数の不動産会社に査定を依頼し、価格の根拠や販売の進め方を比べてから決めると安心です。
- 不要な手紙は送付停止を申し入れる:日本郵便が配達した郵便物であれば、未開封のまま「受取拒絶」と書き、署名か押印をして返す方法もあります。ただし、ポストに直接投函されたチラシや、日本郵便以外の事業者が配達するメール便などには使えません。
制度の変化を知っておけば、届いた手紙に振り回されずに済みます。実家をどうするかは、ご自身とご家族の暮らしに合わせて決めていきましょう。
7. 【筆者コメント】熊谷良子
相続の手続きが一段落したころは、税金の確認や遺品の整理なども重なり、気持ちにゆとりを持ちにくい時期ではないでしょうか。そんなときに届く売却の手紙は、思いがけず頼れる相談先のように見えることもあります。
けれども、実家をいつ、どのような形で手放すか、あるいは残すかを決めるのは、相続したご本人とご家族です。手紙の金額だけで判断せず、まずは国土交通省の「不動産情報ライブラリ」で近隣の取引価格を調べ、相場の目安をつかんでおくと比べる物差しになります。手紙に書かれた金額が相場とかけ離れていないかを確かめるだけでも、気持ちに余裕が生まれるはずです。
売却を考えるなら複数の会社に査定を頼み、残すと決めたなら管理の方法を家族で話し合う。どちらを選ぶにしても、決めるのは自分のペースで構いません。今回の改正をきっかけに、実家の将来を落ち着いて考える時間をつくってみてください。
参考資料
- 総務省「令和7年度における行政機関情報公開法の施行の状況について」(2026年9月)
- 総務省「令和6年度における行政機関情報公開法の施行の状況について」(2025年9月)
- 総務省「令和5年度における行政機関情報公開法の施行の状況について」(2024年9月)
- 法務省「不動産登記規則等の一部を改正する省令案の概要に関する意見募集の結果について」(2025年10月)
- 東京法務局「不動産登記受付帳の様式の変更について(お知らせ)」(2026年9月)
- 法務省「相続登記の申請義務化について」
- 東京司法書士会「国民の個人情報やプライバシーの保護の観点から、不動産登記受付帳の記録事項や開示手続の在り方の見直しを求める会長声明」(2025年7月2日)
- 個人情報保護委員会「よくある質問 Q9-21」
- 国土交通省「宅地建物取引業法施行規則の一部改正について」
