国の年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産額は、2026年度第1四半期末で317兆7,596億円です。

この金額をどう配分しているかというと、「国内債券・外国債券・国内株式・外国株式をそれぞれ25%ずつ、4つに等分しているだけ」です。

317兆円を動かす組織が、これほど単純な配分にしている。その理由をたどっていくと、「安全とは何か」という問いに行き着きます。

1. 317兆円を、4つに等分している

まず、いまの配分を確認しておきましょう。

第5期中期目標期間(2025年4月から2029年度まで)の基本ポートフォリオは、4資産それぞれ25%です。金額にすると、1資産あたり約79兆円ということになります。

2026年度第1四半期末の実際の構成割合は、国内債券25.59%、外国債券24.60%、国内株式24.48%、外国株式25.33%。ほぼ目標どおりに保たれています。

運用目標は「名目賃金上昇率を1.9%上回る」ことです。GPIFはこれを実質的な運用利回りと呼んでいます。

ここは注意が必要なところです。GPIFの言う「実質」は、物価ではなく賃金が基準になっています。年金の給付額が賃金や物価に連動して決まるため、それを上回らなければ積立金が目減りするという考え方です。

2. 全額を国内債券にすると、実質リターンは▲0.8%

では、なぜ株式を半分も持っているのでしょうか。

「公的年金なのだから、全額を国内債券で安全に運用すればよいのではないか」ーーーそう考える方もいるかもしれません。

GPIFは、その選択肢も試算しています。第5期の基本ポートフォリオ策定資料から、二つを並べてみます。

基本ポートフォリオ/全額国内債券

  • 実質的なリターン: 1.9%/▲0.8%
  • 標準偏差: 10.34%/2.60%
  • 目標を下回る確率: 42.3%/60.8%

全額を国内債券で運用した場合の実質リターンは、▲0.8%。必要な1.9%に届かないどころか、マイナスです。

資料には「いずれのシナリオにおいても実質的なリターン1.9%が確保できない結果」と書かれています。条件によっては足りない、ではありません。どう転んでも足りないということです。

3. 「安全」の意味は、目標によって変わる

ここが、この試算のいちばん面白いところだと思います。

全額国内債券の標準偏差は2.60%で、基本ポートフォリオの10.34%よりはるかに小さい。値動きという意味では、たしかに安全です。

ところが、目標を下回る確率は60.8%。基本ポートフォリオの42.3%を大きく上回ります。

値動きが小さいほうが、目標に届かない可能性は高い。言い換えれば、揺れないことと、目的地に着くことは別だということになります。

GPIFが株式を持っているのは、リターンを狙いにいっているからではありません。全額を債券にすると目標に届かないからです。そもそもの考え方の順番が逆になっています。

4. リスクは消えたのではなく、形が変わった

ただし、分散すれば安心という話でもありません。

同じ資料には、下振れしたときの深さも載っています。最悪に近い5%の場面で平均どれだけ下回るかを示すCVaRという指標で、基本ポートフォリオは▲18.3%、全額国内債券は▲6.7%です。

分散によって目標未達の確率は下がりましたが、外したときの傷は深くなっています。

そして目標を下回る確率は、分散しても42.3%あります。4割以上の確率で届かない想定を、GPIFは受け入れたうえでこの配分を選んでいます。

資産を分散する分散投資でリスクをなくしたのではなく、リスクの形を取り替えた。この理解のほうが正確だと思います。

5. GPIFの運用方針で個人が持ち帰れるのは、配分そのものではない

では、「個人投資家も4資産を25%ずつ持てばよい」のでしょうか。

そこは慎重に考えたいところです。

GPIFには数十年先まで続く給付という負債があり、社会保険料の構造を考えると、収入が賃金に連動するという前提があります。個人の事情はそれぞれ違いますから、同じ配分が最適になる理由はありません。

GPIFからのインプリケーションは、配分の数字ではなく手順のほうです。

GPIFがやっているのは、①達成すべき利回りを先に決める、②その利回りに届く配分を探す、③届かない配分は、値動きが小さくても採用しない——ーこの3つのステップです。これは、パーソナルファイナンスでも有効な考え方です。

こうしてみてもらえると、GPIFの運用方針は相場の見通しから入っていません。「これから何が上がるか」ではなく、「いくら必要か」から始めているのが、この配分の出発点です。これはパーソナルファイナンスでも「ゴールベースアプローチ」とよばれるものです。

※株式と債券の性質の違いについては「元機関投資家が教える株式投資と債券投資のメリットとデメリットー知っておきたい12の視点」で整理しています。

6. 元機関投資家イズミダの視点

機関投資家の運用が個人の投資と決定的に違うのは、先に守るべき数字があることです。

年金であれば給付、保険であれば支払い。いつ、いくら払う必要があるのかが決まっていて、そこから逆算して配分が決まります。相場観から配分が決まることはありません。

個人の場合、この順番が入れ替わりがちです。何が上がりそうかという話が先に来て、必要な利回りがいくらなのかは後回しになります。順番が逆だと、相場が動くたびに配分も動いてしまいます。

GPIFの試算が教えてくれるのは、目標を決めないとリスク(側面としての安全性)も決まらないということだと思います。全額国内債券は、値動きという物差しでは安全で、目標達成という物差しでは最も危険でした。どちらの評価も正しく、違うのは物差しのほうです。

もうひとつ、実質で考えるという姿勢も見ておきたいところです。GPIFは名目の利回りではなく、賃金上昇率を差し引いた実質で目標を置いています。個人にとっての基準は賃金ではなく物価になりますが、名目の数字だけを見ないという構えは同じです。この点は「【個人向け国債】変動10年タイプは本当にインフレに強いのか?」でも触れました。

自分はいくら必要なのか。それは実質でいくらか。その利回りに届く配分はどれか。

順番をこう置けば、相場を当てにいかなくても配分は決まります。317兆円を運用する組織がやっているのも、突き詰めればそれだけのことです。

泉田 良輔