「国民年金と厚生年金は両方もらえる」と聞いて、その仕組み自体は知っている人も多いかもしれません。ただ、「両方もらえる」という言葉の先に、もう一つ知っておくと得をする選択肢があることは、意外と知られていません。

それが「繰下げ受給を、国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)で別々のタイミングに選べる」という仕組みです。この記事では、日本年金機構の公式情報をもとに、編集部でこの選択肢を整理します。

「どちらか一方だけ早くもらって、もう一方は増額を待つ」という選び方ができることを知らないまま、なんとなく同じタイミングで両方を受け取ってしまう人は少なくないはずです。

なお、国民年金・厚生年金の基本的な仕組みや平均受給額の実態については、下記の記事より一部を引用・参照しています。
【国民年金+厚生年金】月15万円(年180万円)以上もらう人は何%?平均受給額を一覧で確認!私的年金の見直しで押さえておきたいポイント

1. 「両方もらえる」の先にある、もう一つの選択肢

まず、「両方もらえる」という言葉が、具体的に何を意味しているのかを確認します。

1.1 厚生年金加入者は、国民年金にも自動的に加入している

会社員や公務員として厚生年金に加入している人は、同時に国民年金(老齢基礎年金の土台となる第2号被保険者)にも加入しています。そのため、老後には老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を受け取れる仕組みになっています。これが「両方もらえる」の基本的な意味です。

ここまでは、比較的よく知られた話です。しかし、「両方もらえる」という事実を知っていても、「両方を同じタイミングで受け取らなければならない」と思い込んでいる人は少なくありません。

実際には、老齢基礎年金と老齢厚生年金は、それぞれ独立した年金として扱われています。同じ人が両方の受給権を持っているからといって、受け取り方まで一つにまとめなければならないというルールはありません。この「独立して扱われている」という点が、この記事で扱う選択肢の土台になります。

齊藤 慧
「両方もらえる」という言葉だけを聞くと、受け取り方まで一体化していると考えてしまいがちです。実際には、それぞれの年金を別々のタイミングで受け取り始めるという選択肢が用意されており、この違いを知っているかどうかで老後の見通しの立て方が変わってきます。

2. 編集部整理:老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げられる

この記事の核心となる、繰下げ受給の選択肢について確認します。

2.1 「どちらか一方だけ」繰下げすることもできる

日本年金機構によると、老齢基礎年金と老齢厚生年金は、それぞれ別々に繰り下げることができます。片方だけを65歳から通常どおり受け取り、もう片方だけを66歳以降に遅らせて増額を狙う、という選び方も可能です。

増額率は「0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数」で計算され、上限は84%(75歳まで繰り下げた場合)です。この増額は、繰り下げた方の年金についてのみ生涯続きます。もう片方の年金は、通常どおりの金額で受け取り続けます。

2.2 【繰下げ受給の増額率(日本年金機構公表情報より編集部整理)】

前提条件:日本年金機構の公表情報に基づき、繰下げ受給の増額率の目安を編集部で整理1/2

前提条件:日本年金機構の公表情報に基づき、繰下げ受給の増額率の目安を編集部で整理

出所:日本年金機構「年金の繰下げ受給」などを基にLIMO編集部作成

  • 66歳まで繰下げ:増額率8.4%
  • 70歳まで繰下げ:増額率42.0%
  • 75歳まで繰下げ(上限):増額率84.0%

この増額率は、老齢基礎年金・老齢厚生年金のどちらにも共通して適用されます。片方だけを繰り下げれば、その年金の分だけ増額率が反映され、もう片方は繰り下げなかった分だけ早く、通常額で受け取れることになります。

齊藤 慧
「繰下げ」と聞くと、両方の年金をまとめて先送りする制度だと考えてしまう人が多い印象があります。実際には片方だけを対象にできるという柔軟さがあり、この違いを知っているかどうかで老後の資金計画の立てやすさが変わってきます。

3. 【編集者の視点】

実務上のポイントは、この選択が「申出のタイミングで初めて確定する」という点です。65歳の時点で両方を受け取るか、片方だけ繰り下げるかをあらかじめ決めておく必要はなく、66歳以降になってから、その時点の生活資金の状況を見て申出内容を選ぶことができます。

たとえば、65歳で退職直後は生活費の見通しが立てにくいため、まずは片方の年金だけを受け取り始め、もう片方は請求せずに繰下げ待機にしておきます。

その後、貯蓄や再雇用の収入で当面の生活が安定してきたタイミングで、繰り下げていた方の年金を請求して増額分を確定させる、という柔軟な使い方も想定できます。

4. なぜ、この選択肢が使われないまま埋もれやすいのか

制度として用意されているにもかかわらず、この選択肢が実際にはあまり活用されていない背景を考えます。

4.1 「両方同時に受け取る」が既定路線になりやすい

年金の受給開始年齢を検討する際、多くの人はまず「何歳から受け取り始めるか」という1つの年齢を考えます。老齢基礎年金と老齢厚生年金という2つの年金が別々に管理されているという発想自体が、最初から選択肢に上がりにくい構造になっています。

年金事務所の窓口や請求書類でも、通常は両方をまとめて手続きする案内が基本になっているため、「別々にできる」という情報にたどり着く前に、両方同時の受給を選んでしまうケースが多いと考えられます。

また、「繰下げ」という制度そのものが、年金全体を先送りする1つの決断として語られることが多いのも一因です。ニュースやコラムで繰下げ受給が話題になる際も、「何歳まで待てば得か」という単一の年齢を軸にした説明が中心で、老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に考えるという視点は、あまり前面に出てきません。

4.2 【受給開始の組み合わせパターン】

前提条件:日本年金機構の公表情報に基づき、受給開始の組み合わせパターンを編集部で整理2/2

前提条件:日本年金機構の公表情報に基づき、受給開始の組み合わせパターンを編集部で整理

出所:日本年金機構「年金の繰下げ受給」などを基にLIMO編集部作成

  • 両方とも65歳から受給:最も一般的な受け取り方で、増額はありません
  • 両方とも繰下げ:老齢基礎年金・老齢厚生年金の両方が、繰下げ月数に応じて増額されます
  • 片方だけ繰下げ:繰り下げた方の年金だけが増額され、もう片方は通常どおりのタイミングで受給できます
齊藤 慧
3つのパターンを並べてみると、「片方だけ繰下げ」という選択肢が、意外と現実的な老後設計に合う場面があると気づく人もいるはずです。全部受け取るか、全部先送りするかの二択ではない、という発想の転換が老後資金の計画を立てるうえで役立ちます。

5. 【編集者の視点】

注意しておきたいのは、この選択肢が「どんな人にも得になる」わけではないという点です。繰下げによる増額は魅力的に見えますが、繰り下げている間はその年金を受け取れないため、当面の生活資金が不足するリスクとのバランスを考える必要があります。

片方だけ繰り下げるという選択は、「最低限の生活費は通常どおり受け取りながら、余裕のある方の年金だけ増額を狙う」といった、リスクを抑えた設計にも使えます。自分の生活資金の見通しと照らし合わせて検討することが大切です。

6. どんな人が、この選択肢を検討する余地があるか

「片方だけ繰下げ」が、具体的にどのような場面で選択肢になりうるかを整理します。

6.1 再雇用や退職後の収入に見通しがある人

65歳以降も再雇用などで一定の収入がある人は、当面の生活費を給与でまかなえるため、老齢厚生年金だけを繰り下げて増額を狙う、という考え方ができます。一方、老齢基礎年金は生活の土台として通常どおり受け取っておく、という組み合わせです。

逆に、給与収入がなく年金だけで生活する予定の人にとっては、片方だけでも繰り下げると当面の生活費が目減りするリスクが大きくなります。この場合は、両方とも65歳から受け取るか、繰下げを見送るという判断のほうが現実的な場面もあります。

退職金やそれまでの貯蓄で数年分の生活費をまかなえる見通しがある人も、その期間だけ片方の年金を繰り下げて増額を狙う、という選択肢が現実的になりやすい層です。逆に、貯蓄に余裕がない人ほど、繰下げによる目先の減収リスクを慎重に見極める必要があります。

6.2 どちらの年金額が大きいかによって、狙いが変わる

厚生年金の加入期間が長く、老齢厚生年金の受給見込み額が大きい人ほど、その部分を繰り下げたときの増額幅(金額ベース)も大きくなります。逆に厚生年金の加入期間が短く、老齢基礎年金の比重が大きい人は、老齢基礎年金側を繰り下げる方が増額の効果を感じやすい場合もあります。

どちらの年金額が大きいかは、ねんきん定期便やねんきんネットで確認できます。「片方だけ繰下げ」を検討する際は、まず自分の年金の内訳を把握しておくことが出発点になります。

会社員として長く勤めた人は老齢厚生年金の比重が大きくなりやすく、自営業期間が長い人や専業主婦(夫)期間が長い人は老齢基礎年金の比重が相対的に大きくなる傾向があります。自分がどちらに近いかを踏まえて検討すると、判断の材料が整理しやすくなります。

齊藤 慧
「繰下げは得か損か」という二択で考える前に、まず自分の老齢基礎年金と老齢厚生年金がそれぞれいくらなのかを把握しておくことが大切です。内訳を知って初めて、片方だけ繰り下げる価値があるかどうかを判断できます。

7. 繰下げの申出方法と、知っておきたい注意点

実際に繰下げを選ぶ場合の、基本的な流れを確認します。

7.1 繰下げ請求書は、受け取りたいタイミングで提出する

老齢基礎年金・老齢厚生年金を受け取る時点で、それぞれについて「繰下げ請求書」を年金事務所または年金相談センターに提出します。66歳以降であれば、老齢基礎年金と老齢厚生年金を異なる時期に繰り下げて請求することも可能です。

65歳の時点で自動的に受給が始まるわけではなく、繰下げを希望する場合は、受け取りたい年齢になった時点で自分から手続きをする必要があります。手続きを忘れたまま放置しても、増額の権利自体は残りますが、実際に受け取るまでは年金が支給されません。

「まだ考え中だから、とりあえず手続きを先延ばしにしておこう」という状態は、結果的に繰下げを選んでいるのと同じ扱いになります。増額のタイミングを自分でコントロールしたい場合は、意識的に申出のタイミングを決めておくことが大切です。

7.2 片方だけ繰下げる場合、もう片方の請求手続きは別に必要

片方の年金だけを繰り下げる場合、繰り下げない方の年金については、65歳になった時点で通常どおりの受給開始手続き(年金請求書の提出)が必要です。「繰り下げない方は自動的に振り込まれる」というわけではなく、こちらも自分で請求の手続きをして初めて支給が始まります。

つまり、「片方だけ繰下げ」を選ぶ場合は、65歳の時点で通常受給の請求手続きを一度行い、その後、繰り下げていたもう片方について、受け取りたいタイミングで改めて繰下げ請求書を提出する、という2段階の手続きになります。うっかり両方をまとめて後回しにしてしまうと、繰り下げるつもりのなかった方の年金まで請求が遅れ、受け取れるはずだった期間の年金を取りこぼしてしまう可能性があります。

齊藤 慧
「片方だけ繰下げ」は、手続きの手間も片方だけで済むと誤解されがちですが、実際には繰り下げない方の請求も別途必要になります。2つの年金を別々の手続きとして意識しておくことが、取りこぼしを防ぐポイントです。

※本記事は、編集部が日本年金機構が公表する公式の最新情報を直接確認の上、執筆・検証しています。

8. まとめ

  • 老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金(厚生年金)は、両方もらえるだけでなく、繰下げ受給を別々のタイミングで選ぶこともできます。
  • 増額率は0.7%×繰下げた月数(最大84%)で、繰り下げた方の年金についてのみ、生涯にわたって増額が続きます。
  • 「両方同時に受け取る」以外にも、片方だけ繰下げるという選び方が制度上用意されています。
  • 繰下げによる増額にはメリットがある一方、繰り下げている間は当面の生活資金が不足するリスクとのバランスを考える必要があります。
  • 繰下げ請求書は、受け取りたいタイミングで自分から年金事務所または年金相談センターに提出する必要があります。

「国民年金と厚生年金は両方もらえる」という事実の先には、「両方を同じタイミングで受け取らなくてもよい」という、もう一つの選択肢があります。この仕組みを知っているかどうかで、老後の資金計画の立てやすさは大きく変わってきます。

受給開始年齢を「1つの決断」として捉えるのではなく、老齢基礎年金・老齢厚生年金という2つの年金それぞれについて考える、という視点を持っておくだけでも、選択の幅は大きく広がります。

自分にとってどの組み合わせが合っているか判断に迷う場合は、年金事務所や年金相談センターに相談することをおすすめします。ねんきん定期便やねんきんネットで自分の年金の内訳を確認しておくと、相談の際もスムーズです。

9. よくある質問

9.1 Q. 国民年金と厚生年金は、本当に両方もらえるのですか。

A. はい。厚生年金に加入している人は同時に国民年金(第2号被保険者)にも加入しているため、老後には老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を受け取れます。

9.2 Q. 国民年金と厚生年金の繰下げは、必ず一緒に行う必要がありますか。

A. いいえ。日本年金機構によると、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げることができ、どちらか一方のみ繰下げすることも可能です。

9.3 Q. 繰下げの増額率はどれくらいですか。

A. 0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数で計算され、最大84%(75歳まで繰り下げた場合)です。

9.4 Q. 片方だけ繰下げした場合、もう片方はいつから受け取れますか。

A. 繰り下げなかった方は、通常どおり65歳から受け取ることができます。繰下げは、あくまで対象にした方の年金についてのみ適用されます。

9.5 Q. 「片方だけ繰下げ」を選んだあと、気が変わったら途中でやめられますか。

A. 繰下げの申出をする前であれば、受け取りたいタイミングで通常どおりの請求に切り替えられます。年金事務所や年金相談センターに、自分の状況を踏まえて相談することをおすすめします。

参考資料

齊藤 慧