重工メーカーと聞いて思い浮かぶのは、造船所や橋、大型プラントといった類だろう。私もIHI(7013)を長らくその枠で見ていた。ところが決算のセグメント情報を1枚めくると、利益を生んでいる場所は別にある。社名の由来と現在の稼ぎ頭の間には、20年分のズレがある。
※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
- 2026年3月期は報告4セグメントの営業利益1,527億円のうち、1,124億円を航空・宇宙・防衛が稼いだ
- 株価は2026年8月14日の3,028円から8月26日は2,638円まで水準を下げ、直近時点のPERは16.3倍、PBRは4.0倍
- 2027年3月期1Qは営業利益732億円で前年同期比+250.5%だが、増益の作られ方は稼ぎ頭の伸びとは別のところにある
1. 社名の由来は造船所、利益の出どころは航空エンジン
この会社の沿革は1853年にさかのぼる。有価証券報告書には、ペルリ渡来を動機として隅田河口の石川島に幕命により創設されたと記されている。
1960年12月に播磨造船所を合併して石川島播磨重工業となり、2006年10月に商号をIHIへ変更した。石川島も播磨も、もとは造船所の名だ。
社名から造船や橋梁、プラントを連想するのは、その意味でまったく自然な反応である。
ところが現在の報告セグメントは4つに分かれている。資源・エネルギー・環境、社会基盤、産業システム・汎用機械、そして航空・宇宙・防衛だ。
最後のひとつに入っているのは、航空エンジン、ロケットシステム・宇宙利用、防衛機器システムである。会社は民間向け航空エンジンについて、小型から超大型クラスに至るベストセラーエンジンの開発・量産事業に参画しているとしている。
宇宙の側も出自がはっきりしている。2000年7月に日産自動車から宇宙航空事業を譲り受け、IHIエアロスペースとして営業を開始した。ロケットの系譜はここから来ている。
造船所として始まった会社が、いまは空と宇宙で稼ぐ会社になっている。イメージが古いのではなく、会社の中身が入れ替わったのだ。
2. 売上の4割弱で営業利益の7割超を稼ぐという偏り
数字を並べると、偏りの度合いがはっきりする。2026年3月期の航空・宇宙・防衛は、売上収益(IFRS)6,481億円、営業利益1,124億円だった。売上収益は連結の39%にあたる。
他の3つはどうか。産業システム・汎用機械が売上収益4,388億円で営業利益307億円、資源・エネルギー・環境が3,734億円で59億円、社会基盤が1,296億円で37億円である。
報告4セグメントの営業利益を合計すると1,527億円。うち1,124億円が航空・宇宙・防衛だ。残る3事業の合計403億円に対して、3倍に近い。
セグメント別の営業利益率も17.3%で、7.0%、1.6%、2.8%と並ぶ他事業とは水準が違う。売上の4割弱しか占めない事業が、利益の7割超を担っている。
会社自身も稼ぐ場所と支える場所を分けている。民間向け航空エンジンと防衛は原子力とあわせて成長事業と位置づけ、キャパシティ拡充への投資を計画的に実行するとしている。残る3分野は安定収益事業と呼び、ライフサイクルビジネスで効率的にキャッシュを生むことを狙う。
重厚長大な事業の集まりと聞くと、景気に振られながらも緩やかに動く姿を思い描きやすい。だがこの会社の実データはその逆で、振れ幅が極端に大きい。
航空・宇宙・防衛の営業損益を5期並べてみる。2022年3月期は▲93億円、2023年3月期が361億円、2024年3月期は▲1,028億円、2025年3月期が1,227億円、2026年3月期が1,124億円だ。
全社の数字も同じ形で動いている。2024年3月期の営業損益は▲701億円、当期損益も▲682億円の赤字だった。それが2025年3月期に営業利益1,435億円、2026年3月期は1,655億円まで戻っている。
振れ幅の源はどこにあるのか。会社の説明では、この分野の収益はスペアパーツやアフターマーケットの伸びに支えられる一方、整備費用の増加が利益を押し下げる年もある。同じ事業の中に、伸びる部分と重い部分が同居しているわけだ。
結果として、会社全体の損益が事実上このセグメント1本で決まる構造になっている。多角化した重工グループという見え方と、実際の損益の作られ方は、かなり違う。
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出所:株式会社IHI 有価証券報告書をもとに筆者作成
3. 上げ幅を吐き出した2026年8月後半と、PER16倍台という現在地
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出所:各種資料をもとに筆者作成
株価に目を移す。直近1カ月の21営業日で見ると、2026年7月28日の終値は2,775円だった。
そこから2026年8月14日に3,028円まで水準を上げ、これが今回の期間で最も高い終値になった。だが後半は一貫して切り下がり、8月26日の終値は2,638円。この21営業日で最も低い終値である。
前営業日の2,696円からは▲2.2%、期間の起点比では▲4.9%、8月14日の水準からは▲12.9%となる。1カ月全体では小幅な下落だが、月の後半だけを取れば水準の切り下げは明確だ。
直近時点のPER(株価収益率)は16.3倍、PBR(株価純資産倍率)は4.0倍である。機械業種のROE(自己資本利益率)中央値が7.8%であるのに対し、この会社の2026年3月期のROEは28.4%だった。PBRが4倍台に乗っているのは、この資本効率の水準を映している面があるだろう。
では8月後半の下げは何だったのか。株価が動く理由は断定できないが、見立てはいくつか置ける。2027年3月期1Qは大幅な増益になった一方、受注高は前年同期比▲15.0%と減った。しかも増益の中には、不動産譲渡に伴う400億円の利益計上が含まれている。
利益の伸びが続くのか、今期に限った要素を含むのか。判断が分かれやすい決算だったとみられる。防衛や航空関連は相場全体の思惑にも振られやすく、需給の要素も無視できない。
決算の数字と株価の方向が一致しないのは、よくあることだ。むしろ一致しないときこそ、中身を分けて見る価値がある。
4. 筆者コメント
なぜ社名の由来と稼ぎ頭のズレは、20年たっても埋まらないのか。
造船所や橋、プラントは目に見える。街の風景の中にあり、写真にも写る。一方で航空エンジンは機体の中に収まり、乗客の目に触れない。しかも空の旅は完成機メーカーの名前で語られる。装置や部品を供給する側は、最終製品の名前に隠れてしまう。
理由はもうひとつある。この事業の損益は、年によって符号が変わるほど振れる。安定した稼ぎ頭として語りにくいのだ。語られなければ、イメージも更新されない。
投資家にとっては、このズレ自体が観察の材料になる。決算短信のセグメント情報を1枚めくるだけで会社の見え方が変わる銘柄は、ほかにもあるだろう。
連結の増減率だけで会社の性格を決めてしまわず、どの事業がどれだけ稼いでいるかを自分の手で確かめる癖をつけることをおすすめしたい。