海運という言葉から連想されるのは、巨大な船と、それを買い続けるための重い投資ではないだろうか。川崎汽船(9107)の直近1カ月の株価は、その連想とは少し違う方向を見ているように思える。稼いだ現金がどこへ流れているのか。まずはそこから入りたい。
※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
- 2027年3月期1Qは経常利益240億円。通期の当期純利益予想は5月時点の950億円から1,350億円へ引き上げられた
- 株価は7月28日の2,816円から8月26日の3,306円へ、1カ月で17%上昇。直近時点のPERは15.31倍、PBRは1.15倍
- 前期の営業キャッシュフロー2,647億円に対し、投資キャッシュフローは▲351億円。現金は借入返済と株主還元へ向かっている
1. 1カ月で17%上げた株価が織り込んだもの
まず値動きを追っておこう。7月28日の終値は2,816円だった。
そこから8月5日には2,715円まで下押しし、直近1カ月では最も低い水準をつけた。
流れが変わったのは8月中旬だ。8月17日に3,072円、8月21日に3,405円と水準を切り上げ、8月24日には3,465円まで到達した。
ただし勢いはそこで止まる。8月25日は3,421円、8月26日は3,306円と2営業日続けて上げ幅を吐き出した。
起点と終点だけを並べれば、1カ月で17%の上昇である。その間に会社側からは2つの開示が出ていた。7月24日の2027年3月期業績予想の修正と、8月4日の1Q決算だ。株価が動いた理由を一つに絞ることはできないが、この2つが意識された可能性は高い。
2. 当期純利益予想が950億円から1,350億円へ動いた意味
数字を確認する。2027年3月期1Qは売上高2,868億円、営業利益195億円、経常利益240億円、四半期純利益233億円だった。1株当たり四半期純利益は37円42銭である。
注目したいのは通期予想の変化だ。2026年5月の前期決算時点では、通期の当期純利益予想は950億円だった。それが1Q時点では1,350億円まで引き上げられている。
1Q時点の通期予想は、売上高1兆700億円で前期比+5.1%、営業利益850億円で+1.0%、経常利益1,350億円で+23.7%、当期純利益1,350億円で+1.5%。配当予想は1株120円で据え置かれた。
ここで前期の姿を挟んでおきたい。2026年3月期通期は売上高1兆183億円で前期比▲2.8%、営業利益841億円で▲18.2%、経常利益1,091億円で▲64.6%、当期純利益1,329億円で▲56.5%だった。
営業利益の減少幅が2割弱にとどまる一方、経常利益が6割超も減っている。この差は営業外収益の縮小によるものだ。2025年3月期の2,143億円から2026年3月期は380億円へ落ちており、営業利益と経常利益の乖離はほぼここで説明がつく。
会社によれば、前期は持分法による投資利益227億円を計上し、そのうち持分法適用関連会社であるOCEAN NETWORK EXPRESS PTE. LTD.からの計上額が150億円を占めた。コンテナ船事業を切り出した合弁会社の収益が、連結の営業外に乗ってくる構造である。
次期の前提についても、会社は為替1ドル150円82銭、燃料油価格1トン697ドルを置いたうえで、ドライバルクは大型船の新造船竣工量が限定的で船腹供給が抑制され需給は引き締まると見込む。エネルギー資源はLNG船やLPG船などの中長期契約に支えられて底堅く、製品物流の自動車船事業では新興国を中心に販売台数の伸びを見込みつつ、紅海やペルシャ湾周辺の海上輸送環境には不透明さが残るとしている。
3. PER15倍台・PBR1.1倍台の水準と、現金の行き先
8月26日時点のPER(株価収益率、株価が1株当たり利益の何倍かを示す指標)は15.31倍、PBR(株価純資産倍率、株価が1株当たり純資産の何倍かを示す指標)は1.15倍である。
1株当たり純資産は前期末で2,852円。株価3,306円はその1.1倍強という位置にある。
海運株のPBRは1倍を下回る期間が長かった。その水準を超えたところで足元の値動きが起きている点は、押さえておきたい。
では、この会社の現金はどこへ向かっているのか。2026年3月期の営業キャッシュフローは2,647億円だった。これに対し投資キャッシュフローは▲351億円、財務キャッシュフローは▲1,247億円である。
営業で稼いだ額の1割強しか投資に出ていない。残りは借入の返済と株主還元に回っている計算だ。配当の支払額は701億円に達した。
自己株式の取得も進む。自己株式を除いた発行済株式数は前期末の6億3,209万株から、1Q末には6億530万株へ減った。1四半期で4%あまりが消えたことになる。
船で稼ぐ会社が、船よりも自社の株と負債の圧縮に現金を向けている。この構図を頭に置いておくと、株価が動いたときに見る場所が変わってくるはずだ。
4. 筆者コメント
では、今回の上方修正で何が増えたのか。ここを分けて見ておきたい。
1Q時点の通期予想は、営業利益が前期比+1.0%にとどまる一方、経常利益は+23.7%を見込む。増えるのは本業の運賃収入ではなく、その外側だ。
海運株の利益が振れやすいと言われる理由の一つは、この構造にある。持分法で乗ってくる合弁会社の損益は、自社の運航効率やコスト削減の努力とは別の回路で動く。良いときは一気に乗り、悪いときは一気に引く。
つまり予想の引き上げを「本業が強くなった」と読むのは早い。営業利益850億円という控えめな数字のほうが、運賃市況に対する会社の姿勢を映していると私は見ている。
株価の水準を評価するのではなく、増える利益がどの階層から来ているかを分けて追う。海運株ではこの手順を省かないよう意識したいところだ。
