5. 第4章 資本政策の転換

フリーキャッシュフローがマイナスに転落したということは、本業で稼いだお金だけでは、現在の猛烈なAI設備投資を賄いきれなくなっていることを意味します。その結果、Alphabetの「資本政策(お金の使い道と集め方)」に歴史的な転換が生じています。

その最も象徴的な出来事が、「自社株買い」の停止です。

図5 四半期ごとの自社株買い実行額(2四半期連続でゼロ)5/8

図5 四半期ごとの自社株買い実行額(2四半期連続でゼロ)

出所:SEC EDGAR XBRL(自社株買い)およびAlphabet Form 10-Q(2026年6月30日)を基にイズミダイズム作成

自社株買い(バイバック)とは、企業が余剰資金を使って自社の株式を市場から買い戻すことです。買い戻された株式は通常消却されるため、市場に出回る株式の総数が減り、結果として1株あたりの利益(EPS)や1株あたりの価値が向上します。投資先がない場合に株主へ報いるための最も有効な手段の一つです。

グラフが示す通り、Alphabetは多い時で四半期に160億ドル以上もの巨額な自社株買いを実行していました。しかし、2025年7-9月期以降にその金額は急速に減少し、2025年10-12月期の約55億ドルを最後に、2026年1-3月期、そして今回の4-6月期と、2四半期連続で自社株買いの実行額が完全にゼロとなりました。

重要なのは、これが「買い戻し枠を使い切ったから」ではないということです。会社側は2025年4月に700億ドルの買い戻し枠を承認しており、2026年6月末時点でもそのうち695億ドルが未使用のまま残っています。つまり、いつでも買える枠があるにもかかわらず、「あえて実行しない」という選択をしているのです。

会社側は自社株買いを停止した理由を公式には開示していません。ただ、自社株買いがゼロになった事実と、同時期の設備投資(Capex)が前年同期比2.0倍に膨れ上がっている事実は、並べて見る価値があります。

泉田氏はこの状況について、「自社株買いしてる場合じゃねえよということで、設備投資の方にお金回してるっていうのが分かります」と、プロの視点からその背景を読み解きます。

内部で稼ぐフリーキャッシュフローがマイナスになり、自社株買いを止めてもなお資金が足りない場合、企業が取るべき行動は一つしかありません。外部からの資金調達(ファイナンス)です。

図6 自社株買いから外部調達へ(財務活動キャッシュフローの内訳と長期負債)6/8

図6 自社株買いから外部調達へ(財務活動キャッシュフローの内訳と長期負債)

出所:Alphabet Form 10-Q(2026年6月30日)連結キャッシュフロー計算書・貸借対照表・Note 6・Note 11を基にイズミダイズム作成

Alphabetは現在、かつてない規模で外部から資金をかき集めています。

具体的には、新たに株式を発行して資金を集める「普通株の発行(手取り約305億ドル)」、将来株式に転換される「強制転換優先株の発行(手取り約190億ドル)」、そして投資家からお金を借りる「社債の発行(2026年通算で約518億ドル、51.8ビリオンドル)」を実行しています。

これらは既存の株主にとって、決して歓迎すべき事態ではありません。

新たに株式を発行すれば、市場に出回る株式の総数が増加します。実際、Alphabetの発行済普通株式数は前期末から+1.2%増加しました。これにより、1株あたりの利益(EPS)が薄まる「希薄化(ダイリューション)」が発生します。

自社株買い(株数を減らして価値を高める)と新株発行(株数を増やして価値を薄める)は真逆の行為です。泉田氏が「どっちやんって言われちゃうんで」と指摘するように、企業がこの2つを同時に行うことは通常ありません。自社株買いを意図的にゼロにした動きは、この巨額のエクイティファイナンス(株式発行による資金調達)を行うための必然的な布石だったと読むことができます。

さらに、社債(デット)による調達が急増している点も見逃せません。Alphabetのバランスシートに計上されている長期負債は、わずか半年の間に465億ドルから982億ドルへと倍増しています。Alphabetの財務基盤を考えれば、この水準の負債が直ちに信用不安につながるとは考えにくいものの、借金が大きくなりすぎれば将来の利払い負担が増し、財務体質への懸念が生じるリスクを孕んでいます。

6. 第5章 バランスシートに乗らない8,962億ドル

株式発行や社債の発行による資金調達は、貸借対照表(バランスシート)に「資産」や「負債」として明確に記載されるため、投資家もその規模を正確に把握することができます。

しかし、今回の決算でプロの投資家たちを最もざわつかせているのは、バランスシートに乗らない「オフバランス(簿外)」の巨額な数字の存在です。決算発表の翌日にSECに提出された詳細な報告書(10-Q)の奥深くに、その驚くべき事実が記されていました。

現時点でAlphabetが約束している、確定したオフバランスのキャッシュアウト(将来の現金流出)の規模は、なんと合計約8,962億ドル(896.2ビリオンドル)に上ります。

図7 確定している簿外キャッシュアウトの規模(年間営業CF・FCFとの比較)7/8

図7 確定している簿外キャッシュアウトの規模(年間営業CF・FCFとの比較)

出所:Alphabet Form 10-Q(2026年6月30日)を基にイズミダイズム作成。購入コミットメント等8,110億ドル+未稼働リース852億ドル。カテゴリ別の金額内訳は非開示

この約8,962億ドルの内訳は大きく2つに分かれます。

1つ目は、将来の購入を約束した「購入コミットメント等」で、その額は8,110億ドルに達します。このうち、12ヶ月以内に支払い義務が生じる短期分が2,007億ドルを占めています(なお、12ヶ月超の長期分にあたる6,103億ドルは、総額8,110億ドルから短期分2,007億ドルを差し引いた算出値であり、資料に直接の記載はありません)。

2つ目は、契約は結んだがまだ稼働していないデータセンターなどの賃借契約(2026〜2031年に稼働開始予定)である「未稼働リース」で、これが852億ドル存在します。

なぜこれほど巨額な約束がバランスシートに乗らないのでしょうか。会計上のルールでは、契約を結んだ段階ではまだ実際のサービス提供や資産の引き渡しを受けておらず、現金の支払いも発生していないため、資産や負債として帳簿に載せる必要がないからです。

しかし、帳簿に乗っていないとはいえ、これは企業が原則として将来の支払い義務を負う「確定した約束」です(一部の契約には最低数量の引き取り義務や、解約する場合の違約金が設定されていると資料に記載されています)。その規模感を、Alphabetが自力で稼ぎ出す現金と比較してみましょう。

約8,962億ドルという金額は、Alphabetの直近12ヶ月(TTM)の営業キャッシュフロー(約1,857億ドル)の約4.8倍に相当します。

さらに、設備投資などを差し引いて自由に使えるお金であるTTMフリーキャッシュフロー(約533億ドル)と比較すると、その約17倍という途方もない規模になります。仮に、いまのフリーキャッシュフロー水準が今後も続くと仮定すれば、実に17年分に相当する現金を、すでに将来の支払いとしてコミット(約束)してしまっている計算になるのです。

この巨額の約束の中身は何なのでしょうか。資料の記述によれば、データセンターの将来のキャパシティを確保するためのインフラ供給契約や、膨大な電力を長期にわたって確保するための購入契約などが大部分を占めていると見られます。

AIの開発と運用には、莫大な計算資源(半導体など)と、それを動かすための大量の電力が必要です。AI競争が激化する中、将来インフラや電力の価格が高騰する前に、あるいはライバル企業に奪われてしまう前に、何としてでも自社のキャパシティを確保しておきたいという強烈な焦りが、この巨額のコミットメントを生み出していると考えられます。

7. 第6章 なぜ市場は嫌ったのか — 決算を読む3層構造

ここまで読み解いてくると、純利益が約4倍という一見華々しい決算を発表したにもかかわらず、なぜ株式市場がAlphabetの株を売ったのか、その理由がはっきりと見えてきます。

企業業績を正しく評価するためには、決算を「3層構造」で読み解く必要があります。

多くの初心者は、第1層である損益計算書(PL)の「売上」や「純利益」だけを見て、業績が良いと判断しがちです。

しかし、プロの投資家は第2層である「キャッシュフロー」を確認し、手元の現金が急速に失われ、フリーキャッシュフローがマイナスに転落している事実を見抜きます。

そしてさらにその奥、第3層である「バランスシートに乗らない簿外(オフバランス)」の巨額な約束を見つけ出し、将来の強烈な資金繰り悪化リスクを警戒したのです。

泉田氏はこの簿外の数字を「奥の院」と呼び、「この奥の院って普通はないんですよ」と、その異例さを強調しています。

株式市場が最も嫌うのは「不透明性」です。

この8,962億ドルもの簿外コミットメントは、カテゴリ別の詳細な金額内訳や、年度別の支払いスケジュール、そして万が一キャンセルした場合の違約金の条件などが、外部の投資家からは一切見えません。

泉田氏はこの状況を「不透明な極み」と評します。市場が状況を正確に知るのは、結果が確定した後になってしまう。だからこそ「不信が不信を呼んでしまう」のだと、投資家が疑心暗鬼に陥る心理を解説します。

さらに注意が必要なのは、この簿外コミットメントが積み上がるスピードです。

図8 確定している簿外キャッシュアウトの四半期推移8/8

図8 確定している簿外キャッシュアウトの四半期推移

出所:各四半期のAlphabet Form 10-Q/10-K(SEC EDGAR)の実績値を基にイズミダイズム作成(実績のみ・想定値なし)

四半期ごとの推移を見ると、2025年1-3月期あたりを上昇の起点として増加し始め、2025年10-12月期以降は1四半期ごとにほぼ倍増するペースで金額が膨れ上がっていることがわかります。

将来、もしAIの需要が想定を下回り、Alphabetが「やっぱりこのデータセンターも電力もいらない」と判断した場合どうなるでしょうか。巨額の違約金を支払って契約を解除するか、あるいは不要なインフラを抱え込んで減価償却費に押しつぶされ、利益率が悪化するリスクを孕んでいます。泉田氏は、コミットメントが実行されなかった場合には不要になった設備の投げ売りが起き、機器メーカー側の販売価格や利益率にも影響が及ぶ可能性を指摘し、そこをリスクとして意識しておくべきだと述べています。

8. 第7章 まとめ

今回のAlphabetの決算は、単なる一企業の業績発表にとどまらず、世界中で繰り広げられているAI投資競争の「前提」が変わりつつあることを示唆しています。

これまで、GoogleやMicrosoft、Amazonなどのハイパースケーラー(巨大クラウド企業)は、既存の強固なビジネスから生み出される潤沢なキャッシュフローの範囲内でAI投資を行ってきました。各社も「キャッシュフローの中でやっているから大丈夫」と説明してきましたし、市場もその説明を受け入れてきました。

しかし、今回の四半期フリーキャッシュフローのマイナス転落と、大規模な外部資金調達、そして簿外コミットメントの判明は、もはや自前のキャッシュフローだけでは現在の投資ペースを維持できなくなっている現実を浮き彫りにしました。

泉田氏は、この過熱する投資競争において、仮にどこか1社でも脱落したり、投資ペースを落としたりした場合のリスクに警鐘を鳴らします。

もし巨大な買い手であるハイパースケーラーが投資を手控えるようになれば、これまで彼らに半導体やネットワーク機器、インフラ設備を提供して潤ってきたバリューチェーン(供給網)全体に影響が波及します。日本の半導体製造装置メーカーなども含め、関連企業の業績や株価が一気に崩れる可能性があるのです。

投資家が直近の決算を見る際、表面的な「純利益の増加」や「AI関連の好材料」だけで飛びつくのは非常に危険です。

企業が本当に現金を生み出しているのか。外部からの借金や株式発行に頼っていないか。そして、見えないところで将来の資金繰りを圧迫しかねない巨額の約束をしていないか。

Alphabetという世界最高峰の優良企業でさえ、水面下でこれほど激しい資金繰りとリスクの積み上げを行っています。決算書をPL、キャッシュフロー、そして簿外という深さまで読み解く視点こそが、これからの不透明な相場を生き抜くために不可欠だと言えるでしょう。

【免責事項】

  • 本記事は一般的な情報提供のみを目的としており、特定の株式の購入や売却について助言や推奨するものではありません。
  • 本記事上の情報に起因、また関連して生じた損害や損失に関しては一切の責任を負いません。
  • 投資判断は最新の決算資料や市場動向などをご自身でご確認の上、自己責任で行ってください。

参考資料

  • Alphabet Inc.「2026年第2四半期 決算発表資料(Form 8-K Exhibit 99.1)」(2026年7月22日)
  • Alphabet Inc.「2026年第2四半期 四半期報告書(Form 10-Q)」(2026年7月23日)
  • Alphabet Inc.「2026年第1四半期 決算発表資料(Form 8-K Exhibit 99.1)」
  • Alphabet Inc.「2025年第4四半期 決算発表資料(Form 8-K Exhibit 99.1)」
  • YouTubeチャンネル「イズミダイズム」

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