9月10日未明、英国下院はジョンソン首相が再度提案した総選挙実施動議を採決し、再び反対多数で否決しました。可決に必要な下院の3分の2(434票)の支持を得ることはできず、賛成は293票でした。ジョンソン首相は、4日にも同じ提案をして否決されていて、一部では、既に内閣がゾンビ化したのではないかとの苦言も出ています。

「合意なき離脱」を封じられた形のジョンソン首相

下院は9月4日に、欧州連合(EU)からの「合意なき離脱」を阻止するための離脱延期法案(以下、離脱再延長要請法案)を可決しました。この法案は、9日には上院を経て、エリザベス女王の裁可を得て成立しました。

これにより、10月19日までにEUと英国との間で新たな離脱合意がまとまり英国議会が承認するか、合意なき離脱への議会の同意を確保できなければ、ジョンソン首相はEUに頭を下げて、3カ月間(2020年1月31日まで)の離脱延期を申請することが義務付けられました。強硬派であるジョンソン首相に、タガがはめられたというわけです。

4日に下院が離脱再延長要請法案を可決した段階では、コービン労働党党首は、上院が同法案を承認し成立させれば総選挙の前倒し実施に同意すると表明していました。ただこの段階では、コービン党首はジョンソン首相が提案する10月15日の選挙実施日程に同意するかはコミットしていませんでした。

世論調査によれば、労働党も支持率の伸びがいまひとつであり、保守党・労働党双方とも、総選挙に打って出て過半数議席を確保できるという見通しがないままでは、身動きが取れないということなのでしょう。

ジョンソン首相は10日未明の総選挙動議の採決後も、強気の姿勢を崩していません。離脱再延長要請法案が成立してからも、EU離脱に関し再延期を請うつもりはないと述べました。ジョンソン首相は、10月17日からのブリュッセルでのEU首脳会議に出席し、英国の国益にかなう合意を得るために懸命に努力することを約束しています。

前述の通り、ジョンソン首相は離脱期限である10月31日に合意なきEU離脱を選択するという手段を封じられているわけですから、EUとの合意を取り付けるしかありません。しかし、これまで長い時間を使っても解決の糸口すら見つからなかったことが、いきなり解決するという妙案があるのでしょうか? 10月15日に総選挙を実施して、多数を獲得して民意を味方につけ、離脱再延長要請法案を廃案にして合意なき離脱に突っ走ることも、難しい状況です。

理解しがたい英国議会の閉会措置

EUから離脱する期限は、4月にEUと合意して延長された10月31日です。それまで、ごく限られた時間しか残されていません。それにもかかわらず、英国議会は10日の議事終了後から、「女王演説」(施政方針演説)が予定されている10月14日まで閉会されました。審議のための時間をより多く確保する方がよいと考えるのが普通でしょうが、保守党執行部が、なぜ閉会の判断をするのかは、全くもって不明です。

なお、下院は9日、合意なき離脱となった場合に備える緊急対策法案のほかに、今回の議会閉会の決定に関係する文書などを11日までに公表するよう政府に命じる動議も可決しました。これにより明らかになる事実も、また、火種になるかもしれません。

EU側も協議に関して厳しい姿勢を崩していません。ジョンソン首相は、9日午前にバラッカー・アイルランド首相をダブリンに訪ね、英領北アイルランドとアイルランドの国境に、ハードボーダー(物理的壁)を設置しないことを保証する「バックストップ」条項をEU離脱協定案から削除するよう求めました。しかし、バラッカー首相は、ジョンソン首相の要求がアイルランドにとって「理想的」でも「魅力的」でもないと切って捨てて、交渉は進展しませんでした。

ジョンソン首相は、次回のEU首脳会議が予定されている10月17、18日までにEUとの合意を見いだす決意を表明しましたが、果たしてどうなるのか? 合意が成立しなければ、ジョンソン首相はEUに再延期を請うという屈辱を味わうことになります。まさにそれは「国政の失策」なのでしょう。

英ポンドのさらなる下落に要注意

為替市場では先週、英国のEU離脱や総選挙の実施を不安視した英ポンド売りが拡大し、ポンドは対米ドルで一時1.20米ドルを下回りました。これは、2016年10月に起きたフラッシュクラッシュと言われるポンド急落以来、約3年ぶりの安値です。

4日には、1ポンド=1.21ドル台を回復しましたが、目先の買戻しが先行しているだけで、どん詰まりの事態が打開されるという期待があるわけではなく、ポンドへの売り圧力はいつまた噴出しても不思議ではありません。英ポンド下落の可能性はまだ高く、要注意でしょう。筆者は、英ポンドの安値の目処は、2016年10月に付けた1英ポンド=1.15米ドルと考えています。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一