7月10日に国土交通省が公表した「令和8年版 土地白書」によると、介護・医療と連携して高齢者を支援する「サービス付き高齢者向け住宅」の供給が進み、首都圏での登録状況は令和6年度に2,301棟(84,322戸)にのぼるなど、高齢者を支える住環境の整備が着実に進んでいることが示されました。

一方で、老後の暮らしを考えるうえで欠かせないのが、住まいだけでなく医療や介護にかかる費用への備えです。筆者は生命保険会社で働く世代への保険提案や資産運用の提案に携わり、現在はIFAとして多くのお客さまからご相談を受けています。その中でも、「年金だけで老後の生活は成り立つのか」「医療費が増えたら家計は大丈夫だろうか」といった不安の声を数多く伺ってきました。

老後のお金というと年金額に注目が集まりがちですが、見落とされやすいのが医療費や介護費の負担です。年齢を重ねるにつれて通院や入院の機会は増えやすく、それに伴って医療費も高くなる傾向があります。老後を安心して過ごすためには、実際にどのくらい医療費がかかるのか、公的制度でどこまで負担が軽減されるのかを正しく理解し、早めに備えておくことが重要です。

本記事では、シニア世代の医療費の実態や高齢者世帯の所得状況、後期高齢者医療制度の概要、そして医療費負担割合の判定基準について詳しく解説します。

1. 3つのポイントの見出し

  •  シニアの医療費は年齢とともに急増し、特に入院・療養費の割合が高まる
  •  高齢者世帯の所得は公的年金が中心で、余裕は限定的
  •  後期高齢者医療制度では所得に応じて窓口負担が1〜3割に分かれ、2割負担の対象者もいる

2. 【シニアの1人当たり医療費】どれくらいかかる?年代別で見る

年齢階級別1人当たり医療費(令和5年度、医療保険制度分)1/6

年齢階級別1人当たり医療費(令和5年度、医療保険制度分)

出所:厚生労働省「年齢階級別1人当たり医療費(令和5年度、医療保険制度分)」

シニア世代の医療費は、年齢を重ねるごとにかさんでいくのが一般的です。

厚生労働省「年齢階級別1人当たり医療費(令和5年度、医療保険制度分)」より、60歳以上の各年齢層における、1人当たりの医療費計、および診療費における「入院+食事・生活療養」の割合について見てみましょう。

2.1 【60歳以上】1人あたり医療費計の推移

  • 60~64歳:39万7000円 「入院+食事・生活療養」の割合:37%
  • 65~69歳:49万5000円 「入院+食事・生活療養」の割合:40%
  • 70~74歳:63万円 「入院+食事・生活療養」の割合:43%
  • 75~79歳:78万1000円 「入院+食事・生活療養」の割合:45%
  • 80~84歳:93万7000円 「入院+食事・生活療養」の割合:51%
  • 85~89歳:108万7000円 「入院+食事・生活療養」の割合:59%
  • 90~94歳:120万2000円 「入院+食事・生活療養」の割合:65%
  • 95~99歳:127万8000円 「入院+食事・生活療養」の割合:69%
  • 100歳以上:124万2000円 「入院+食事・生活療養」の割合:69%

医療費計は、60歳代前半の39万7000円から90歳代後半の127万8000円へと、約3.2倍に増加しています。

この金額の増加を特に押し上げているのは、「入院+食事・生活療養」にかかる費用です。

70歳代までは通院が中心ですが、80歳以降では医療費の50%超を「入院+食事・生活療養」のための費用が占め、90歳代後半以降では約70%(69%)に達します。

国の高額療養費制度を使っても、毎月の上限額の自己負担に加え、食事代や差額ベッド代(全額自己負担)といった出費が続く点にも留意が必要でしょう。

3. 高齢者世帯の平均所得はどのくらい?

高齢者世帯の「1世帯あたりの平均所得金額」を見ていきましょう。厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」という資料を参考にします。

なお、資料内における高齢者世帯とは「65歳以上の者のみで構成するか、又はこれに18歳未満の者が加わった世帯」と定義されます。

3.1 高齢者世帯の平均所得金額

資料によると、高齢者世帯の総所得は336万1000円 です。総所得に占める金額や割合も見ていきましょう。

3.2 高齢者世帯の所得の内訳

  • 稼働所得:87万1000円(25.9%)
    • うち雇用者所得(※)71万8000円(21.4%)
  • 公的年金・恩給:205万9000円(61.3%)
  • 財産所得:19万4000円(5.8%)
  • 公的年金・恩給以外の社会保障給付金:1万7000円(0.5%)
  • 仕送り・企業年金・個人年金等・その他の所得:21万9000円(6.5%)

月額に換算すると約28万円の所得のうち、6割以上となる約17万2000円が「公的年金」となります。次いで約6万円の「雇用者所得」が続きます。

高齢者世帯の生計が公的年金をベースとしながら、主に仕事による収入で補われている様子がうかがえます。

雇用者所得:世帯員が勤め先から支払いを受けた給料・賃金・賞与の合計金額で、税金や社会保険料を含む

続いて、「後期高齢者医療制度」の加入対象や保険料の仕組みについて見ていきましょう。

4. 「後期高齢者医療制度」の対象者とは?

後期高齢者医療制度は公的医療保険制度の一つで、原則として75歳以上の人が加入対象です。

また、65歳以上74歳以下でも、一定の障害があると認定された場合は加入できます。

75歳になると、これまで加入していた国民健康保険や健康保険組合、共済組合などから切り替わり、就労状況に関係なく後期高齢者医療制度へ移行します。

保険料は、加入者全員が負担する「均等割」と、所得に応じて決まる「所得割」を合算して算出されます。

なお、保険料率は都道府県ごとに設定されています。

5. 医療費の自己負担割合は「1割」「2割」「3割」の3区分

後期高齢者医療制度では、所得に応じて医療費の窓口負担割合が決まります。

2022年10月からは、一定以上の所得がある人について2割負担が導入されました。

厚生労働省によると、2割負担に該当する人は約370万人で、加入者全体の約2割と見込まれています。

また、2割負担の導入時に設けられていた負担増を抑えるための配慮措置は、2025年9月末で終了しています。

次章では、2割負担となる所得基準について見ていきましょう。

6. 【後期高齢者医療制度】窓口負担が「2割」となる所得基準

後期高齢者医療制度で2割負担となるのは、次の条件をどちらも満たす場合です。

  • 1:同じ世帯の被保険者の中に課税所得が28万円以上のかたがいるとき。
  • 2:同じ世帯の被保険者の「年金収入(※1)」+「その他の合計所得金額(※2)」の合計額が、被保険者が世帯に1人の場合は200万円以上、世帯に2人以上の場合は合計320万円以上であるとき。

※1「年金収入」は、公的年金控除等を差し引く前の金額です。遺族年金や障害年金は含みません。
※2「その他の合計所得金額」は、事業収入や給与収入等から必要経費や給与所得控除等を差し引いた後の金額です。

ご自身やご家族が2割負担に該当するかどうかを、次章で紹介するフローチャートで確認してみましょう。

6.1 【フローチャート】2割負担の判定基準を確認

75歳以上の人の自己負担割合は、世帯の課税所得や年金収入などをもとに判定されます。

2割負担の対象となる主な基準は以下のとおりです。

  • 単身世帯:「年金収入+その他の合計所得」が200万円以上
  • 複数世帯:「年金収入+その他の合計所得」が合計320万円以上

負担割合の詳細は、厚生労働省が公表しているフローチャートで確認できます。

【後期高齢者医療制度】「窓口負担割合」フローチャート5/6

【後期高齢者医療制度】「窓口負担割合」フローチャート

出所:厚生労働省「後期高齢者の窓口負担割合の変更等(令和3年法律改正について)」 

7. 【知っておこう】医療費の支払いが難しい場合の支援制度

医療費の自己負担額を支払うことが困難な場合には、一部負担金の減額や免除を受けられるケースがあります。

たとえば、東京都後期高齢者医療広域連合では、次のような場合が対象とされています。

東京都後期高齢者医療広域連合「一部負担金の減額・免除等」要件6/6

東京都後期高齢者医療広域連合「一部負担金の減額・免除等」要件

出所:東京都後期高齢者医療広域連合「一部負担金の減額・免除等」

  • 被保険者または世帯主が、震災、風水害、火災その他これらに類する災害により住宅、家財その他の財産について著しい損害を受けたとき
  • 世帯主または主たる生計維持者が、干ばつ、冷害、凍霜害等による農作物の不作、不良その他のこれらに類する理由により収入が著しく減少したとき
  • 世帯主または主たる生計維持者が、事業または業務の休廃止、失業等により収入が著しく減少したとき
  • 世帯主または主たる生計維持者が、重篤な疫病または負傷により死亡し、心身に重大な障害を受け、または91日以上の入院をしたとき(被保険者のみの世帯である場合を除く)

減額や免除の適用期間は申請日から最長6カ月ですが、実際の期間は状況に応じて判断されます。

申請は居住地の市区町村窓口で行い、必要書類は申請理由によって異なります。

8. 筆者からのアドバイス:医療費負担に備えるための3つの対策

高齢になると医療費や介護費の負担が増える可能性があります。

しかし、事前に備えておくことで、家計への影響を抑えやすくなります。

老後の安心につなげるためにも、次の3つのポイントを意識しておきましょう。

  • 緊急時に備えた予備資金を確保する
  • 高額療養費制度を理解しておく
  • 介護費用も含めて老後資金を考える

まず大切なのは、「緊急時に備えた予備資金を確保すること」です。

病気やケガによる入院は突然発生することがあり、医療費だけでなく交通費や生活費などの支出も増える可能性があります。

公的年金だけでは対応が難しいケースもあるため、あらかじめ一定の預貯金を準備しておくと安心です。

次に、「高額療養費制度を理解しておくこと」です。

医療費が高額になった場合でも、自己負担額には所得に応じた上限が設けられています。

制度を知らないまま不安を抱えるのではなく、どのような場合に利用できるのかを事前に確認しておくことで、万が一の際にも落ち着いて対応しやすくなるでしょう。

そして3つ目は、「介護費用も含めて老後資金を考えること」です。

介護には住宅改修費や介護用品の購入費、施設利用料などさまざまな費用が発生する可能性があります。

医療費だけでなく介護費用も視野に入れながら資金計画を立てることが重要です。

長寿化が進む現在、老後の支出は年金だけで賄えるとは限りません。

医療費や介護費に備えた準備を早めに進めておくことで、将来の家計不安を軽減しやすくなるでしょう。

8.1 監修者からのコメント:「わかったつもり」が一番危ない医療費・介護費への備え

中本 智恵

銀行で生命保険や医療保険の販売を担当していた頃、「がんや大きな病気になったらどうしよう」と保険の相談に来られる方は多いものの、実は入院よりも長期化しやすい「介護」への備えが手薄になっているケースを数多く見てきました。記事にもあるとおり、80歳を過ぎると医療費の半分以上を入院・療養費が占めるようになりますが、実際の家計を圧迫するのは、退院後の通院や自宅療養、そして介護サービス利用料が積み重なっていく期間の長さです。

高額療養費制度は非常に頼れる仕組みですが、あくまで「保険診療分」が対象であり、差額ベッド代や食事代、そして介護保険の対象外となる住宅改修やおむつ代などの日用品費は自己負担が続きます。窓口で「制度があるから大丈夫」と安心してしまい、実際の請求額を見て驚かれる方も少なくありませんでした。

対策としておすすめしたいのは、公的年金収入と平均的な医療・介護費の目安を照らし合わせ、「毎月どの程度の余力があるか」を早い段階で具体的に把握しておくことです。予備資金の確保に加えて、必要に応じて医療保険や介護保険といった民間の商品で不足分を補う選択肢も検討しながら、ご自身とご家族に合った備え方を早めに考えておくと良いでしょう。

 

9. 医療費と年金のバランスを踏まえた老後準備が重要

本記事では、シニア世代の医療費の実態や高齢者世帯の所得状況、後期高齢者医療制度の概要、医療費負担の判定基準について解説しました。

高齢になるほど医療費は増加する傾向があり、とくに80歳以降は入院や療養にかかる費用の割合が大きくなります。

一方で、高齢者世帯の所得は公的年金が中心となっており、医療費や介護費の負担が家計に与える影響は決して小さくありません。

長寿化が進む中、老後資金を考える際は年金収入だけでなく、将来的な医療費や介護費も含めて見通しを立てておくことが大切といえるでしょう。

参考資料

横野 会由子