年度末が近づき、生活の区切りを意識する空気が漂う頃。家計簿や通帳を見返しながら、この一年の収支を振り返り、これから先の暮らしについて考え始める人も多くなる時期です。
日々の支払いを確認するだけでなく、新しい年度を前に、将来に向けたお金の準備に目を向けやすいタイミングともいえるでしょう。
高齢化の進行や物価の上昇が続くなか、公的年金だけで老後の生活費をすべて賄うことは、以前よりも難しくなりつつあります。その分、年金以外の備えをどう積み上げていくかが、老後設計を考えるうえで欠かせないテーマになっています。
老後に必要なお金は、毎月の生活費だけにとどまりません。住まいの修繕や設備の更新、車や家電の買い替え、さらに医療や介護といった予測しづらい支出が重なる可能性もあります。こうした場面を想定し、「貯蓄3000万円」という数字を一つの目安として意識する人も少なくないでしょう。
そこで本記事では、現在60歳代の世帯のうち、実際に貯蓄3000万円以上を保有しているのはどの程度なのかについて、最新の公的統計をもとに確認していきます。
1. 【60歳代の資産状況】貯蓄3000万円超を達成している世帯の割合は?
J-FLEC(金融経済教育推進機構)「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」によると、60歳代・二人以上世の貯蓄(金融資産保有額)の平均は2683万円、中央値は1400万円です。また、3000万円以上を保有する世帯は全体の27.2%であることがわかりました。
※今回紹介する貯蓄額には、日常的な出し入れおよび引き落としに備えている普通預金残高は含まれません。
1.1 60歳代・二人以上世帯の貯蓄額分布
貯蓄額の内訳を分布で見ると、以下のような結果となっています。
- 金融資産非保有:12.8%
- 100万円未満:4.7%
- 100~200万円未満:3.9%
- 200~300万円未満:3.0%
- 300~400万円未満:2.8%
- 400~500万円未満:1.8%
- 500~700万円未満:6.2%
- 700~1000万円未満:6.3%
- 1000~1500万円未満:8.9%
- 1500~2000万円未満:8.0%
- 2000~3000万円未満:12.4%
- 3000万円以上:27.2%
- 無回答:2.0%
内訳をみると、貯蓄が3000万円以上ある世帯が一定割合存在する一方で、金融資産をまったく保有していない世帯も少なくありません。
実際、金融資産非保有世帯は全体の12.8%を占めています。
さらに、貯蓄が100万円未満の層(4.7%)を含めると、60歳代を迎えても老後資金の準備がほぼできていない世帯は約17%に達します。
言い換えれば、およそ6世帯に1世帯は、十分な蓄えがない状態で老後期に入っていることになります。
一方で、平均貯蓄額は2683万円と比較的高水準に見えますが、中央値は1400万円にとどまっています。この差は、一部の高額保有世帯が平均値を大きく押し上げているためです。
分布全体を見ると、「3000万円以上の層」と「金融資産をほとんど持たない層」に山が分かれており、いわゆる“平均的な世帯像”を数字から読み取ることが難しい状況にあります。
2. 【65歳以上・無職夫婦世帯】毎月の生活費と家計収支の実態をデータで確認
60歳代の貯蓄の状況がわかったところで、次は65歳以上・無職夫婦世帯の家計収支を確認します。
今回は、総務省統計局「家計調査報告家計収支編 2024年(令和6年)平均結果の概要」を参考にみていきます。
平均収入は25万2818円で、うち社会保障給付(主に年金)は22万5182円となっています。
平均支出の合計は28万6877円で、内訳は以下のとおりでした。
- 食料:7万6352円
- 住居:1万6432円
- 光熱・水道:2万1919円
- 家具・家事用品:1万2265円
- 被服及び履物:5590円
- 保健医療:1万8383円
- 交通・通信:2万7768円
- 教育:0円
- 教養娯楽:2万5377円
- その他の消費支出:5万2433円(うち、諸雑費2万2125円・交際費2万3888円・仕送り金1040円)
- 非消費支出:3万356円
収入と支出を平均値で比較すると、月あたり3万4058円の赤字になるという結果が示されています。
もちろん、これはあくまで平均値であり、すべての世帯に当てはまるわけではありません。
ただし、平均的な生活水準であっても、毎月数万円規模の赤字が生じうる構造にあることは、老後の家計を考えるうえで無視できないポイントです。
この状態を長期間放置すれば、貯蓄は想定以上のペースで減少し、将来的に生活の余裕を失うリスクも高まります。
3. 【平均年齢から考える老後資金】3000万円を“月額”に分けてみると見え方が変わる
ここまでのデータを見ると、60歳代で貯蓄3000万円以上を保有している世帯は確かに存在します。金額だけを見れば、「老後資金としては十分そうだ」と感じるかもしれません。
しかし、老後資金を考えるうえで重要なのは、“総額”ではなく「どのくらいの期間で使うのか」という視点です。3000万円という大きな数字も、月単位に分けてみると印象は大きく変わります。
3.1 「65歳で引退」はゴールではなく長い老後生活の始まり
現在、65歳はリタイアや年金受給の節目とされています。しかし、平均寿命を踏まえると、65歳は老後生活のスタート地点にすぎません。
厚生労働省の将来推計では、今後も平均寿命は伸び続け、将来的には女性で90歳前後に達すると見込まれています。
仮に65歳から90歳まで生活すると25年、100歳まで生きれば35年。老後資金は20年、30年単位で支え続ける前提で考える必要があります。
3.2 3000万円を25年で割ると、月いくらになるか
3000万円を25年間で取り崩すと仮定すると、
3000万円 ÷ 25年 = 年間120万円
120万円 ÷ 12か月 = 月10万円
単純計算ではありますが、3000万円は「月10万円の補填資金」に相当します。30年使うなら月8万円台に下がります。長い期間で割ると、決して余裕があるとは言い切れない水準です。
3.3 問題は“毎月の不足”が長く続くこと
仮に年金だけでは月3万円不足する場合、年間約36万円。25年で約900万円に達します。期間が長いほど、小さな赤字でも確実に残高を削っていきます。
さらに、物価上昇や医療・介護費など、将来の支出は一定ではありません。高齢期後半ほど支出の振れ幅は大きくなりやすい点も見逃せません。
3.4 見るべきなのは「いくらあるか」より「何年もつか」
老後資金で重要なのは、貯蓄額そのものよりも「平均寿命まで持続できるか」という視点です。
3000万円という数字も、
- 何歳までを想定するか
- 毎月いくら取り崩すか
- 支出が増えた場合に耐えられるか
といった条件次第で意味が変わります。
月額に分けて考えると、「3000万円=安心」と単純には言えない理由が、より具体的に見えてくるのではないでしょうか。
4. 【65歳以上・リタイア後の生活】医療・住まい・日常費…増えやすい支出の内訳
仕事を離れると出費は減ると思いがちですが、実際には「減る支出」と「増える支出」が入れ替わるのがリタイア後の家計の特徴です。生活スタイルの変化を踏まえて整理しておきましょう。
4.1 減りやすい支出
- スーツや仕事用の靴・バッグなどの被服費
- 通勤交通費
- 平日の外食代
- 職場関係の交際費
仕事に紐づく支出は、退職後は自然と抑えられる傾向があります。
4.2 増える可能性のある支出
- 在宅時間の増加による光熱費
- 趣味や習い事などの余暇費用
- 友人・親族との交際費
- 旅行やレジャー関連費
- 医療費や介護費用
家にいる時間が長くなることや、年齢による変化によって、生活費が想定より増えることもあります。
退職後の生活費は「今より減る」と決めつけず、増減する費目を事前に整理しておくことが大切です。
5. 【65歳以上・リタイア後の生活】金額よりも見通しの立てにくさが課題
リタイア後の家計で注意すべきなのは、支出項目そのものよりも、支出の発生時期や金額が不規則になりやすい点です。
現役時代は、通勤費や昼食代など、毎月ほぼ一定額が発生する支出が多く、家計の見通しを立てやすい傾向があります。
一方、リタイア後は、医療費の自己負担、家電の買い替え、冠婚葬祭といった、発生時期を事前に読みづらい支出が増えていきます。
これらの支出は、必ずしも一度に高額になるとは限りませんが、月ごとの支出額にばらつきを生みやすく、赤字の月が発生する原因になりがちです。
平均的な月次収支だけを見ると問題がないように見えても、こうした「ある月だけ大きく膨らむ支出」が重なることで、貯蓄の取り崩しが想定より早く進む可能性があります。
老後の家計では、支出額の大小よりも、変動の大きさをどう受け止めるかが重要な視点となるでしょう。
6. 【65歳以上・リタイア後の生活】老後収入の柱となる年金の水準をデータで見る
老後の生活設計を考える際、公的年金の受給額は欠かせない判断材料となります。
ただし、年金額は加入してきた制度や就労歴によって大きく異なり、「平均額」だけを基準に考えるのは注意が必要です。
とくに国民年金のみを受給する場合、年金収入だけで生活費全体をまかなうのは難しいケースが多く、貯蓄やその他の収入源を組み合わせる前提で考える必要があります。
ここでは、厚生労働省年金局が公表している「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」をもとに、制度別の平均受給額を整理します。
6.1 厚生年金の平均年金月額
会社員や公務員として働いた期間がある人が受給する厚生年金の平均月額は、次のとおりです。
〈全体〉平均年金月額:15万289円
- 〈男性〉平均年金月額:16万9967円
- 〈女性〉平均年金月額:11万1413円
※国民年金部分を含む
年金月額階級ごとの受給者数
- 1万円未満: 4万3399人
- 1万円以上~2万円未満: 1万4137人
- 2万円以上~3万円未満: 3万5397人
- 3万円以上~4万円未満: 6万8210人
- 4万円以上~5万円未満: 7万6692人
- 5万円以上~6万円未満: 10万8447人
- 6万円以上~7万円未満: 31万5106人
- 7万円以上~8万円未満: 57万8950人
- 8万円以上~9万円未満: 80万2179人
- 9万円以上~10万円未満: 101万1457人
- 10万円以上~11万円未満: 111万2828人
- 11万円以上~12万円未満: 107万1485人
- 12万円以上~13万円未満: 97万9155人
- 13万円以上~14万円未満: 92万3506人
- 14万円以上~15万円未満: 92万9264人
- 15万円以上~16万円未満: 96万5035人
- 16万円以上~17万円未満: 100万1322人
- 17万円以上~18万円未満: 103万1951人
- 18万円以上~19万円未満: 102万6888人
- 19万円以上~20万円未満: 96万2615人
- 20万円以上~21万円未満: 85万3591人
- 21万円以上~22万円未満: 70万4633人
- 22万円以上~23万円未満: 52万3958人
- 23万円以上~24万円未満: 35万0004人
- 24万円以上~25万円未満: 23万0211人
- 25万円以上~26万円未満: 15万0796人
- 26万円以上~27万円未満: 9万4667人
- 27万円以上~28万円未満: 5万5083人
- 28万円以上~29万円未満: 3万0289人
- 29万円以上~30万円未満: 1万5158人
- 30万円以上~: 1万9283人
男女差が大きい背景には、就業期間や賃金水準の違いがあります。
また、この金額は1人あたりの平均であり、夫婦世帯ではそれぞれの受給額を合算して考える必要があります。
6.2 国民年金の平均年金月額
自営業者やフリーランス、専業主婦(夫)期間が中心だった人が加入する国民年金の平均月額は、以下の水準です。
〈全体〉平均年金月額:5万9310円
- 〈男性〉平均年金月額:6万1595円
- 〈女性〉平均年金月額:5万7582円
国民年金のみの受給の場合、年金収入だけで生活費をまかなうのは難しくなるかもしれません。そのため、貯蓄や他の収入源との組み合わせが前提になります。
6.3 平均額ではなく「自分の見込み額」を確認することが重要
ここまで紹介してきた年金額はいずれも平均値であり、実際の受給額は個人ごとに異なります。
老後資金の計画を立てる際は、平均と比較するのではなく、自分自身が将来どの程度の年金を受け取れるのかを正確に把握することが欠かせません。
ねんきん定期便や「ねんきんネット」を利用すれば、これまでの加入状況や将来の年金見込み額を確認できます。
生活費とのバランスを考えるためにも、一度立ち止まってチェックしておくことが重要です。
7. まとめにかえて:“資産寿命”を意識した老後設計へ
統計データが示すように、老後の家計では毎月の小さな赤字が積み重なるリスクや、医療・介護といった突発的な支出への備えが欠かせません。支出は一定ではなく、年齢とともに振れ幅が大きくなる可能性もあります。
だからこそ第一歩は、現在の収支バランスを正確に把握することです。固定費の見直しや働き方の工夫による収入の確保に加え、公的制度の活用、たとえば年金の繰下げ受給なども選択肢に入れながら、家計の土台を整えることが基本となります。
そのうえで、預貯金だけに頼るのではなく、新NISAを活用した積立投資なども視野に入れながら、いかに資産寿命を延ばすかを考えていくことが重要です。残高の多さだけではなく、「何歳まで生活を支えられるか」という視点を持つことが、これからの現実的な老後対策につながっていくでしょう。
※投資には元本割れのリスクがあります。ご自身の許容範囲内で計画的に行いましょう
参考資料
- J-FLEC(金融経済教育推進機構)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2024年(令和6年)平均結果の概要」
- 厚生労働省「高齢期と年金をめぐる状況」
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
マネー編集部社会保障班