インドネシア大統領選の投開票が4月17日に実施されました。現職のジョコ・ウィドド大統領と最大野党を率いるプラボウォ・スビアント氏が一騎打ちで対決する前回2014年の大統領選挙と同じ争いで、現職のジョコ・ウィドド大統領が再選をほぼ確実にしました。

報道では、ジョコ大統領の再選が伝えられていますが、選挙管理委員会が公式に結果を発表するのは数週間先になり、規定では5月22日までと定められています。投票当日に発表されたのは、投票所からのサンプルを集計して発表される非公式の「速報」、日本で言うと「出口調査」による推計です。

そこで速報で劣勢の陣営は異議を唱えて、速報の結果ではなく公式の結果を求めたり、場合によっては憲法裁判所に提訴するという事態も考えられます。実際、昨日は優勢が伝えられるジェコ氏が勝利宣言した一方で、劣勢が伝えられるプラボウォ氏も勝利宣言をしています。

不利が伝えられるプラボウォ陣営は、選挙人リストに不正があると主張し始めています。数百万人に影響を及ぼしかねない懸念があり、これが無視されるのであれば法的または「人民の力」により行動に出ると情報戦を始めています。 やや不穏な動きです。

前回2014年の選挙では僅差の争いだったため、今回と同様に両陣営が勝利宣言を出し緊張が高まりましたが、最後はプラボウォ陣営が敗戦を認めました。今回の選挙は、やや票差があると言われるものの、公式発表までに紆余曲折がないことを祈るばかりです。

ジェコ人気は根強いが、現状への不満や批判も

ジョコ大統領は、いわゆる財閥などの出身ではなく、貧しい家庭の出身で、たたき上げで政治家に上り詰めてきた「庶民派」というカラーがあり、人気もあります。選挙戦では、自分がインドネシアで格差社会の改革に手をつけ、貧困の問題に取り組んだ初めての大統領だと訴えてきました。

また、過去5年間のインフラ整備や規制緩和の実績に加えて、ジャカルタ州知事だった頃に改革に取り組んだ実績も合わせてアピールしてきました。肝いりのプロジェクトだったジャカルタの都市高速鉄道(MRT)も3月に開業まで漕ぎ付け、開業式典にも参列してアピールしたことも、そのひとつです。他にも新たに整備が完了した道路などの視察も重ねて、大統領の実績としてアピールするなどしたたかに選挙戦を闘ってきました。

一方で、ジョコ大統領はイスラム教では穏健派とされ、イスラムの教義を尊重していないとか、ジョコ大統領の主張する調和ある民主主義では物足りないなど、保守派からは批判されてきました。そこで今回の大統領選では、ジェコ陣営は副大統領候補にイスラム教指導者を迎え入れ、保守派の取り込みを図りました。

対するプラボウォ陣営は、イスラム色を前面に押し出して選挙戦を展開してきました。支持者集会でも、夜明けの礼拝を支持者と一緒に行うことから始め、集会中はイスラム教指導者が次々に登壇して応援演説するなど、「イスラム教徒のインドネシア人に最もふさわしいリーダー」であることを訴えています。経済面では、インドネシアの富が外国や一部エリート層に奪われていることへの危機感を煽り、排他主義的な主張を展開しました。

プラボウォ氏は、かつて国軍の幹部として反政府活動家らの弾圧に関与したことがあり、これを理由に軍籍を剥奪された過去もある政治家ですが、そうした過去にも関わらず若い世代に支持を集めたことは、物価上昇や就職難といった現状への不満やジョコ政権への批判が、一定程度あることを示しています。

大きな潜在力を秘めたインドネシア経済

インドネシアの実質国内総生産(GDP)成長率は、2018年に5.17%でした。これはジョコ政権が誕生した2014年以来最高の伸びでした。インドネシアは、ご存じの通り豊富な埋蔵資源を有し、それを輸出することと、2億6千万人の人口を擁する大国であるため国内消費が比較的安定して大きく、それらが安定成長の原動力になっている国です。

2017年のデータによると、経済規模ではGDP額で世界16位に位置づけられ、G20にも名を連ねる東南アジア最大の経済大国にまで成長しています。ジョコ大統領は、2030年にはGDPで10位に入ることを目標として公言しています。2050年にはGDPで世界5位以内に入る大国に成長するとの予測もあります。インドネシアには成長のポテンシャルが十分にあり、成長継続への期待は根強いと言えるでしょう。

ただ、天然ガスや原油といった資源を輸出しているため、それらの価格によって受け取る収入は変わり、成長率にも影響を与えます。ジョコ政権誕生前の数年は、6.0%を越える成長率も記録していましたが、近年は資源価格の落ち着いた動きから、インドネシアの成長率は5%台にとどまっています。

2018年の成長率は、ジョコ政権が実施した公務員賞与の増額や元公務員の年金受給者にも賞与を支払った財政出動による個人消費支出の増加が主因でした。インドネシアの労働人口の約4%にあたる約450万人に対して、総支給額は35兆ルピア(約2700億円)にも達する大規模な財政出動をしたのです。

これは、大統領選を意識した選挙対策の色彩が強い財政政策で、バラマキ政策との批判の対象にもなりました。今後、資源価格の急騰が見込めないとすれば、歳入不足は解消されません。こうした財政支出は続けられるものではないでしょう。

ジョコ政権は、中小企業の起業促進や税制改革、税関や貿易手続きの簡素化を行い、内需・外需の両輪で経済成長することを目指しています。国別ビジネス環境ランキングでは大幅に順位を上げるなど、改革の成果は出始めていますが、インドネシアへの海外直接投資額は2018年ジョコ政権下で初めて減少に転じました。

昨年は、米ドル金利だけが上昇する中、米ドル一強の環境が続き、新興国から資金が逃避する動きが一時強まるなど、新興国通貨が売り圧力に晒される局面もあり、多少割り引いて評価する必要はあるでしょうが、海外直接投資が思ったように伸びていないことは、開放政策による工業化を推進する上では大きな課題が残ります。

やはり、インドネシアは持続可能な成長戦略が描けているかという点で、まだ心許ないところがあります。ジョコ政権が次の5年も維持されることで、成長戦略を見極めたいとの様子見心理が、前向きに変わるかどうかには注目したいところです。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一