経済学の教科書には、在庫循環や設備投資循環という話が載っていますが、それらは過去の話で、最近の景気循環を考える上では重要ではありません。

かつて製造業が主な産業で、しかも在庫管理技術が稚拙であった頃には、在庫の変動が景気を動かすことがありました。在庫が溜まりすぎると企業が生産を絞るので、製造業の雇用が減って景気が悪化する、等々です。しかし、今では製造業が経済に占めるウエイトが低いですし、在庫管理技術も進歩していますから、そうしたことはありません。

設備投資も、かつては耐用年数10年のものが多かったので、ひとたび景気が拡大して大量の設備が作られると、10年後には一斉に更新期を迎えて更新投資が行われるため、再び景気が良くなる、ということがありましたが、今はありません。コンピューター関係等々のように、耐用年数が短いものが増えているからです。

そして今後は、少子高齢化や経済のサービス化(ペティ=クラークの法則)などによって経済に占める在庫投資や設備投資のウエイトがさらに低下していくと予想されますから、在庫循環や設備投資循環はいっそう重要性を落としていくでしょう。

経常収支が赤字に転落しても大丈夫

以下は余談です。輸出産業で働く現役世代が確保できなくなると、日本は貿易赤字に転落します。しかし、日本の国際収支統計を見ると、巨額の利子配当収入がありますから、貿易赤字を補ってくれるでしょう。したがって、経常収支が赤字になったとしても、それほど巨額の赤字にはならないと思われます。

労働力不足となった国内工場を閉じて海外に工場を建てれば、海外子会社からの配当や特許権使用料などの収入が増えることも見込まれますから、その意味でも経常収支の大幅赤字の可能性は高くないでしょう。

また、仮に経常収支赤字がある程度多額になっても、日本には巨額の対外純資産がありますから、大丈夫でしょう。輸入代金等を支払うためにドルを買う金額が輸出企業のドル売りより多ければ、差額は日本人投資家が海外に持っているドルを売ってくれるでしょう。その時にはドル高になっているでしょうから、高い値段を払う必要はあるでしょうが。

万が一、対外純資産がなくなってしまえば大ごとですが、それでも何とかなると思います。その時には大幅なドル高円安になるので、輸出産業が再び元気になるからです。「高い給料を払ってでも社員を集めて生産して輸出すれば儲かるから、労働力を掻き集めよう」と頑張るはずです。

もっともそうなると、国内の労働力不足はいっそう深刻化するでしょうね。介護人材が不足して必要な介護が受けられない人が出てくるかもしれませんね。まあ、対外純資産がなくなってしまうのは、どんなに早くても数十年先のことでしょうが。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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塚崎 公義