この記事の読みどころ
中国経済の減速が世界経済に大きな影響を与えていますが、2016年3月31日付の日本経済新聞記事「凍り付く油田の街・大慶」を読んで、改めて中国経済の惨状の一端を垣間見たような気がしました。
2008年の4兆元の財政出動によって生み出された鉄鋼、セメント、ガラス、不動産などへの過剰投資の処理は今まさに進行中ですが、同時に生み出される大量の失業者対策の行方は前途多難です。政権への反発が強まるかもしれません。
国際決済銀行(BIS)によると、中国の民間債務(金融機関を除く)はGDP比205%とされます。ちなみに、日本のバブル絶頂期の1989年にも同じく200%を超えていました。中国の経済は“新常態”への過渡期にあると言われますが、輸出や固定資産投資に支えられた経済構造からの転換は容易だとは思えません。
大慶油田の現状は悲惨そのもの
筆者は2007年に中国北東部の黒竜江省・大慶油田を訪問したことがあります。“工業は大慶に学べ”と、産業振興の見本とも言われた当時の大慶油田地帯では、数万の石油掘削機がフル稼働していました。
広大な平原で掘削機がフル稼働する様は、中国経済が“昇り龍”であることを象徴するような迫力に満ち溢れていたものです。案内してくれた現場のスタッフが、日本軍が見つけられなかった油田を共産党の軍隊が発見したと自慢気に説明していたことを思い出します。
視察が終わった夕食の席では、当時としては高価な白酒による乾杯が飛び交い、チャイナドレスの女性たちが宴席に華やかさを添えるなど、とにかく景気の良い印象の記憶しかありませんでした。
しかし、3月31日付の日本経済新聞「凍り付く油田の街・大慶」という記事を読み、筆者は愕然としました。内容は、同紙記者が3月中旬に現地を訪れ書いたルポルタージュです。
記事は、2015年7月に習近平国家主席が当地を視察した際、原油需要が細っているのに掘削機を動かすのは電気の無駄遣いだ、と発言したことを契機に掘削機が次々に緊急停止を余儀なくされたと報告。石油掘削機の半分近くが稼働を止めている現状を「墓標」のようだと描写しています。
この結果、2015年の原油生産量は1990年代のピーク時の5,500万トンに対して30%減の3,838万トンまで減少し、今年夏には大慶油田で5万人規模のレイオフが予定されているという悲惨な状況です。
こうした状況にあるのは、中国石油天然気(ペトロチャイナ)に属する大慶油田だけではありません。中国石油化工(シノペック)に属する勝利油田(山東省)も減産に踏み切る見通しで、その他の油田も同様に厳しい環境が続くものと推定されます。
今後は、原油生産の周辺産業である石油精製や石油化学のコンビナート群を巻き込んだ大量の失業者の発生は避けられないでしょう。
“新常態”への転換で大量の失業者は避けられない
石油メジャーのBPの調べによると、中国は世界第5位の原油生産国で、2010年以降、年間2億トン以上の原油を生産してきました。ちなみに好景気時の大慶油田の生産は中国全体の20%弱を生産する国内最大の油田でした。
一方、モータリゼーションの進展もあって中国の原油需要は年間5億トンを超える水準にまで達しています。そのうち約60%に当たる3億トンを中近東、アフリカなどからの輸入原油が占めています。
世界的な原油市況の低迷で、中国は原油在庫の積み増しのために安い海外原油の“爆買い”に走っているとも言われます。同時に、鉄鋼、セメント、非鉄、地方の不動産など、これまでの中国の高度成長を支えた産業が底なしの調整に入っているという現状もあります。
こうした過剰設備の廃棄、新たな雇用創出、地方の不動産開発プロジェクトの再生と地方政府の財政改善等々、“新常態”への転換は待ったなしですが、それに伴う副作用は限りなく大きいと思われます。共産党政権への不満が高まるリスクも大きいのではないでしょうか。
中国経済の底入れ、回復期待は思ったより長引くかもしれない
米国と並び日本の主要輸出相手国である中国の景況感は、日本経済に多くの影響を及ぼします。中国の経済改革の方向性は間違ってはいないと思われますが、中国経済の底入れが実感できるようになるまで、思った以上に時間がかかるかもしれません。
中国政府による財政出動を期待して、上海などの大都市の一部では不動産価格が戻ってきていると言われます。しかし、鉄鋼、セメント、ガラス、石油精製などの基礎産業の過剰設備の調整は遅々として進んでいません。
また、スマホを含めた家電の普及率の頭打ち、地方政府に屍のように積み上がった財政赤字、そしてGDP比200%以上の民間債務を考えると、循環的な景気変動による底入れ期待は楽観的過ぎるのではないかと心配です。嫌でも我が国の1990年以降の“失われた20年”の記憶が蘇ってきます。
かつて訪問した中国最大の油田である大慶油田の悲惨な状況を知り、改めて中国の厳しい現実を考えるきっかけになりました。
【2016年4月4日 石原 耕一】
■参考記事■
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石原 耕一