本記事の3つのポイント
- セイコーインスツルの半導体事業が分社化して誕生した「エイブリック」は、時計向けで培った低消費電力技術をもとに、電源ICを開発
- 社名変更を行った「AGC」は製造工程の大幅な簡略化を実現する石英ガラスを開発
- 半導体・オブ・ザ・イヤーは今年で24回を迎える、電子デバイス産業新聞主催のアワード
8月30日付の電子デバイス産業新聞において、2018年の半導体オブ・ザ・イヤーの最優秀賞、優秀賞を受賞した製品を発表した。今回で第24回を迎える半導体・オブ・ザ・イヤーは、17年4月~18年3月の間に新製品(バージョンアップなどを含む)として発表された製品・技術、および電子デバイス産業新聞で紹介された新製品の中から、同紙記者の推薦と自由応募を含めた候補製品・技術を選出し、厳正なる記者投票を行い選定した。このなかで、筆者が取材させていただいたエイブリック㈱の「電源分圧出力付き超高効率降圧型スイッチングレギュレータ」、AGC㈱の「深紫外LED用石英レンズ」について紹介する。
長年蓄積された生産技術や研究開発により生み出されたこれら製品は、おいそれとは他社の追随を許さない。ターゲットとする市場が拡大すれば、かなりのシェアを獲得していくだろう。
エスアイアイ・セミコンダクタから社名変更したエイブリック
エイブリック㈱は、セイコーインスツル㈱の半導体事業が分社化し、15年9月にエスアイアイ・セミコンダクタ㈱として出発した。18年1月に日本政策投資銀行(DBJ)が70%の株を取得して筆頭株主となり、エイブリック㈱(英語名=ABLIC)として新たな第一歩を踏み出した。
ABLICとは、~できる(able)とICを組み合わせた造語で、社内公募で決定したという。「半導体技術で不可能を可能にする」ことをスローガンに、石合信正社長のもと、対外的な変化の発信だけでなく、社内的にも「新生」を実感させるようなユニークな取り組みを加速させている。
「今の当社はぶっ飛んでる、とか、はっちゃけてる、という言葉がぴったりかもしれない」と石合氏は語る。例えば、開発部門トップが会社のテーマソングを作成したり(ロック、ソウル、ジャズバージョンなどがあるそうだ)、最も美しい回路設計(性能は度外視)を作った社員を表彰したりなどの企画を進めているという。石合氏は「社内で、楽しい!面白い!と感じて働けることが大事。そのための雰囲気づくりをいろいろやっていきたい」と目を輝かせながら語っていた。
電源ICをIQ=260nAにまで低消費電力化
そんな同社の受賞製品は、半導体デバイス部門で優秀賞を受賞した、「電源分圧出力付き超高効率降圧型スイッチングレギュレータ S-85S1Pシリーズ」。シリーズとしては2番目の製品となる。IoT関連機器の電池寿命を格段に高める超低消費電力のDC/DCコンバーターだ。
開発は4~5年ほど前で、当時賑わいを見せていたウオッチ型のウエアラブル機器向けに開発を進めていた。当時のシンクタンクや総務省の発表によると、ウエアラブル機器はバッテリー寿命と使い勝手が課題であり、これらをクリアすることが普及の前提とレポートされていたという。
同社では、これらの課題に取り組むことにし、得意とする電源周りの問題に乗り出した。彼らが目を付けたのは、電源を制御するICそのものの消費電力だ。バッテリーや無線機器については日進月歩で進化が促されてきたものの、電源ICについては全くケアされてきていなかったという。このため、同社では制御トポロジーから見直し、超低消費電力で小型の高効率降圧型スイッチングレギュレータの開発に着手した。
時計向けで培ったプロセス技術で低消費電力化が実現
同製品では、電源ICそのものが消費する電流を260nAに抑えた。この数値は実に画期的だ。一般的には数μA~数十μAほどを要し、開発当初は大手トップメーカーの製品でも360nAだったという。同社では、一般的な製品よりも1桁は低くし、かつトップメーカーを下回る数値をベンチマークに開発に取り組んだ。
新しく回路設計を作ることもさることながら、低消費電力化するためには、製造プロセス技術も重要なカギとなる。なぜならば、低電圧で長時間駆動させるには、MOSトランジスタ特性として低リーク電流かつ低閾値電圧を実現しなければならない。
しかしこれらは相反する性能で、このバランスを取り、さらに小型化を実現したのは、同社のクォーツ時計向けで培ったプロセス技術によるところが大きい。クォーツ時計では、MOSトランジスタのリーク電流と閾値電圧の両方を低く抑えることが求められるからだ。同社の50年にわたる生産技術の蓄積で、低消費電力化が可能なのだ。このため、半導体技術を持つ他社が手がけても、同じように作り込むことは困難であるという。
回路設計としては、制御トポロジーから見直した。高速駆動させるためのCOT(Constant on Time)制御方式に低消費電力技術を付加した。さらに、パワーゲーティング技術を用いて複数の回路ブロックを間欠的に駆動させ、さらに常時駆動の回路を最小限に絞り込むことで実現したという。
すでに第1シリーズのS-85S1Aは、中国メーカーのヘルスバンド製品に搭載され、17年4月から量産している。既存製品よりも電池の持ちが15%アップしたという。また、国内メーカーのGPSチップのリファレンスにも採用されている。受賞したS-85S1PシリーズはIoT機器用に、第1シリーズをベースに電源分圧出力機能も搭載しており、ヘッドフォン型携帯音楽プレーヤーに採用された。今夏から量産している。さらに8月には、WLPで小型化したS-85M0Aシリーズもリリースした。現状は6シリーズまで開発・展開しており、シリーズ全体で20年度に売上高5億円を目指すとしている。
素材ソリューションカンパニーのAGC
7月1日からAGC㈱に社名変更した旭硝子。100年以上親しまれてきた社名からの変更だ。こちらも新社名を浸透させるべく広報活動を活発に進めており、タレントの高橋一生さんを起用したCMがよく流れている。単なるガラス会社というにはあまりに規模が大きく、様々な素材を扱い、それぞれが長い歴史と実績を持つ。島村琢哉社長のもと、素材と素材の複合化をテーマに、製品開発や事業展開を図っている。
素材の複合化で完成した「深紫外LED用石英ガラス」
半導体用電子材料部門で優秀賞を受賞したのは、「深紫外LED用石英レンズ」だ。どちらかというと、主役はレンズに塗布されている特殊シール材だ。この特殊なシール材を塗布したことで大気下で気密封止が可能になり、これにより深紫外LEDの製造工程を大幅に簡略化することができるのだ。
2年ほど前に、融点が低く、大気中での作業が可能な特殊シール材の開発が完了し、これを製品化するために最適な素材を社内で探したという経緯がある。ちょうど、任意に加工する要素技術が研究者の中でできあがっていた石英ガラスとの組み合わせが実現し、同製品につながったという。同シール材の材料は非公表だが、現在は事業として展開していないものの、知見がずっと同社に残っていた素材だ。こうした「素材の複合化」は、現中期経営計画で同社が推し進めるテーマだ。
深紫外LEDの製造工程の簡略化に貢献
同製品を用いれば、深紫外LEDパッケージを製造する際に、LEDチップを搭載したセラミックの土台の上にそのまま搭載して加熱するだけで済む。現状のような真空設備も必要なく、接着の際の細かなアライメントも必要ないという、画期的な製品だ。深紫外LEDの製造工程をより簡便に、シンプルにすることができる。
現在、水や空気の殺菌には、主に水銀ランプが使用されている。水銀は人体や環境へ悪影響を与えることから、今後「水銀に関する水俣条約」により、水銀ランプの生産は大きく制限される可能性がある。このため、水銀ランプに替わる次世代光源として期待されているのが深紫外LEDだ。深紫外LEDモジュールの市場規模は20年には300億円になるとの予測もある。
同社では、今夏に平板のリッドタイプの量産試作を開始した。今後のニーズとしては、①平板状から②箱型に、リッドにレンズを付けた③ドーム状タイプへと、ニーズが移っていくと見ている。現状の深紫外LEDパッケージでの置き換えが進むため、現段階では①のニーズが非常に多く、②や③は19年春ごろの量産化になりそうだ。
しかし、リッドタイプのほか、石英ガラスを加工して形状のついたラインアップをユーザーなどに紹介したところ、特に②のタイプが欲しい、というニーズが多く寄せられたという。横からの光を取り出すことができ(現在はセラミックのため横からは光が出ない)、高価なセラミック土台キャビティーをセラミック基板(箱状から平板状に)に置き換え、小さくできるというメリットがあるためだ。
同製品で、25年度には市場シェア20%獲得を目指す。今後は、石英ガラスにARコートを施すといった得意とするガラスの表面処理技術を活かし、光取り出し効率の向上に貢献する機能を付加し、ラインアップの拡充を進めるとしている。
両社の両製品とも、日本の技術とその蓄積が奏功したもの。日本の光る技術で世界を席巻してほしい。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子
まとめにかえて
半導体・オブ・ザ・イヤーを受賞した両社はともに今後の展開に業界から注目を集めています。エイブリックはDBJ出資のもと、アナログ半導体専業メーカーとして事業を展開しています。半導体事業分社化当時から、国内アナログ業界再編の急先鋒として、その動きに関心が集まっていました。いまのところ、M&Aなど大きな動きはありませんが、DBJが支援する以上、今後何らかの動きがあると見られています。一方、AGCは昨今、液晶ガラス基板に次ぐエレクトロニクス分野の柱を育成すべく、積極的な投資を展開しています。社名変更も相まって、業界のみならず一般の方にも認知度は高まっている印象です。
電子デバイス産業新聞