拉致問題解決のため、北朝鮮に経済援助すべきか

非核化と拉致被害者救出の難しい舵取り

拉致問題解決のため、北朝鮮に経済援助すべきか、という議論の難しさを久留米大学商学部の塚崎公義教授が解説します。

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一般論としては、誘拐の被害者は身代金で救済すべきではありません。しかし、北朝鮮に拉致された被害者の問題を考える際には、国際政治が関わってくるので、いろいろと難しい問題が出てきます。

考えるだけでも辛い話が出てきますが、「世の中には暖かい心と冷たい頭脳が必要だ」ということで、冷たい頭脳でこの問題を考えてみましょう。

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身代金を支払ってはいけない最大の理由は犯罪の誘発

誘拐事件が起きるたびに、被害者を一刻も早く救出したい、と誰もが思うはずです。もちろん、筆者も強く望みます。その際、筆者の暖かい心は「身代金を支払って被害者を救出すべきだ」と考えますが、筆者の冷たい頭脳はそれを否定します。

そもそも犯罪者に「褒美」を渡すことは正義に反することですし、犯人が身代金を用いて次の誘拐のための準備をするかもしません。さらに重要な理由は、「身代金を払えば、今回の被害者は釈放されるかもしれないが、明日以降、世界中の誘拐グループが日本人を狙って誘拐するようになる」からです。

筆者は大学教授なので、勉強をサボって単位を落として卒業できず、教授に泣きつく学生を何人も見ています。「就職も決まっているのです。先生の単位さえいただければ、無事に卒業して就職できるのです」などと泣きつかれると、筆者の暖かい心は単位を与えたくなってしまいます。

しかし、筆者の冷たい頭脳が「心を鬼にして断れ」と命じます。「その学生だけのことを考えたら、単位を与えるべきかもしれないが、その学生に単位を与えたら、来年以降の4年生は勉強しなくなる。塚崎教授(筆者)の科目は、勉強しなくても泣きつけば単位がくるという噂が学生の間で広まるからだ」というわけです。

「親からの仕送りを飲んでしまった学生が、食費分の前借りを親に頼む」というケースは、親にとっては深刻でしょう。親たちの暖かい心は「食事もとれないのは可哀想だから、貸してやろう」と考えるでしょうが、冷たい頭脳はそれを許さないでしょう。

「今回貸してやったら、我が子は親を甘く見るようになる。来月の仕送りも飲んでしまって借金を申し込んでくるに違いない。さらには、問題の子だけでなく他の子供たちも、真似して飲むようになってしまうかもしれない。断るべきだ」というわけですね。

サボっていた学生や飲んでしまった学生1人を救おうと思うと、他の多くの人々が「立派な大人に育ててもらえないという被害」に遭う、というわけです。それと本質は似ていますが、当然ながら誘拐の誘発の方が遥かに深刻です。人命に関わるという点でもそうですし、「自分に落ち度がない人が酷い目にあう」という点でもそうですね。

拉致被害者を帰国させるために北朝鮮に援助をするべき?

「誘拐犯に身代金を支払って人質を解放してもらう」のと似た状況が、外交の世界で現実味を帯びてきました。「北朝鮮に金銭を支払って拉致被害者を返してもらおう」という話が出てきたのです。

話が飛びますが、日朝国交正常化について考えてみましょう。「日本は北朝鮮と仲良くすべきだ。仲良くなれたら経済援助をしても良い」と考えている日本人は多いと思います。ただ、その条件として「核とミサイルを放棄すること」「拉致被害者を返すこと」を譲るわけにいきません。

日本と韓国が戦後、日韓基本条約を締結した時の話を持ち出して、「1兆円の経済援助が妥当な金額だ」と言っている人がいるようです。筆者は計算の根拠などはわかりませんが、発想としては韓国の時を参考にする、というのはアリだと思います。

その際、読者の中に「拉致被害者を返してもらうためには今少し上乗せして払う必要があるのではないか」と考える人がいるとすれば、それは問題です。「誘拐犯に身代金を支払って被害者を釈放してもらう」ということになるからです。

もっとも、本件は国際政治が絡むだけに、単なる誘拐犯との交渉のようにはいかず、話は簡単ではなさそうです。

国際協調に加わるか否かも、難問

日本が北朝鮮に「身代金」を払わなければ、拉致被害者は帰ってこないかも知れません。少なくとも、解決に長い時間がかかることを覚悟する必要はあるでしょう。

日本が身代金を拒み続けると、そして拉致被害者の帰国を関係正常化の条件とし続けると、日本は北朝鮮との関係正常化ができないかもしれません。そこで問題となるのが、日本以外のすべての国が「北朝鮮と関係正常化しよう」と言い出した場合です。

北朝鮮が「すべての国が北朝鮮と関係正常化するなら、核とミサイルを放棄する」と宣言したとします。筆者に言わせれば、核とミサイルは無条件に放棄すべきであって、交換条件を出すのはおかしいのですが、仮に国際社会がその条件を飲んだとします。

「日本以外は北朝鮮と関係を正常化したぞ。日本も早く北朝鮮と関係を正常化しろ」と国際社会から圧力をかけられたら、どうすべきでしょうか。これは非常に難しい問題です。

拉致被害者の帰国は、日本にとっては譲れない条件です。しかし、日本がそれを押し通すことで国際社会が北朝鮮と合意できるはずだった「核とミサイルの放棄」が合意できなくなったとします。日本は国際社会から大きな批判を受けるとともに、北朝鮮の核とミサイルの脅威に未来永劫晒され続けることになるのです。

日本政府の選択肢は3つでしょう。「北朝鮮に身代金を払う」「拉致問題解決を国交正常化の条件から外す。身代金を払わずに拉致事件の解決を粘り強く試みるが、長い時間がかかることを覚悟する」「国際社会と対立し、核やミサイルの脅威が残ったとしても、日本としての筋を通す」ということですね。

世の中には、「正しいことを貫き通すと悪いことが起きる」という場合が数多くありますが、今回の日本政府も、まさに「正しいことを主張すると悪いことが起きる」という極めて難しい立場に立たされるのかもしれません。

筆者のように、ある意味無責任に評論をしていれば良いのではなく、政府は現実的な解決を模索しなくてはならないので、本当に大変だと思います。理想と現実、建前と本音等々をすべて考慮した上で、ぜひともベストな選択をしていただきたいと思います。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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塚崎 公義

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執筆者
塚崎 公義

1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ。
現在は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は勤務先と関係なく個人として行なっているため、現職は経済評論家と表記したものである。
(近著)
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