奨学金が返済できずに破産した人の話などが話題になっていますが、返済負担を気にして進学を諦めるのはもったいない、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。

大卒と高卒の生涯賃金は数千万円違う

厚生労働省の賃金構造基本統計調査等から推計すると、男性も女性も生涯所得(退職金込み)の平均が大卒と高卒で5000万円ほど違うと思われます。

大学の授業料や住居費等々は、国立と私立、自宅生と一人暮らし等で大きく異なるでしょうが、せいぜい諸経費込みで1000万円といったところでしょうから、期待値としては、大学進学は非常に割りの良い「投資」だと言えるでしょう。

かける金がないなら、借りれば良い

1000万円の投資で期待値5000万円の利益であれば、トライするインセンティブは大きいでしょう。問題は、投資に必要な資金がない場合です。起業なら親戚に借りる、普通の企業の設備投資なら銀行に借りる、というのと同じことですから、大学進学なら奨学金を借りる、という選択肢を活用しましょう。

今ひとつ、リスクをどう考えるか、です。世の中は、起業であれ大学進学であれ、リターンを得るためにはリスクを負う必要があります。「必ず儲かる話」などありません。あったとすれば、それは詐欺です(笑)。

では、どういうリスクがあるのでしょうか。240万円借りて20年間で返済するとして、毎月1万円です。場合により金利も払う必要がありますが、一般の借入と比べれば遥かに金利は低いです。たとえ正社員になれなくても、真面目に働いていれば決して返せない金額ではありません。そうだとすると、主なリスクは2つです。

第一は病です。「借金をして大学を出たけれど、深刻な病で会社で仕事が続けられなくなったから、借金が返せなくて破産した」という可能性は、誰にでもあります。そうしたリスクをどうしても避けたいなら、生涯所得の低さを承知の上で高卒で就職する、という選択肢もありますが、費用とリスクと効果を考えれば、それはもったいないと筆者なら考えますね。

第二は意志の弱さです。まずは「大学の講義に出席して卒業する」ということができなければ、奨学金は借りるべきでありませんね。その後も「何としても借金を返す」という意志が弱ければ、いつのまにか返済が滞って一気に多額の請求を受けて破産する、という可能性があるでしょう。

その意味では、意志が弱い人は奨学金を借りない方が良いかもしれませんね。しかし、普通の人は大丈夫です。特に、「借金が返せなくなったらどうしよう」などと心配している人は真面目な人ですから、大丈夫でしょう。むしろそういう心配をしている人にこそ借りてほしいくらいです(笑)。

住宅ローンにも、リスクがあります。失業したり病気で働けなくなったりするリスクがあるのに、多くの人々は住宅ローンを借りているわけですから、奨学金を借りる際にも過度な懸念は不要です。

定員割れの大学でも進学すべきか

入学試験が定員割れで、大して勉強もせずに卒業できる大学でも、進学の価値はあるのでしょうか。これは、議論の分かれるところかも知れませんが、論点の整理をしっかりすることが重要です。

「大学生が成長して立派な社会人になるか」という観点では、議論があるでしょう。したがって、「成長しない学生の学費を税金で賄う必要はない」という高等教育無償化反対論には一理あります。

「そもそも、そういう大学は無駄だから潰してしまえ」という見解にも、それなりの理屈はあるようです。しかし、それと「それなら大学に進学しても意味はない」という議論とは、全く別なのです。

日本の企業は、大卒が好きです。そこで、大卒の方が給料が高いのが普通です。そもそも募集要項に「大学在学中で卒業見込みの者」と記してあるだけで、大学に行かないと足切りされてしまうのです。大学を出ていることが入社試験を受けるための条件とされているのであれば、「難関大学でも定員割れ大学でも、とにかく大学に進学しよう」というインセンティブは大きいでしょう。

ちなみに日本企業が大卒が好きな理由は、前回の拙稿『大卒が高卒より給料が高い理由は2つある』で示したように、主に2つだと思います。「大学で成長するから」「大学に行かない高校生は、よほど勉強が嫌いなのだろうから」というものです。

前者については議論があるでしょうが、ここで興味深いのは後者です。定員割れ大学に進学することで「自分は特に優秀ではないが、一応勉強するし、自分を律して講義に出席して単位を取得する能力もある」ということを採用担当者にアピールできるわけです。

ただ、気をつけてほしいのは、意志が弱い人は大学に進学すると危険だ、ということです。大学は高校と異なり、講義をサボっても怒られませんから、自分できちんと意志を強く持って講義に出席しないと卒業できません。それができそうもない人は、大学進学自体にリスクがあると言えるでしょう。

難関大学に合格した人は、自分で自分を我慢させて受験勉強をしてきた人なので心配していませんが、そうでない人は、自分が意志が強いか否か、真面目に講義に出席して卒業する決意があるか否か、確認してみることをお勧めします。

マスコミ報道を鵜呑みにしないことが必要

大学進学には期待値として大きなメリットがあるわけですから、「奨学金が返せなくて破産した人」の話ばかりが報道されるのを真に受けてはいけません。奨学金のおかげで大学に進学でき、高い生涯所得を得ている人の方が圧倒的に多いのですから。

マスコミとしては、珍しいことを記事にするのは当然ですから、マスコミが報道していない「普通の人」がどうであるかを考える必要があるのです。本件に限らず、マスコミ情報に踊らされないために、これは重要なことですね。言うは易く、行うは難し、ですが。

そもそも、困った人は声を出し、満足している人は黙っている、という傾向がありますから、奨学金のおかげで人生を豊かに暮らせた人は黙っていて、奨学金が返せずに酷い目に遭った人だけが大きな声を出している、ということも考える必要がありますね。

このあたりのことは、拙稿『黙っている人の声を「聞く」ことを怠るとどうなる?』をご参照ください。

奨学金側にも改善の余地はあるが

もちろん、奨学金制度にも問題はあります。そもそも「学生向けローン」を「奨学金」と呼ぶことで、返済不要の資金と勘違いされかねません。奨学金の中には返済不要のものと返済が必要なものがあり、後者には無利息のものと金利付きのものがあります。そのあたりの情報を学生に徹底する必要があるでしょう。

それから、本人が止むを得ない事情で収入が得られない場合には、返済を猶予して連帯保証人にも請求しない、といった保険機能は必要かもしれませんね。そうでないと、奨学金を借りる時に「自分のみならず連帯保証人も破産させてしまうリスク」を考えて、大学進学を諦めてしまう生徒が生じてしまうかもしれませんから。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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塚崎 公義