トランプ大統領の貿易戦争にはそれなりの合理性がある、と久留米大学商学部の塚崎公義教授が説きます。

韓国からは大きな譲歩を引き出した

トランプ大統領は、韓国との間でFTA(自由貿易協定)の再交渉を行って、大きな譲歩を引き出しています。韓国のウォン安誘導を禁じる条項を盛り込むなど、米国の圧勝と言える内容でした。

トランプ大統領は商売人ですから、交渉は上手です。韓国に対しては、「交渉決裂なら在韓米軍を引き揚げる」と脅したのが奏功した、とも言われています。

交渉においては、時として「交渉が決裂したら、俺はお前と喧嘩をする用意がある」という脅しが効きます。その条件は、相手が「こいつなら、本気で喧嘩をするかもしれない」と考えることですが、トランプ大統領ならば、相手にそう思わせることは容易でしょう(笑)。

今ひとつ、脅しが効くためには、「喧嘩になれば、俺は1痛いが、お前は10痛い目に遭う。どうする?」と聞ければ圧倒的に有利です。「喧嘩になれば、俺は100痛いが、お前は10痛い」という状況では、いくらトランプ大統領でも喧嘩はできないと相手に悟られてしまいますから。その意味では、「在韓米軍を引き揚げて韓国は守らない」というのは、非常に有効な脅しだったのでしょう。

対中国でも、脅しの効きやすい状況

トランプ大統領は、中国に対し、鉄鋼等の輸入関税に加え、知的財産権の侵害を理由に巨額の関税を課す予定です。それに対し、中国も一歩も引かず、とりあえず全面対決の姿勢を表面的には見せています。しかし、持久戦になれば、中国の打撃の方が大きいでしょう。

米国が中国から輸入を制限している品目は、知的財産権に関する中国の最先端技術に関するものが多いと言われています。中国が最も育てたい産業に関して米国向けの輸出が止まってしまうと、それらの産業の成長が阻害されかねません。

一方で、中国の対米輸入では、たとえば「中国が大豆の対米輸入をブラジル産に切り替えたら、ブラジル産大豆が急騰し、米国産大豆が急落したので、欧州各国が大豆の輸入先をブラジルから米国に切り替えた」といったようなことが起きているようです(笑)。これでは米国への打撃は限定的です。

さらに、今後事態がエスカレートして全面戦争になれば、明らかに米国の圧勝ですから、米国の脅しの条件は満載です。

米国は対中輸入額が巨額ですから、これを全面的に止めれば、中国への打撃は巨大です。一方で、中国の対米輸入額はそれほど大きくないので、米国の打撃は限定的です。

加えて、米国は対中輸入品を(若干コストは高いですが)自分で作れますから、雇用が増える可能性もありますが、中国は対米輸入品を自分では作れないので、日本や欧州等から買ってくる必要があります。というのも、中国が自分で作れるならば、わざわざ人件費の高い米国から今まで輸入していたはずがないからです。

そう考えると、中国は米国向け輸出を失うだけで国内生産と雇用が激減しますが、米国は対中輸出が減ったことによる雇用の喪失の一部を、対中輸入品を国産に切り替えることで、雇用の減少を最小限に抑えることができそうです。

中国から手打ちを申し入れ、トランプ大統領が勝つ公算

もちろん、トランプ大統領も全面戦争を望んでいるはずはなく、中国からの譲歩を引き出そうと考えているのでしょう。それが何だかはわかりませんし、どの程度本気なのかもわかりません。本気で貿易収支の改善を要求しているのか、あるいは「北朝鮮を黙らせろ」といった全く貿易と関係ない話なのかもしれません。

あるいは、単に「選挙までに支持者に見せられる実績を作ってくれ」というだけかもしれません。そうだとすれば、「中国がカナダから輸入している品目について、中国系在米企業がカナダから輸入して、再び中国向けに輸出する」ことによって、単に統計上は米国の対中国貿易赤字が激減する、ということかもしれませんが(笑)。

いずれにしても、彼は望んでいるものを手に入れる可能性が高いでしょう。なぜなら、脅しの条件が完璧に揃っているからです。中国は、メンツを重んじる国ですから、表面上は米国に屈することはないでしょうが、どう考えても分が悪い戦いですから、自らのメンツを守れるような形での手打ちを申し出てくるに違いありません。

上記のように考えると、トランプ大統領が「メチャクチャな米国ファーストで世界の自由貿易体制を壊してしまう」といった懸念は杞憂だと言えそうです。

対日は単なるポーズ

トランプ大統領は、日本に対しても、鉄鋼の輸入に関税を課しています。もっとも、日本の対米鉄鋼輸出は年間2000億円と少額ですから、影響はほとんどありません。

これは、選挙民に対して、「貿易赤字削減のため、あらゆる努力をしている。同盟国に対してさえも、しっかり関税を課している」というポーズ以外の何物でもありません。

米国の長期的課題は、「中国の台頭にいかに対処していくか」ですから、同盟国日本との関係を本格的に損なうようなことをするはずがありません。米国の最大の脅威が日本経済であったバブル前後には日米経済摩擦が深刻化しましたが、当時と今とでは米国の興味関心が全く異なるのだ、ということをしっかり意識したいものです。

トランプ大統領は、何をしでかすかわからないように見えて、しっかり商売人としての計算は行なっているようですから、対日関係の重要性を理解していないはずがありません。今後も、「円が安すぎる」などと言い出すかもしれませんが、そして市場が過剰反応するかもしれませんが、市場には彼の真意を読み間違えないでほしいですね。

彼が「形ばかりの円高」を望んでいるのに、市場関係者が彼の「意向」を誤って「忖度」し、それに「美人投票」的なドル売りが加わって急激な円高になるようなことが起きてほしくないと強く願っています。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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塚崎 公義